◇10

走る、走る、ひたすら走る。
サトツさんの背中を追いかけて、どこまでも続くトンネルを進む。
しばらくしてやっと景色が変わったと思えば、今度は息が上がった体に追い打ちをかけるかのような長い階段が眼前に現れたのだった。
「なあゴン。どっちが先にゴールするか競争しないか?」
「いいよ、勝った方がゴハン1回オゴリね」
「よーし乗った!」
果てしない階段の先を見上げるだけで目の前がくらくらしてくる私と違って、前を走るちみっこコンビはとっても楽しそうだ。
「なまえもやる?」
こちらを振り向いたゴンの声は、すでに何時間も走っているとは思えない天真爛漫さである。
「そんな元気ありませんっ!」
「そ。んじゃお先〜」
キルアがひらひらと手を振り、二人はよーいドン!の掛け声に合わせてさらにスピードを上げ、軽やかに階段を駆け上がっていった。
キルアもゴンも、一体どんな体力してんのよ!
子供に先を越される悔しさは多少ありつつ、かといって二人のペースに追いつけるわけもなく。みるみるうちに小さくなる背中は一旦忘れることにして、私も最初の段差へ足をかけた。


なんとかここまでは順調に走ってこられたけれど、階段をのぼるにつれ左脚の切り傷がじんじんと熱く疼きだしてきた。
案内人の投げた刃物は皮膚を少し掠めただけで傷は深くない。しかし長時間のマラソンが負担にならないわけがなく、困ったことに段差を越えるたび痛みは強まるばかりだった。
後ろから来る受験者達が次々と私を追い抜き、視界から遠ざかっていく。それは自身の走るペースが落ちているからに他ならない。
言いようのない焦りを感じながら額を伝う汗を拭ったその時、後ろから荒々しい声が響いた。
「本当に金でこの世の全てが買えるとでも思っているのか!?」
クラピカの声だ。
「買えるさ!!物はもちろん夢も心もな。人の命だって……なまえちゃん」
振り向いた先には険悪なムードで口論をしているクラピカとレオリオの姿があった。二人とも上着は脱ぎ、レオリオに至っては上半身裸だ。
レオリオは私に気づくとバツが悪そうな顔をして、クラピカへの反論を途中で飲み込んだ。
「ごめん、私聞かない方がいいよね」
「いや」
苛立ちを抑え込むような、最初に話した時と同じフランクな調子を「作っている」感じでレオリオが私に尋ねる。
「金目的で試験を受けて何が悪いんだって話だよ。なまえちゃんも欲しいだろ、金」
「そりゃあ、あるに越したことはないけど」
「なっ!それになまえちゃんだって、将来結婚するなら金のねえ奴より金持ちの男を選びたいだろ?」
「うーん。それはどうだろ」
初手に選ばせた強引な二択で気を良くしたレオリオだったが、次に私が出したどっちつかずな答えには気に入らない、とばかりにピクリと片眉を上げた。
「だってみょうじじゃお金を持ってた大人は私に何もしてくれなかったけど、私の仲間はお金を持ってなくても優しくしてくれたからね」
お金だけじゃ人を好きにはなれないし、人を測れるとも思えないよ。そう言うとレオリオは一変、フンと嫌味っぽく鼻で笑った。
「でもその大人がなまえちゃんのために金を遣えば、なまえちゃんは仲間よりそいつを好きになっただろ。そもそもなまえちゃんがみょうじで満足な生活ができなかったのは、突き詰めれば金がなかったからじゃねーのか?」
「それは……」
「いい加減にしろ!」
静観していたクラピカの声が先に宙へと舞う。
否定したい心とは裏腹に、私の口からは揺らいだ呼吸しか吐き出すことができなかったのだ。
レオリオの視線が今度はクラピカを射抜いた。
「まともな衣食住も! 安全も! 子供だろうが金さえあれば手に入ったはずだ! なまえちゃんが言ったそのムカつく大人だって金次第でどうにでもなる! 買えないモンなんか何もねぇんだよ!!」
「許さんぞレオリオ!! 撤回しろ!!」
「なぜだ!? 事実だぜ。金がありゃオレの友達だって死ななかった!」
売り言葉に買い言葉とばかりにそう叫んだあと、レオリオはしまったという表情で舌打ちをした。
「……レオリオ」
レオリオは押し黙ったまま顔を背けたけれど、その仕草こそが私にとって何よりの答えだった。

"ダチと死に別れるのは、つれーもんだ"

あれは、ただ私を慮って出ただけの言葉じゃなかったのだ。

「病気か?」
クラピカの問いに促されて、レオリオは話し始めた。
法外な手術代が払えず、友達を病気で亡くしたこと。同じ病気の子供を無償で治したいと医者を目指していること。皮肉にもそのためには大金が必要だということも。
「わかったか!? 金 金 金だ!! オレは金が欲しいんだよ!!」
そうして一通り話し終えると、レオリオは速度を上げ走っていってしまった。
「最初話しかけられたときはなんて人だと思ったけど。ただの女好き、ってわけじゃないみたいだね」
レオリオを指さして隣を見ると、クラピカは一瞬きょとんとした後、笑って頷いた。

誰しも様々な過去を持ち、理由があってハンター試験に臨んでいる。
私も負けられない。夢のために、ハンターになるために。


前方の集団のどよめきに顔を上げると、長い階段の先に微かな光が差し込んでいる。
暗い地下道の旅はようやく終わりを迎えようとしていた。



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