始まりのグラウンドで

春の風は、まだ少し冷たかった。
新しい学年、新しい仲間。グラウンドは、冬眠から目覚めたばかりのようにざわざわと賑わっている。

ブルペンの奥、フェンスの影。
なまえはタオルと保冷剤を持ち、そこに佇む一人の背中を見つめていた。

——クリス先輩。

彼の目の奥にあるものは冷静さじゃない。もっと奥に、痛みと悔しさを隠しているのを、なまえは知っていた。

昨年御幸が入部してきてから、ブルペンは少しざわついていた。今年の沢村くんも元気で。新しい才能、明るい声……そしてその影で、怪我を負った先輩は二軍に回され、主に投手の指導をしている——それが今のその瞬間、ほんの僅かに顔をしかめた。肩をかばうような動き——怪我の痕跡だ。

なまえはそっと近づき、タオルを差し出した。
「先輩、お疲れさまです」
「……ああ、ありがとう」
氷を受け取る手は少しだけ冷たかった。

二人の間には、部活の喧騒から切り離された静かな空気が流れる。

「無理しないでくださいね」
小声で言うと、彼は少し笑った。
「……これくらい、平気だ」
その笑みは、優しいけれど、やっぱり強がりだった。

練習が終わる頃、夕焼けがフェンスの影を長く伸ばしていた。
道具を片付ける彼の背中に、なまえは心の中でそっと呟く。

——どうか、この人がまた本当の笑顔を取り戻せますように。

グラウンドの土の匂いと春の冷たい風が、胸の奥までしみ込んでいく。
その日から、なまえは誰にも気づかれない形で彼を支え続けると決めた。
野球部のマネージャーとして。