◇31
私達が夕食を終えて図書室へ戻ると、昼間とはうってかわり中にはハンゾーとポックルしかいなくなっていた。ボドロさんの話を聞いて一斉に駆けこんだ他の人達は余裕なのか諦めちゃったのか。どちらにせよ人が少なくなったぶん、テーブルは広々と使わせてもらえそうだ。
夕焼けの赤い光に染まった本棚をぐるりと回る。どんな問題が出題されるか見当もつかないけれど、歴史書や地理書を何冊か見繕い中央の長テーブルへ戻った。すでに本を山積みにしたレオリオが指さした隣の席へ座り、一番上の本を手に取る。
『改訂版・新ハンター史』
どうかテストに出ますように!
普段目にしないような難しい内容も一生懸命、頑張って読み込む。けれど赤かった本の背が本来の色を取り戻す頃には、私のヤワな集中力はすっかり空っぽになっていた。
「えー、ハンター協会本部はスワルダニシティにあり……どこそれ?」
一緒に開けた四角い世界地図を眺めるものの、頭になんにも入ってこない。
「はい、レオリオせんせ〜」
「んあ?」
隣からは気の抜けた返事が返ってくる。
「レオリオのおうちってどこ?」
「……テストに出るのか?」
「出る出る!だから教えて」
眠そうな目で椅子ごとにじり寄ってきたレオリオはぴったり私の隣に来ると地図を覗き込み、指さした。
「ココ」
「えぇー!?」
そこは私の住むドーレの町とは全く違う地方。ショックでうっかり大声を出したら、それを聞きつけ地図の上に別の指がもう一本伸びてきた。
「ちなみにオレの国はココだぜ」
私達の後ろから茶々を入れてきたのはハンゾーだ。
「ジャポンつー島国だがお前ら知ってるか?あまり大きくないが名所もそこそこあって、それに……」
「はいはいもう結構!」
会話に混ざるのはいいんだけど、気を付けないとこのおしゃべり忍者は一方的にしゃべりまくって会話を会話でなくしてしまう。三次試験の経験からなんとなくその兆候を感じ取って事前に釘を刺しておいた。
「てか別にハンゾーの出身地は聞いてないし」
「冷てー女だななまえ。遊びに来たってお前にはいい観光スポット案内してやらねーぞ」
「結構ですぅ」
するとハンゾーはターゲットを変え、今度は隣のレオリオに絡み始めた。
「おいレオリオ。お前は来るとき連絡しろよ。同期のよしみでうまい酒のある店押さえとくからよ」
「なに?!酒かぁ」
レオリオはハンゾーの誘いに妙に乗り気で、二人のやり取りがだんだん勢いづいてゆく。コメがどうだ、イモかムギかと話題はお酒のようだけど私にはちんぷんかんぷん。お酒って全然おいしくないよ。昔お正月に振舞われたお屠蘇をこっそり舐めてみたけどびっくりするくらいヘンな味がしたもん。
「試験が終わったらうめー酒でパーッとやりてーよなー」
「お、いいねえ」
そもそも私のことをそっちのけで話を進めているのが非常に面白くない。私はレオリオの腕を揺すって止めにかかった。
「やだ!ダメ!」
「なんでだよ」
「だってそれ、私お酒飲めないから参加できないじゃん。パーッとやるならやっぱスイーツでしょ!ドーレの港にはおいしいアイス屋さんがあるんだよぉ〜。そこにしよ!ね!」
するとレオリオは目を点にした後、なぜか体を反らして大きな笑い声を上げた。後ろのハンゾーも腹を抱えて大笑いだ。
「なっ、なにがおかしいのさ!」
「悪い悪い。いや、だって……なぁハンゾー」
「ガキじゃあるまいに!」
明らかに見くびられた感じで、笑いが止まらない2人から両肩をそれぞれ叩かれカッと顔が熱くなる。
レオリオは1歳差、ハンゾーにいたっては同い年。年も変わらない二人からどうしてこんな子供扱いをされなきゃいけないのか。恥ずかしいやらムカつくやら。奥歯を噛みしめて言い返す言葉を考えた。
「うるさいなあ!!」
机を激しく叩く音が響き、しんと室内が静かになった。
違う違う!今のはどっちも私じゃない!
私達3人の視線の先、つまり音の出所では、目の座ったポックルが立ち上がり恨めしそうにこちらを睨みつけていた。
「集中、できないだろ」
「ご、ごめんなさ〜い」
レオリオとハンゾーがそそくさと自分の席に戻って本を読み始めたので、私も改めてズワイガニシティ?とかいう場所を探す作業に戻ることにした。
ポックルとは軍艦島で少し話した程度だけど、多分クラピカ系の結構真面目なタイプとみた。覚えとこう。これはテストに出ないけど。
ずわ、スワルダニシティはココ。レオリオの故郷がココで、ドーレがココ。
「……遠いなぁ」
結局ハンター協会本部なんかよりレオリオの住む町の方が興味があるわけで。レオリオの指した場所をなぞって私の家と線を結ぶ。飛行船で3日、いや4日はかかりそうだ。
地図帳に描かれた世界地図の、たった鉛筆1本程度の距離が今の私にとてつもなく重くのしかかった。
この距離が、数日もすれば現実になる。
私は地図をそっと閉じて、小さく息を吐いた。