◇13

目の前の光景に思わず息を呑んだ。
元の場所に戻ってみると、そこにいたのは地面に倒れて動かないレオリオと、ヒソカに首を掴まれたゴンの姿。
私達より前を走っていたはずのゴンがどうしてここに!?いや、それよりゴンを助けないと!
足元に転がる石を拾い、ヒソカ目がけて投げつけたが、ヒソカは驚く様子もなくそれを指で軽々と弾き飛ばし横目でこちらを見た。解放されたゴンが地面に両手をついて、ゲホゲホと苦しげに咳をする。
右手で投げた威力のない一投でもこの結果なら十分成功だ。ゴンをヒソカから離し、注意をこちらに向けさせる。私の目的は達成されたのだから。
次はこの場をどう切り抜けるか。私の頭はそれのみを考え、フル回転していた。

「試験官ごっこ、だったよね。なら今度は私をテストしてよ」
左手に握った警棒を構え、ヒソカに提案する。すると彼は肩を揺らして笑い、ゆっくりと私に近づいてきた。
まだだ。まだ遠い。
一歩近づくたびのしかかる不気味な重圧に、逃げ出しそうな足をなんとかこの場に縫い付け機会を窺う。そして腕を伸ばせば触れられそうな位置までヒソカが距離を詰めてきたところで、私は空にハンドサインを送った。
「おとも!!」
直後、上から落とされたこぶし大の影に得物を思い切り打ち込んだ。

バンッ!
破裂音が湿原に響き、爆風が霧と混ざって煙幕のように視界を遮った。

おともが落としたのは道端に生えていたキノコだ。ただのキノコじゃない、踏むと爆発して胞子をまき散らすキノコ。
走っている間に、他の受験者がそのキノコで吹っ飛んでいったのを見て、いつか使えるかもと一応摘んでおいた。こんなに早く必要になるとは思わなかったけれど。

「ゴン!レオリオと逃げて!!」
私は叫びながら、再びヒソカの動きに全神経を集中させる。
ヒソカは戦って勝てる相手ではない。だから戦うんじゃない。引きつけて、逃げる。自分に注意をひいて「向かってくる」ことが予め決まった状況なら、全力で凌げばそれでゴン達の逃げる時間くらいは稼げるはず。
戦地暮らしの経験から、逃げるのだけはちょっとだけ自信がある。

「よく考えたね♣えらいえらい♥」
そんな私の見通しは甘かった。
まだ爆風が晴れない中、目の前にいるはずのヒソカの声が、一つ瞬きをしただけの合間にすぐ背後から聞こえてきた。
全身に絡みつく恐怖を拭うように振り向きざま左手を振るう。が、ヒソカはトランプでいとも簡単に私の攻撃をいなした。
――重い!
出会い頭に投げられたトランプとは比べ物にならない手応えに、思わず警棒が手からこぼれ落ちる。しかしすぐさま相棒の羽音が飛んできて、落ちた警棒の先をくちばしで拾い、手に戻してくれた。
時間にすればたった数秒。なのに顔を上げるとヒソカは再び視界から消えていた。
「でも、残念だったねえ」
耳元で囁く声は、まるで獲物を値踏みする捕食者だ。
「あのコは君の思い通りにならなかったみたい♦」
「何を……」
「なまえっ!!」
殺される!!二度もまんまと背後を取られ、いよいよ命の危機が現実味を帯びてきたとき。私とヒソカの間に勢いよく割り込んだのはゴンの釣竿だった。
あっという間にゴンはヒソカに首を掴まれ、私が到着したときと同じ状況に戻ってしまった。
「大丈夫、殺しちゃいないよ♠彼は合格だから♥」
ところがヒソカはすぐにゴンを地面に降ろし、屈んでゴンをじっと見つめた。
「うん!君も合格♥あと、君もね♣」
そう言ってこちらを振り返ったヒソカの顔には毒気の抜けた気さくな笑顔が浮かんでいた。

彼は通信機で誰かと話した後、レオリオを担いで霧の中へ消えていった。
「あ、そうそう……お大事に♦」
去り際に私の左脚を指され、ヒソカの気配が消えるまで私は動くことができなかった。

結局最初から最後まで、私の命は彼の手の内で転がされていたに過ぎなかったのだ。


どうにか体が動くようになり、へたりこんだゴンに駆け寄った。
「ゴン!! ケガない?大丈夫?!」
ゴンは最初こそぽやっと呆けた顔をしていたけれど、すぐに「大丈夫」と、あどけない笑顔に変わり立ち上がった。
リュックを背負い直した様子は元気そうでひとまず安心。でも。
「どーして逃げなかったの!ゴンってば、あのままヒソカに殺されてたかもしれないんだからね?!」
これは一言言っておかないと気が済まない。すっごい怖い思いして必死に頑張ったのに、せっかく逃げられるチャンスをふいにされたんだから!
「だってなまえは友達だもん。なまえがオレを助けてくれたのと同じ。オレもなまえを助けたかっただけだよ」
「同じじゃないよッ!大人が子供を守るのはとーぜんなんだから!」
「ん〜。でも元々なまえはレオリオの加勢にきたんでしょ?レオリオが子供だから、なまえはここにきたの?」
ゴンの屈託ない笑顔から放たれた質問に、私は言葉が詰まった。小首をかしげたゴンのキラキラした大きい瞳が、またにこりと細められる。
「ほらねおんなじ!友達を助けるのだってとーぜんだよ。大人も子供も関係ない。助けてくれてありがとうなまえ!」
差し出された手。重ねればゴンの意見を認めることになる。顔に似合わず結構強引だな、と思いながら、これ以上反論する気は私の中から消えてしまったから、もう完全にゴンのペースだ。
「ゴンもありがと。それから……おともも!帰りなさいって言ったのに早速助けられちゃったね」
おともが私のハンドサインに応じて腕に止まり、嬉しそうに頭をこすりつけてきた。その体にはどこで付いたのか、何枚も葉っぱが絡まっている。
「ふふ、こんなとこに葉っぱ付けてぇ……あ!」



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