◇9
「ちげーよ」
「そーだよ」
私は思わずキルアを睨みつけた。曲がりなりにも会場まで一緒に来た仲なんだから否定しなくたっていいじゃない!そう思っても、キルアはペロッと舌を出してどこ吹く風だ。
「オレはゴン」
ムッとしながらも、ゴンと名乗ったトンガリくんの明るい笑顔に釣られて私も自己紹介をしかえす。
「私はなまえ。よろしくね」
「なまえちゃん、かぁ〜」
すると返事は予期せぬ方向から返ってきた。聞き慣れない、妙に馴れ馴れしい声色。振り返れば私達の少し後方を二人の男の人が走っていた。スーツを着た背の高い人と、金髪で落ち着いた雰囲気の人。二人とも私達の方へ視線を向けていた。
「よろしくぅ」
スーツの人は目が合うとやたら親しげな雰囲気でニコリと笑い、私の隣に並んだ。
これってあれだ。
ドーレの繁華街を歩く時にばーちゃんが「魔獣よりも厄介」「絶対に相手にしてはいけない」と口を酸っぱくして言っていた、今ヒマ?とか、お茶でもどう?とか声をかけてくるアヤシイ人たちと同じ感じだ。
私の警戒心が一気にMAXに。思わず一歩距離を取って、愛想笑いで会釈した。
「ど、どうも。ゴンの友達……?」
「うん!レオリオとクラピカ!」
ゴンの手振りから、隣に寄ってきたのがレオリオ、もう片方の人がクラピカというらしい。
「はじめまして。レオリオさん、クラピカ……さん」
レオリオさんは多分、いや絶対年上だろうけど、クラピカさんは私と同じくらいか少し年下に見える。念のため二人とも「さん」付けで呼んでおいたのは、もし年上だったら失礼になるのと、キルアに初対面で呼び捨てされた時ちょっとムカついたしな〜と、ここに来る前のことを思い出したからだ。
すると満面の笑みを浮かべたレオリオさんが空けた距離をぐっと詰めてきた。遠目でも一目瞭然な背の高さをより一層感じながら見上げた頭上からは、身長差をものともしない大声量が容赦なく降り注いできた。
「レオリオでいーよなまえちゃん。ほれみろクラピカ!聞いたか?レオリオ"さん"だってよ!」
この人背だけじゃなく声も大きいのか。
レオリオさん……改めレオリオが得意げに叫んでもクラピカさんは完全に無視。レオリオがそれにムッとして礼儀がどうだの更に何か言い返してるけど、私はもうこのノリに圧倒されていた。
そっとキルアとゴンの近くに避難して、仕切り直すように私は口を開いた。
「私の名前。なまえ=みょうじといいます。聞き覚えはありませんか?」
”みょうじ”というのは本当のファミリーネームではない。物心ついた頃から親のいなかった私は自分でも本当の名前を知らないのだ。
国際人民データ機構を調べれば分かるだろう、とばーちゃんが教えてくれたことがある。でもそれは断った。仲間の手がかりが少しでも見つかりやすくなるように。そして少しでも、生まれ故郷の名前が誰かの記憶に残ることを信じて、私はこれからもこう名乗っていくつもりだ。
「その可憐な美貌……まさかアイドルやってるとか?!」
「違います」
「ん〜敬語なんていいのにぃ」
苦手だ、こーゆータイプ。
せっかく空けた空間をまたもや詰め、呑気に顔を覗き込んでくるレオリオ。いくら手に余っても、今は助けてくれるばーちゃんも、おともも居ない。
――ハンター試験。噂通り、恐ろしいところ……!!
心中穏やかではない私を救ったのはクラピカさんが漏らした静かな一言だった 。
「みょうじ……確か長く内戦が続いていた地名ではなかったか?」
「クラピカさん!」
「クラピカ、で構わないよ」
その穏やかな微笑みに、ホッとしてうなずいた。
「みょうじは私の出身地なの。はぐれた同郷の仲間を探していて、だから何か知らないかな、と」
クラピカとレオリオが顔を見合わせて、小さく首を横に振った。
「ゴメンね。オレも知らないや」
申し訳なさそうに私を見上げるゴンもまた、心当たりはないようだ。
「そっか。ありがと。もし思い出したり分かったことがあったら教えて?生きてるか死んでるかさえも今は分からないの」
最後にそう言って、私は再び走りに集中した。
手がかりがないのはいつものことだ。
それでも続けれていれば、いつか、なにかが指先に触れるかもしれないから。
終わりの見えないマラソン。
私達の話し声が止み、再びトンネル内が足音で充満する中、かすかな声が耳に届いた。
「きっと生きてるよ」
レオリオの声だ。ただしさっきまでのおどけたトーンとは全然違う。
「ダチと死に別れるのは、つれーもんだ」
前を向いた彼の横顔がなぜか心に引っかかった。