ゆっくりと溶け出してゆく
「おーっと。そんなに根を詰めちゃ、可愛い顔が台無しだよ?」
背後からふわりと漂ってきたのは、酒の匂いでも鉄の匂いでもない。都会的で、少しだけ贅沢な香水の香り。
振り返る間もなく、私の肩にシーナが顎を乗せてきた。
「シーナさん……。またそうやって、急に距離を詰めるんだから」
「いいじゃない。俺と君の仲なんだから、これくらい」
シーナは私の耳元でわざとらしく甘い声を出す。
自由奔放で、女好き。お父さんのレパントさんをいつも激怒させている彼のことだ。きっと今言っている言葉だって、どこまでが本気なのかなんて分かりゃしない。
「……誰にでも言ってるんでしょう? そういうこと」
「ひどいなぁ。俺が本気で口説いてるのは、ナマエ、君だけだよ?」
シーナの指先が、私の髪をくるくると弄ぶ。
いつもの軽薄なノリだ。そう思ってやり過ごそうとしたけれど、ふと重なった彼の視線が、いつもよりずっと熱を帯びていることに気づいて、心臓が跳ねた。
「……ねえ、ナマエ。雪が解けて春になるみたいにさ。君のその、ガチガチに固まった警戒心も……少しずつ、俺に預けてみない?」
シーナは私の手から、持っていた荷物をそっと取り上げて机に置いた。
そのまま、逃がさないように両手で私の腰を抱き寄せる。
「君はいつも、戦うこととか、仲間のことばかり考えてる。……でもさ、俺の前にいる時くらいは、もっと甘いことだけ考えていいんだよ?」
彼の低い声が、甘い毒のように鼓膜に染み込んでくる。
いつもは「不真面目な人」と割り切っていたはずなのに。彼の体温が伝わってくるたびに、私の中にあった意地や警戒心が、文字通り、ゆっくりと溶け出していくのが分かった。
「……シーナさん、ずるいです」
「あはは、最高の褒め言葉だね」
シーナは満足そうに目を細めると、私の髪にそっと唇を寄せた。
「焦らなくていい。少しずつ、ゆっくりでいいから。……君の全部が俺の色に染まるまで、じっくり可愛がってあげる」
その瞳に宿ったのは、遊び人のそれではない、獲物を仕留めるような確信に満ちた光。
彼が本気になった時の恐ろしさを、私はこの時、ようやく知ったのかもしれない。
- 3 -
*前次#
ページ: