◇35
『キルアを連れ戻す』
お兄さんに向かって迷いなくそう宣言したゴンと私達はあの場で確かに同じ気持ちだった。だから明日、このホテルを出たら4人でククルーマウンテンへ向かう。それは予定調和のはずなのに。
「どういうこと?」
私にはレオリオから唐突に突きつけられた言葉の意味がすぐに理解できなかった。
「なまえはまっすぐ家に帰れ。ちょっとダチの家遊びに行くのとは訳が違うんだ、悪名高い暗殺一家を敵に回すことにもなりかねないんだぞ」
「分かってるよ」
「分かってねェ!」
「分かってるってば!」
「分かってねーよ!!」
ああ。こんなやり取りこの間もしなかったっけ?
ただ矢継ぎ早の応酬は身に覚えがあっても、大きくかぶりを振ったレオリオの怖いくらいに真剣な目は初めて見る。
レオリオは私を指さして言った。
「お前には家で待ってるばーさんがいる。故郷を立て直したり、仲間を探したりって夢も持ってる。せっかく命を張ってハンターになったのに、この上さらに危ない橋を渡る必要がどこにある!冷静になって考えてみろ!」
「そんなのみんな同じじゃない!!」
広間の照明が闇夜とぶつかってレオリオに濃い影を作る。すう、と息を吸うのに合わせて光を反射したサングラスが想像よりもしょげた顔の私を映した。
私は心のどこかで楽しみにしていた。明日を。もう少しみんなと……レオリオと一緒にいられる時間が増えて嬉しいと思っていたのに、でもレオリオはそうじゃなくて。
「レオリオも、ゴンもクラピカも夢や目的があるからハンターになりたくてここに来たんでしょ。2人には何にも言わないのに、私だけ仲間外れにするんだねレオリオは」
「お前を。心配してやってんじゃねーか。危ない目に遭わないようにって」
「だったらレオリオのやり方、正しくないよ」
それどころかお互いライセンスを手に入れ、ハンターという立場は変わらないはずの私を対等に見てもいない。レオリオの言い分は体のいい言葉で[お前は不要だ]と言っているようにしか聞こえなくて私には余計にショックが大きかった。
胸がぎゅっと締め付けられて、逸らした視線を手元の小皿に落とす。ほんのり溶けたアイスは混ざり合い、器の中でマーブル模様を作っていた。
茶色とピンク。
試験会場へ向かう道中、初めてドーレの港で出会ったキルアが食べていたのがチョコ味で、私はいちご味だった。
「キルアはまだ子供だよ」
「ガキ扱いすんな!」って怒っていた柔らかく、丸いほっぺの曲線が、痛みを伴って記憶によみがえる。
「キルアもゴンもすごい子達だから忘れちゃいそうになるけど、私よりちっちゃい手をした子供なんだよ。2人は昔の私と同じ境遇ってわけじゃないけど、私がハンターになった理由の一つはあんな子達が困ってるのを放っておきたくないから」
「でもお前だって……」
レオリオが何か言いかけたのと同時に私達を照らす明かりがふっと一部欠けた。
こちらに伸びた影の主は広間からひょっこりと顔を出し表情を和らげたが、気詰まりな雰囲気をすぐに察知し顔を曇らせた。
「レオリオもなまえもここに……どうかしたのか?」
「何でもないよ、クラピカ」
バルコニーへ出てきたクラピカと入れ替わるように私は広間の中へと歩き出す。
「レオリオがなんて言ったって私、行くからね。ハンターになった理由抜きにしたってキルアもゴンも大事な仲間なんだから」
目の前に突き付けられた二択の、当然だと掴んだ方が正しいかどうかはしょせん結果論でしかない。
星が瞬く夜空。どこか寂しい夜更け。
――ククルーマウンテンの夜は、冷たい風が岩肌を撫でる音だけが響いていた。