グラウンドは、すっかり秋の匂いがしていた。
二軍の練習が終わり、部員たちは笑い声を残して引き上げていく。
ベンチに残ってノートを閉じたクリス先輩の横顔は、
相変わらず穏やかで、怪我なんてなかったように見える。
「……水、置いておきますね」
みょうじ なまえが差し出したペットボトルを、
彼は顔を上げずに受け取った。
その指先がわずかに震えたことに、気づかないふりをする。
「ありがとう」
少し掠れた声が、冷たい空気に溶けて消えた。
カゴに残ったボールを集めながら、なまえは表情を変えない。
知っている。
知っているけど、口にはしない。
彼がまだ、前を向こうとしているから。
最後の一球を拾い上げた瞬間、背後から声がした。
「……重くなかったか」
意味がわからず首を傾げると、クリス先輩がカゴを指さした。
「でも、そういうのは俺がやる」
「でも……」
「君に怪我させたら、立場ないだろ」
冗談めかした声が、やけに胸に沁みる。
一瞬、視線が絡んで、どちらも言葉を探した。
そのとき、グラウンドの端から御幸の笑い声が響く。
なまえは慌ててカゴを抱え直し、
彼も表情を引き締める。
「……また明日」
「はい」
すれ違いざま、指先がほんの一瞬触れた。
その短い感触が、帰り道ずっと熱を残した。