◇17
His side⑴
ゴン、キルア、クラピカ、そしてトンパと共に行動を余儀なくされた3次試験。
審査委員会に雇われた試練官との戦いの結果、賭けで失った50時間を過ごすため狭苦しい小部屋に野郎共5人が詰め込まれることとなった。
時計が指し示すのは入室から1時間ほど経過した時間。備え付けのローソファに腰掛けたオレはいまだにイライラが収まらなかった。
理由は一つ。目の前で悠々とお茶をすするトンパの存在だ。
こいつの受験理由は娯楽としての新人潰し。ハンターになる気はないという本人の言葉通り、3次試験での振る舞いはひどいものだった。答えの決まりきった多数決でわざと反対票を入れて足並みを乱す。試練官との勝負じゃあっさり負けを認めてチャンスを棒に振る。
そして怒りの種火に風を送るかのように、待機中もこいつはオレの勝負についてグチグチ責め続けるのだった。
「お前は負けた上に50時間も無駄な時間を食わされたんだ。ちっとは責任感じたらどうだ?」
「ハンターになる気もねえ奴がほざくな!人の足引っ張ることしか考えてねえくせに!」
腹に据えかねて言い返した瞬間、目の前を何かがものすごいスピードで通り過ぎる。それがゴンが遊んでいたキルアのスケボーだと分かるとついそっちに気を取られたが、一段落するとやはりぶり返すのはトンパへの苛立ちだった。
5人で攻略する、この「多数決の道」。
短い間ながらも関係が構築されたゴンらはいいとして、なんで残りの一人がよりにもよってこいつなんだ。
ここに居るのがトンパじゃなけりゃ――あいつなら。
そう思うたび、頭に浮かぶのはいつも同じ顔だ。
「一緒なのがこいつじゃなくてなまえならどんなに良かったか」
鬱憤と共に、一度名前を吐き出してしまうと止まらなくなる。
「なまえがいりゃあ出発まで2時間も食うことは無かったし、みすみす1戦ドブに捨てるようなことも絶対しなかった。協調性なくオレ達をイラつかせることだってなかっただろーよ!そうだろ?ゴン!」
「えぇ?ま、まあ……」
「どんだけ強いかは知らねェが、ヒソカと戦って無事でいたやつだ。なまえが初戦に出てたら勝ってたかもな。そしたらゴンで2勝、ハッタリ野郎の狸寝入りをオレが見破ってクラピカで3勝。もうこんなところとっくに通過してるさ」
するとパタン、と本を閉じる音が、盛大な溜息と共にオレの言葉を遮った。
「概ね同意、と言いたいところだが。少々都合のいい幻想をなまえに押し付けすぎではないのか」
「なんだとクラピカ!なまえが信用できねえってのか?」
睨んだ先で待っていたのはクラピカの冷ややかな目だ。
「そうではない。ただ、特に戦闘面において憶測だけで過度な期待を寄せるのは危険だと忠告している。今後状況を見誤るリスクが大きいし、第一彼女に失礼だろう」
「オレは常識的な範囲の想像でしか話してねーぜ。それに、なまえならオメーがとどめを刺すかどうか、オレが多数決を採った時だって乗ってきたはずで……」
「あーもう!うっせーなオッサン!」
イラついた口調で会話をぶった切ったのはキルアだ。器用に足で蹴り上げたスケボーをゴンに押し付けると、目を吊り上げてこっちに身を乗り出した。
「さっきからなまえなまえって、今いないヤツのことをあーだこーだ言ったってどーしよーもないだろ!なまえのファンかよ!」
「……ケッ、誰があんなオカルト女。はいはい、オレが悪いんだな!もういい!」
これ以上何を言ったって風向きが変わることはないだろう。話を無理やり終わらせ横になる。片腕を枕代わりにしてふて寝の構えで目を閉じると、これまでの出来事が雑然と頭の中を駆け巡った。
なまえは、そう。悪いやつじゃないのはよーく分かる。が、関わりが増えるたびにポロポロ出てくるヤバい一面がどうにもオレ的に受け入れがたい。
消毒薬すらまともに使おうとしないわ、二言目にはまじないだのお祈りだのと胡散臭いワードが飛び出してくるわ。それに不用心に男の手を握って平気な顔してやがるし。
単純に浮世離れしてるだけならまだしも、時代錯誤な衛生観念とオカルト思考な部分は医者を志すオレからすればどうにも身構えてしまう。
たまにいるんだよ。妙な信仰心にかられて戒律だ教えに背くだと適切な医療処置を受けようとしない人達が。そして経験上そういうタイプはちょうどなまえみたいな感覚の人が多い。
飛行船では黙ってオレの手当てを受けていたけれど、もし今後……例えば大きな怪我に差し当たった時、土壇場でこっちのやり方を拒否する可能性があるなら、最初からあまりお近づきになりたくない、というのが正直なところだ。
手立てがあるのに何もしてやれないことほど辛いものはない。
「それにしても、なまえの落ち方ケッサクだったよなーゴン!」
スケボーで遊ぶのに飽きたらしくキルアとゴンは床に座り込んで雑談を始めた。話題はなまえだ。耳が勝手に会話を拾ってしまう。
「隠し扉見つけて呼んだら『なになに〜』っつってこっち来てさ。立ち止まった瞬間こーんな顔して落ちてったし!」
「あの叫び声で、近くにいた人は床に仕掛けがあるって気付いたんじゃないかなぁ」
大笑いする二人と違って、オレの心中は複雑だ。
オレ達がここへ来る時には、すでになまえは隠し扉を通った……というか落ちた後だった。その時の様子はゴンとキルアしか見てないので詳細は知らないが、今の話からすると相当迂闊な落ち方をしたらしい。オレだって自分の意思で通ったにも関わらず着地に失敗したくらいだ。左脚を怪我してたあいつは大丈夫だったんだろうか。
「なまえ、試験順調かなぁ」
「けっこーヌケてるとこあるからな。見え見えの罠に引っかかってワーワーしてたりして」
うんうん。なんせ試験が始まる前から傷作ってるくらいだしな。
心の中で相槌を打ちながら、じわりと胸の内から得体のしれない感情が溢れてくる。
「確かに。ちょっと心配だね」
しかし、その正体はゴンの一言ですんなり腑に落ちる。
ああそうか。オレは"心配"してんだ、なまえのことを。
寝返りを打って仰向けになり、目を開く。
血の滲んだ包帯。こましゃくれの目。ムキになって言い返す声。
天井をぼーっと見上げながらそれらを思い出して、別に積極的には関わりたくはねーけど、でも、今ここになまえが居ればいいのにと思った。