鮫柄との合同練習が始まった。鮫柄の部長さんが先頭に立って指示を出す。
「今日の所はうちの一年と一緒に練習してもらおうと思う。よし!それじゃあ一本ずつのタイムトライアルから始めようか………ん?」
凛君とは会話をすることもなく、目線さえも合わないままで練習が進んでいった。
すると、ふいに部長さんの視線が怜君に向く。今日は怜君は泳がない約束なので、部長さんの視線に心臓がバクバクする。着いてきてくれただけでも有難いのに、今さら泳いでくれとは頼みづらい。
「ん?そこの君、早く水着に着替えて」
ジャージのままの怜君に気付き、注意する部長さん。できればそこは突っ込まないで欲しかった…!
「いや、僕は……」
「すみませーん!彼、水着忘れちゃったみたいで」
渚君がすかさずフォローに入る。……が、部長さんの眉間にシワが刻まれた。
「はぁ?一体何しに来たんだ。ウチにある予備の水着を貸すから早く着替えて来い」
焦って怜君が水着を忘れた事にしたら、鮫柄にある予備の水着を貸してくれるという。
さ、さすが水泳強豪校、水着の予備まであるとは…!というか出来れば怜君の存在に気づかないで欲しかった。
そして部長さんは、さっきまでとても穏やかだったのに怒るとめちゃめちゃ怖い。怜君は逆らえないといったように、顔をヒクつかせている。
「おい、似鳥」
「はい!こっちです」
似鳥と呼ばれた子が怜君に近づく。一年生なのだろうか、まだあどけない雰囲気だ。新入生って感じがして可愛らしい。
「いえ、僕は……」
と嫌そうに拒否するも、似鳥君は怜君の腕を掴み、
「早くしてください、また怒られますよ!」
似鳥さんが強引に怜君を連れて行った。
あぁ、やってしまったぁぁ!!これでは約束と違うではないか…。私は怜君との約束を反故にしてしまったことに対する罪悪感で胸がいっぱいだった。
そして数分後。
「泳がないって約束だったハズじゃないですか…!」
眉間に皺を寄せた怜君はかなり御機嫌斜め。そりゃ、泳ぐ予定がなかったもんね。ごめん、ごめんね。私がもっと上手く立ち回れていたら。
「大丈夫、タイムトライアルって言っても、練習だしちょっとくらい遅くても平気だから…」
怜君はマコ、渚君に続く三番目に泳ぐ予定だ。先に泳いでいたマコや渚君の泳ぎは通常運行だ。
そんな中ちらっと凛君を見やると、視線はハルに真っ直ぐ注がれていた。……なんだ、やっぱりハルの事気になるんじゃん。なんだかんだ、ハルを気にかけるところは変わってないんだなぁ。
なんてことを考えていると、順番が来た怜君はスタート台の前に立った。その姿は逞しく、一体どんな泳ぎを見せてくれるのだろうかという期待が膨らんだ。とっても凛としていて、すごく綺麗に泳ぎそうだ。
「位置について、よーい!」
鮫柄の人が号令をかける。
「綺麗なフォームだ」
それと同時に怜君が構える。うん、綺麗だ。
ピッ
笛の音と一緒に怜君は舞い上がった。
見たことのないような美しいフォームに目が奪われてしまった。なんだ、怜君は、陸上だけでなく水泳もできるのか…と思ったのもつかの間
バッシャーーーーン!!
「ええええええええ!!!」
豪快な水の音に思わず口が開いてしまう。だ、だって、さっきまでは完璧なフォームで、綺麗に入水出来たと思ってたのに…。怜君はものすごい音とともに水中に叩きつけられ、みるみるうちに沈んでいった。
その後、浮かんでくる様子がない。まさか溺れてるんじゃ…!
と思った時にはハルの体は動いていた。躊躇なく飛び込むと怜君のいる場所に行って、彼を救出した。そして怜君はハルと渚君により、無事に水面に顔を出したのだ。怜君の意識はしっかりとあるようで、取り敢えずは無事を確認できた。………でも、
重々しい空気の中、プールサイドで体育座りをしている怜君。
「…というか怜ちゃん、泳げなかったのか」
「う……そうだよ……悪いですか!だから僕は泳がない、って言ったんだ!」
「それなら、最初に言ってくれればよかったのに……」
「言えるわけないでしょう……カナヅチだなんて……僕の美意識に反する……」
本当に知られたくなかったことなのだろう。すっかり落ち込んでしまった怜君を見て胸がギュッと痛くなる。
『無理言ってゴメンね……』
「怜ちゃん……」
「鮫柄には、俺の方から上手く言っておくから……無理言って悪かったな」
マコは安心させるような声色で怜君に優しく声をかける。なんて申し訳ない事をしたのだろうか。それでも自分の信念を曲げずに果敢に行動をした怜君は尊敬に値する。
もう罪悪感しかない。ごめん、怜君。