鼓動が聴こえる距離

合宿中の午後。
練習の合間の短い休憩時間、校舎の廊下を並んで歩くふたり。

窓から射しこむ陽に、赤葦の前髪がゆらりと揺れて、
その横顔になまえは思わず目を奪われる。

「……こっち」

そう言って、ふいに手を引かれた。
廊下の奥、使われていない空き教室。
鍵はかかっておらず、そっと開かれた扉の先。
中に入ると、赤葦は静かにドアを閉めた。

「……赤葦?」

問いかけた声に、返ってきたのは抱きしめるぬくもり。
シャツ越しに感じる鼓動が、やけに速い。
なまえの肩に額を預けながら、赤葦が低く、けれど真剣に囁いた。

赤葦の腕の中は、思っていたよりもずっと熱くて、
その体温に包まれているだけで、なまえの胸はどくどくと鳴っていた。

「……キス、してもいいですか」

囁くように、でも逃がさないように。
まっすぐな瞳で見つめてくる赤葦に、なまえはふるふると小さくうなずいた。

赤葦は、ゆっくり顔を近づける。
まるで壊れ物を扱うような、繊細な動作。

唇が触れたのは、ほんの一瞬だった。
けれどその一瞬で、呼吸も、時間も、感覚さえも奪われる。

「……もう一回」

低く、抑えきれない声で囁かれた次の瞬間、
赤葦の手が頬に添えられ、今度は深く、確かに触れ合った。

唇を重ねるたび、彼の熱が伝わってくる。
おだやかで、やさしい。でも奥に隠された、どうしようもないほどの“好き”が滲んでいる。

名残惜しそうに唇を離しながら、赤葦が頬にキスを落とし、耳元で囁く。

「……もっと、近くにいたいんです。
ずっとこうして、なまえさんだけに触れていたい」

指先がそっと髪をなぞり、喉元に触れた。
その仕草はどこまでも丁寧で、だけど確かに欲しがっている。

「……誰にも見せたくない。
この表情も、声も、俺だけが知っていたい」

ほんの短い休憩時間。
だけど、ふたりにとっては永遠みたいな静寂。

背徳感なんて、とうに忘れていた。
赤葦の目に映る自分が、あまりに大切にされていて。
なまえは、何も言えなくなってしまった。