◇29
「医者に?」
「そう。みょうじで病気や怪我の仲間を何度も見送ったけど、もしもレオリオみたいな人とあの時出会えていたら、死なずに済んだ子もいたのかなって」
仰向けになって目を閉じると、まぶたの裏に浮かぶのは三次試験の合間に見た故郷と仲間達の夢。故郷の風景も仲間達の顔も忘れたことはないのに、あの夢が一層リアルな感触を記憶から引きずり出してくる。
「レオリオならきっと、お金も身寄りもない子供でも損得無しに治そうとしてくれるでしょ?私を手当てしてくれたみたいに。だからレオリオがお医者さんになってくれたら、昔の自分達が少し救われる気がするの。勝手に人の気持ち押し付けて悪いんだけど」
レオリオは否定も肯定もせず、「そうか」と一言呟いた。
2人して夜空を見上げたまま、時間は水辺のひんやりした空気に溶けてゆく。黙っていても私達のいる空間はそれほど静かじゃない。川の水が流れる音や、虫の鳴き声、木の葉が風に揺れる音なんかが絶えず鳴り響いているからだ。
自然の騒がしさに身をゆだねていると、ワンテンポ置いて隣からまた声が聞こえてきた。
「なまえだってそういう子供らを助けるためにハンターになりたいんだろ?……あ、いや、ハンターになるのは故郷のためだっけか?」
「ライセンスが欲しいのは立ち入り禁止になった故郷へ入れるように。だけど私が与えてもらったものを、今度は自分が子供達へ与える番になりたいとも思ってるよ」
やりたいことなら星の数ほどある。
もう一度生まれ故郷をこの目で見たい。
そしてみんなが笑って過ごせる安全な町にしたい。
それから……
「それから?」
指折り数える自分の手から視線を逸らすと、仰向けになっていたはずのレオリオはいつの間にか体勢を横向きに変え、じっと私を見つめていた。その眼差しと、さっき尋ねた声はなんだか小さい子を相手しているみたいな感じで釈然としない。
「つまらない話だけど」
「いいじゃねえか。聞かせてくれよ、お前の夢」
細めた目に促され私は三本目の"それから"を指折った。
仲間達ともまた会いたい。自分がしてもらったみたいに、どこかで怖い思いをしている子供達の力にもなりたい。何の縁もない私を引き取って大事に育ててくれたばーちゃんに恩返しだってしたい。
私が言葉をこぼすたび、レオリオは一つ一つ丁寧に頷いて聞いてくれる。
嬉しい反面、やっぱりそれは子供の話を聞く大人みたいな仕草に思えて、どことなく気恥ずかしかった。
「――なら、試験が終わったら大忙しだななまえ」
一通り私の話を聞き終えたレオリオはこめかみを触りながらブツブツ考え事を呟き始めた。
「まずは協力者のネットワーク構築に資金の確保、仲間探しは国際機関の難民データベースを洗うのがよさそうか。あとは戦災孤児の保護活動……そういやなまえは、具体的に何をするつもりなんだ?」
「ん?」
まるで自分の事のようにすらすらと未来予想図を描くレオリオから急にバトンを渡され言葉に詰まってしまう。
「ほら、子供を売り買いやってるような組織を潰したいとか、救育所や学校を作りたいとか。自分で支援団体を作るのか今あるところに援助を考えてるのか。とか」
「んーと」
ビスケットの入っていないポケットは何度叩いても中身はゼロ枚。相槌で取り繕ったところで答えは出てくるはずがなかった。
「実は、とりあえずハンター試験に受かってみょうじに行くって以外はまだあんまり決めてなくて……」
「なんだそりゃ」
「だから今は反省してる!私の、星の数ほどある夢はさ。こーやって星を眺めてるみたいにただ「夢見てる」だけだったなぁって」
満天の星空に向かって手を伸ばす。真上に輝く星々はどれも強い光を放っていてすぐそばにあるかのようだ。
今にも掴めそう。でも、本当は光の速さでも追いつかないくらいずっとずっと遠い。
「レオリオやクラピカははじめからちゃんと、今とゴールを線で結べててすごいよね。みんなと出会って私、自分がホントに考え無しだったんだなって恥ずかしくなっちゃった」
「すごいんじゃなくて普通なんだよ、オレやクラピカが ……と言いたいところだが」
レオリオは枕代わりの腕を組み直した。
「お前を見てたら普通、なんてもんは所詮個人の物差しでしかないって思い知らされるな」
「どういう意味よ」
と聞いたのは言うなれば先回った反論の主張だ。また何か失礼なことを考えてるのは意地の悪い口角を見れば分かる。
「言葉通りだよ。ま、後のことは少しずつ考えながらやっていけばいいだろ。なまえの夢はたくさんの人の手を借りて成し遂げるようなデカい夢だ」
「だね――ねえレオリオ」
「なんだ?」
「私が困ったときはレオリオも手伝ってくれる?」
レオリオは私の質問には答えず、代わりに意図の読めない笑顔をふっと見せてゆっくりと立ち上がった。
「何にせよ今はプレートを手に入れにゃ始まらん。そろそろ休むか。交代で見張りだ」
相談もなく私が先に寝る番だと暗に役割を決めつけられる。まだ起きていられるけど、いちいち口を挟むのも野暮なので素直に甘えることにした。
「夜が明けたらおともが起きてくる。そしたら見張りはおともに任せて、レオリオも休んでいいよ」
川の冷気を含んだ夜風が吹き、くしゃみをしながら岩陰の少し苔が生えている場所で横になる。包まったストールは軍艦島のホテルで洗濯したからか、かすかに潮の匂いがしてドーレ港を思い出した。
ハンターになって、やりたいこと。レオリオにいっぱい話したけど、まずはばーちゃんに恩返しがしたいな。なんの縁もなかった私を育ててくれて、ハンター試験を受けたいというワガママすらとっておきのワンピースで送り出してくれた。今度は私が。家事も仕事も手伝って……他にできることはなんだろう。そうだ。またレオリオに聞いてもらおう。
しばらくすると、もうほとんどとろけた視界にさっと濃紺が差した。
――そうだな
意識を手放す直前に海と混ざって全身を包んだ薬と香水の匂い。暖かくて、心地よくて、つむった目の裏側に今まで感じたことのないキラキラが見えた気がした。
「試験が終わっても……一緒に「夢」を追えたらいいな、なまえ」