◇37
「オレは医者の卵として忠告してるんだ。部屋に戻れ。なまえ」
「付いてこないでってば」
追いかけられれば追いかけられるほど意固地になって足早に照明の消えた廊下を突き進むが、1階へ続く階段の前でレオリオに肩を掴まれてしまった。重りから手を離し、身をよじって振り払っても今度は腕を捕らえられる。こうなるともう、私になす術はなかった。
私の二の腕を軽々一周するレオリオの長い指。その先を辿ると筋張った筋肉の太い腕があって、広い肩幅へ続いている。
私とは何もかも違う体。ちょっと抵抗したくらいじゃびくともしない。
レオリオは、その強い力で私を拘束しながら頭一つ高い位置にある顔を曇らせ言った。
「お前の気持ちは分かるけどよ……」
ウソつき。
「分かるワケないじゃん!!」
ついカッとなり、みんなが寝ているのも忘れて反射的にその後を大声でかき消してしまった。でも、私を見るレオリオは不意を突かれたような表情をしていて、本当に私の気持ちを分かってないんだと思ったらやっぱり黙っていられなかった。
「レオリオに分かるわけない!背もあって、手もおっきくて、鍛えた分だけちゃんと結果が付いてきて……試しの門だってあっという間に開けてさ!今まで力不足で困ったことなんてないくせに!!」
「なまえ」
「そうやって自分が恵まれてるのにも気付かないで、私の気持ち簡単に分かるとか言わないでよぉっ!!」
女に生まれなきゃよかった。なんて思ってない。自分が恵まれていない人間だとも思ってないけれど、純粋に腕力を要求される今はただただレオリオが羨ましかった。もし私の指が、腕が、肩が、レオリオみたく力を兼ね備えていれば、みんなに迷惑をかけず済んだはずだから。
だからこれは半分本音、半分は八つ当たりだ。
「……黙って聞いてりゃ!」
「は?いつ黙ってたってゆーの?!」
「んだとォ!!」
掴まれた腕を思い切り押されて、よろけた背中が廊下の壁にぶつかった。直後、勢いよく伸びてきたレオリオの右手が壁を震わせ、バン、と左耳のそばで大きな音を立てた。
「ど、いてよ」
壁に追い詰められ至近距離で見下ろされれば例え相手がレオリオでも威圧感を感じてしまう。更にもう片方の左手も忍び寄るのが見えると不覚にも体が硬直してしまい、私はぎゅっと目をつむった。
「じゃあ言わせてもらうけどな!恵まれてんのはどっちだ!!」
暗闇の中で、そんな言葉と共に両頬へ強い圧迫感が襲った。
「むぐ」
「しょぼくれてるだけでこんなカワイイ顔できんのが恵まれてなきゃなんだってんだ!多少非力だろうが、そんな顔してベソかけりゃー人生イージーモードだろーが!」
「かっ……」
「オレなんていくら泣いたところで誰も声なんかかけてくれねーのによ!!」
「か……かわ、いい……??」
って言った?レオリオが?私のことを?
ずるずると壁を伝って座り込んだ拍子に、熱くなった頬を挟むレオリオの左手が離れた。見上げたレオリオはしまった、って感じの顔を背けて後ずさり、半端になった両手をズボンのポケットへ突っ込んだ。
「わっ、私、真剣に話してるんだから茶化さないで!」
「茶化してねェ!」
ってことは。
「じゃあ、ホントに私のことかわいいって思……」
「だぁーっ!!いいから寝ろ!さっさと寝ろ!今すぐ寝ろ!!」
「分かったわよ!寝ればいいんでしょ寝れば!」
私は廊下に転がっている重りを拾って、行きよりも猛スピードで寝室へ向かった。
観光ビザの期限も迫っていて、キルアが心配で、ゴンに申し訳なくて。早くどうにかしなきゃいけないのに、レオリオにあんなこと言われてちょっと嬉しくなった挙句、結果的に何もせず寝室まで戻ってきてしまった自分がバカで悔しくなる。
とはいえ先ほどの売り言葉に買い言葉で引っ込みがつかず、さっきまでの不安とはまた違う鬱々した感情に苛まれながらベッドに潜り体を丸めた。
ほどなくして足音が近付いてくる。
一番遠くのベッドから毛布が人を飲み込む音がして、しばらくするとまた静寂が訪れた。と思ったら体勢を変えたスプリング音と同時に落ち着いた声が部屋に響いた。
「確かにお前の気持ち、全部は分かってねーかもよ。でもな、なまえ。お前がぶっ倒れたらオレ……いや、みんなが困るんだ」
「うん」
「また明日頑張ろうぜ」
「……うん」
明日。明日になって、それでも扉を開けられなかったら、3人には私を置いて先に行ってもらうように伝えよう。