昼ご飯を食べ終わり、二人で教室に入ると、今度はニヤニヤとした、相手を冷やかす気満々な瞳たちが一斉にこちらを見ている。当然この視線たちにも慣れていかなければならない。
「おいー、二口ぃ!お前いつから苗字さんと付き合ってたんだよ!?」
二口君と仲の良いお友達が、二口君の肩に手を回す。
「重いっての。別にいいだろいつでも」
「んな堅いこと言うなって。あ、苗字ちゃーん」
勘弁してほしい。私あなたと一回も話したことないし、今教室内で話してるの貴方だけですよ。つまり、みんなが静かにしているということは、この会話がみんなに聞かれているということになる。極力目立つことを避けてきた私ではあるが、この状況はまさしく避けたい状況だった。
『は、はい…』
「いつからこいつと付き合ってたの〜?」
正直なところ話したくないけど、ここで口を開かなければ、きっとみんなは満足してくれないんだろう。私はすごく緊張しながら一生懸命自分の気持ちを落ち着かせる。
「生憎俺の彼女、俺以外の男が苦手でね」
二口君の明瞭な声だった。二口君は私の腰を引いてドヤ顔をしている。また、不覚にも惚れそうになった。彼は私を助けてくれる王子様かもしれない。
「くっそ、くたばれリア充。くっそくっそ!」
「…苗字さんは二口を選んだか。…あいつ顔はいいもんな」
なんてちょっと誤解を招いちゃってるけど、ここは穏便に済ませるために、何も語らないほうが互いのためだろう。
そう言えば、二口君もモテるんだから、私、女の子たちに嫉妬されたりしてそう。それもしょうがない運命だ。ある程度覚悟しておかなければならないことである。
「お前ら本当に付き合ってんのかよ!?証拠見せろや!」
往生際の悪い男子生徒が突っかかってきた。ニヤニヤと茶化すような口調に内心焦る。証拠って、私たちほんとに付き合ってるわけじゃないから、そんなの見せられるわけない…!
「あ、いーけど」
私とは正反対に、堂々とした態度で返事をする二口君。何か考えがあるようだ。
「…悪い苗字」
『…え?』
二口君の顔が一瞬で迫る。唇から唇までの距離、およそ3センチ。吐息が唇に当たる。互いに目を開けたまま、相手の男の視界から見えないように、キスのフリ。
相手からどう見えているか分からないから、上手くキスに見えているか心配だ。
フリだと分かっても、その体の近さが更に心臓を跳ねあがらせていた。このまま少しでも動いたら届きそうな距離。
「名前のキス顔なんか見せてやるか、アホ」
離れた後直ぐに私を引き寄せて、胸板に頭が丁度当たる位置に落ち着いた。初めて、名前を呼ばれた。確かに付き合っているのにまだ苗字呼びなんておかしいとは思った。でも、急すぎて恥ずかしさがいつもの倍だ。
名前を呼ばれることがこんなにも嬉しいなんて想像していなかった。それも相手が二口君だからだろう。
「うわ、まじか………。俺も彼女欲しーーー!」
ムキーーー!!という効果音が付きそうなくらいの口調で叫びだす男子生徒に、いろいろな方面から野次が飛んでいる。
「お前にはまだ早いんじゃねぇの〜?」
「るせー!彼女いるからって、調子のってんじゃねーよ!」
男子特有のノリについていけない。こういう会話には入らないことが一番だと思って黙っていると、二口君は急に私の頭を引き寄せて、
「わりーな、名前、俺にベタ惚れだから」
胸板の近くにあった頭は、余計に密着する。
あんなにも男の人が苦手だったはずなのに、優しさに触れてドキドキが止まらなくなる。お父さんに感じるような安心感ではなく、隣に彼がいるからこその不思議な信頼感だ。
この時私の中にズルい考えがよぎった。このまま彼に惚れてしまっても、申告しなければずっと彼の傍に居られる。そう考えるくらいに、もう彼に溺れ始めていたのだ。