白い息、近づく距離

冬の朝は、吐く息が白い。
ブルペンのドアを開けると、金属バットの音ではなく、軽くボールを受ける乾いた音だけが響いていた。

クリス先輩は壁当てをしていた。
引退したはずなのに、手はまだ硬球の感触を忘れていないらしい。
「……寒いのに、また来てるんですか」
声をかけると、振り返った先輩の頬が、冷たい空気で少し赤く染まっていた。

「体を動かさないと、なまるからな」
そう言ってグローブを外し、なまえに渡す。
「受けてくれるか」
その言葉に胸が少し跳ねた。今まで公式の練習では絶対にありえなかった、二人だけのキャッチボール。

硬球を受けるたび、手のひらに衝撃が走る。
でも、それ以上に——ミット越しに伝わる温もりが、冬の冷たさを溶かしていった。

休憩中、先輩はふと空を見上げる。
「……気づけば、もう後輩のことばかり考えてる」
その言葉に一瞬心臓が止まる。けれど、続いたのは沢村の名前だった。
「アイツは真っ直ぐだから、放っておけない」

笑顔で頷きながらも、胸の奥がきゅっと痛んだ。
でも、同時に確信した——この人は、自分の大事なものを全力で守る人だ。だから惹かれるのだ、と。

部室へ戻る途中、なまえは意を決して言った。
「……じゃあ、先輩のことは私が放っておきません」
クリス先輩は一瞬驚き、それからふっと笑った。
その笑顔は、冬の陽射しみたいに柔らかかった。