◇7

シートにぶつかった鈍い痛みとは別に、左脚へ鋭い熱が走る。
キルアに向かって投げ出した体は、彼と一緒にバスの座席に転がり込んでいた。
「キルア大丈……」
「いいかげんにしろってなまえ!!」
ものすごい力で両肩を押され、キルアにもたれかかった体が後ろに流れる。私は思わず尻もちをつき、顔を上げると冷ややかな瞳と視線がかち合った。
「うぜーんだよさっきから!あんなの、自分で避けられるに決まってるだろ!!」
「そうかもしれないけど、でも」
その剣幕にたじろきながらも続けた私の言葉は、キルアの鼻で笑う声に遮られた。
「なまえ、みょうじだっけ。名前。オレのフルネームも教えてやるよ。キルア=ゾルディック……裏稼業じゃわりと名の通ってる暗殺一家のファミリーネームだぜ」
暗殺一家、か。
それを聞いてキルアの底知れない威圧感の理由がようやく腑に落ちた。
「分かったか。お前みたいな弱っちい女に庇われるなんて、オレにとったら屈辱なんだよ」
キルアの苛立ちはピリピリと空気を伝い、確かな「恐怖心」として私にまとわりつく。
私はキルアのように強くない。単純な戦闘力だけでいえば、私の援護なんて邪魔なだけかもしれない。
でも。それでも。
「キルアが殺し屋だろうが私よりも強かろうがそんなのカンケーない!!大人が子供を守ろうとするのは当たり前でしょーがっ!!」

私の心の奥深くに今も根付いているのは、みょうじにいたあの頃感じた大人たちへの怒り、悲しみ。どんなにお腹が空いていたって、ケガや病気で苦しんでいたって、出会う大人は誰も助けてくれなかった。守ってくれなかった。それで、何人もの仲間を見送った。
だから私は決めたんだ。
目の前にいる子供を、たとえ自分より強くたって、なんだって、絶対に放っておかないと。
「大人……ってなまえだって未成年っつったじゃんか!」
「ドーレじゃ18歳から成人だよ!どっちにしろキルアよりは年上だもん!」
次の瞬間、キルアの爪が私の喉元にピタリと当てられた。
「これ以上邪魔したら殺すからな」
鋭い殺気にあてられ、おともが威嚇の鳴き声を上げながら大きく翼を広げる音が聞こえる。
「ダメよ。おいで」
ハンドサインでおともを制しながら私はゴクリと唾を飲んだけど、決してキルアから目は逸らさなかった。
「へー。弱っちい女に庇われるのは屈辱だけど、弱っちい女に口喧嘩で勝てないから仕事でもないのに殺すのは恥ずかしくないんだ」
「こ、こんの屁理屈ヤローーーー!!」
車内にこだまするキルアの叫び声。その声はどこか力が抜けた響きだった。

「もういい。ん」
爪を引っ込めて、ふっと息を吐きキルアは私に手を差し出した。その手が何を意味するのか分からず首を傾げると、指が下方を指し示す。
「キズ」
ハッとして運転手の刃物が掠めた左脚を慌てて確認した。ふくらはぎの辺りにできた細い切り傷は幸い深くはなさそうだ。スカートの裾も念入りに確かめたけど、綺麗なイエローに汚れはついていない。
「良かった〜!スカート無事だぁ〜!」
「いやそっちかよ!」
キルアが呆れたように叫ぶ。
「だってばーちゃんが作ってくれた大事なワンピースなんだから……」
「汚れて困る服着てくんなバーカ。包帯くらい持ってんだろ、早くよこせ」
どうやらさっきの手のしぐさは傷の手当てをしてくれるためだったらしい。言われた通りポシェットから包帯を取り出すと、キルアは慣れた手つきで私の脚に巻いてくれた。
「ありがとうキルア」
「ぼーっとすんな。そんなに年上ぶるなら年上らしく、あのオッサンにザバンまで行かせるようなうまい方法、今のうちに考えておけよ」
キルアの言葉に、私は運転席をちらりと見やる。ハンドルを握る運転手が帽子を深くかぶり直した。
「お客さん」
割り込んできた運転手の声に、私より先にキルアが答える。
「悪いけど手当てが先! オッサンは後で相手してやっからちょっと待ってろ!」
その矢先、バスが急に方向を変え、踏切での急加速もかすむほどの猛スピードで走り出した。
「フフ、いいでしょう。お二人とも『合格』です。試験会場まではわたくしが責任をもってお送りします」
シートにしがみついて顔を見合わせる私とキルアの耳に、運転手の静かな声がそう、確かに届いたのだった。



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