◇38
「なまえ、おはよ!」
「……おはよ。ゴン」
次の日。視界いっぱいに広がるゴンの笑顔が寝起きの私を出迎えた。
昨日はレオリオがヘンなことを言ったせいで全てがうやむやになってしまったけど、私がみんなを待たせている現状は何も変わっていない。後ろめたい気持ちで挨拶を返す私とは裏腹に、ゴンはとびっきりのスマイルを見せてからドアまでパタパタと駆け寄り私に言った。
「朝食の前にちょっと一緒に来てほしいんだ。あ、重りは無しで!」
「オレ、昨日考えたんだけどさ。なまえはもう開けられる気がするんだよね」
ずんずん歩くゴンの足が止まったのは、目下の悩みの種である『試しの門』の前。
「うまく言えないけどなまえは腕だけで開けようとしてる感じがする。手の力だけじゃなくて、体全体で押す感じが大事なんだ! ほら、足の裏で地面つかむみたいにさ!やってみてよ!」
「う、うん!」
今は正直、よしやってやろう!……という気分ではないけれど、目を輝かせて私の背中を押すゴンの提案を断り切れずに扉へと手をかける。指先に伝わるヒヤリと冷たい金属の閉じ目から僅かに通り抜ける空気が顔に吹きかかり、私を威嚇した。
体全体で押す感じ。かぁ。
「肩や腕に頼りすぎず、腰と脚で体重を乗せるように意識するんだ」
手に力を込める直前、ゴンとは違う声が背中から聞こえてくる。
「クラピカ!」
「大丈夫。筋力の差はテクニックで補える」
ゴンと話していたのを聞いて様子を見に来てくれたのだろう。クラピカの声は穏やかだけれど力強く、さっきよりも心が軽くなった気がした。
「ありがとう。やってみる」
小さく呟き、深呼吸を一つ。もう一度扉に向き直る。
ゴンのアドバイス通り、足の裏で地面をしっかりと捉える。クラピカの助言に従って、肩の力を抜いて腰と脚に意識を集中させる。そうして押し当てた両手をゆっくりと、自分自身を門にぶつけるように全身の力を一つに纏め、前に体重を傾けた。
――ギィオォォォン
重々しい軋みが響き、試しの門がゆっくりと動き始めた。腕が震え、額に汗が滲む。
お願い、開いて!!
祈るように力を込め続けると、人ひとり分の朝日が一筋、門の向こうの空間をさんさんと照らし出した。
「ひ、開いた……!」
力を緩めた扉は直ぐに閉じ、私は震える体でその場にへたり込んだ。
「やったぁ〜!なまえ!!」
駆け寄ってきたゴンが背中に覆いかぶさる。嬉しそうに揺れる振動を受けて、徐々に門を開けた実感と安堵が胸の中に込み上げてきた。
「2人がアドバイスしてくれたおかげだよぉ〜〜っ!ありがとね、ゴン!!」
クラピカも!肩に乗ったゴンの顔に頬ずりをして振り返ると、目を細めて笑顔を見せるクラピカ、そして、その後ろから大きい影がのそのそとこちらへ近付いてくるのが目に入った。
「朝っぱらから騒がしいなオイ」
ぴくっと反応したゴンが私から離れ、声の主へ一目散に駆け寄ってゆく。
「レオリオーー!聞いてよレオリオ!なまえが開けたんだよ、試しの門っ!!」
「ほぉー」
さっきの私と同じくレオリオの背中に飛び乗ったゴンの頭を、レオリオは豪快に撫でてちらりと私を見た。昨日、微妙な感じで話を終わらせたままだったから少し気まずくて身構えていたけれど、レオリオの様子は別段いつもと変わらなかった。
「やったな、なまえ」
「うん」
「昨日しーーーーっかり休んだおかげ、だな」
「ふふ。そうかもね」
ほれみろ、オレの言った通りだろ。
と言わんばかりに片眉を上げ、口の端で小さく笑うレオリオに向かって私は特大のピースを突き付けた。
「これで全員クリアしたことだし、支度して早いこと出発しようぜ!」
今は1秒でも時間を無駄にできない。喜びも束の間、私もみんなもレオリオの言葉に頷いてゼブロさん達のお家へ歩き出す。
みんなからワンテンポ遅れて立ち上がった私も3人の後ろ姿を追うが、振り返ったゴンはあ、と小さく声を上げたのち、突然しゅんとした顔になってしまった。
「なまえ。ごめんね」
ゴンに感謝こそすれど、謝られるようなことはまるで身に覚えがない。
「どうしたの?なにが?」
「オレが門を開けたあと、なまえがプレッシャー感じてること、気付いてあげられなかったから」
「え?」
「昨日レオリオと廊下でしゃべってたでしょ?」
「え!?」
全員開けられてめでたしめでたし。丸く収まりすっかり頭からフェードアウトしていた昨日の件がいきなり引き戻されて顔に熱が溜まる。
「き、聞いてたの?!」
「あんな大声で話されたら嫌でも起きる」
クラピカに呆れた感じで横やりを入れられ、さらに顔から火が出そうだった。
「いやあの、ちょっと待って」
レオリオに八つ当たりしてたのとか。かわいいって言われてよく分かんなくなってたこととか。あの非常に恥ずかしいやり取りを2人に、いや、この調子だと多分ゼブロさんやシークアントさんにも聞かれてしまっていた、とは。
うわー!恥ずかしすぎて冷や汗出てきた!
「うぅ……」
何で家の中であんな大声出しちゃったんだろ!せめて外に移動してから話せばよかったのに!!バカバカ!本当にバカ!!
頭を抱えておそるおそる視線を送った先では、火照った顔のレオリオが私とまったく同じポーズをしていた。
「てっ……テメーまで盗み聞きか!クラピカ!」
「もう一度言う!"あんな大声で話されたら嫌でも起きる!" 」