◇46

今日はちゃんと送ってってやる。

とエンジンをかけたレオリオの車に乗り、窓の外を流れる街並みを助手席からぼんやり眺めていた。
「なあ本当に行っちまうのかよ」
向かう先はこの街に来た時と同じ空港だ。
朝慌ててホテルのチェックアウトを済ませ、ただの荷物置き場になってしまった広々としたダブルルームから引き下げた荷物をトランクに積んだ車は正午ぴったりの飛行船を目指し、低いうなりを上げている。
「なまえ!聞いてんのか!」
そしてハンドルを握るレオリオもまた、車に乗り込んだ時から……厳密に言うとホテルを出た後次の行き先をレオリオの家ではなく空港だと言った時から、エンジンの轟きに負けないくらいの不満を始終ブルブルと撒き散らしていたのだった。
「仕事もないんだろ?私用もないんだろ?だったらヨークシンに行くまでオレんちにいたってなんの問題もねーじゃねーか!」
ある。
「用が済んだら早く戻っておいで、ってばーちゃん言ってたもん」
そう言うとレオリオは思いっきり顔をしわくちゃにして鼻をひくつかせた。

ばーちゃんは多分、みょうじの訪問がいいことばかりじゃないと見込んで私のためにこう言ってくれたんだと思う。
でもそれならなおさら早く帰って安心させてあげたいし、ハンターになったらうんと恩返ししようって決めていたんだから、やっぱり不必要に2週間も家を空けるべきではない。と思う。家事、祈祷師の仕事、ハンター協会からの頼まれ事など、お手伝いすることはたくさんあるのだ。

それに何より。
あの部屋に長く居るのが私は怖い。
帰りたくなくなってしまいそうで。ずっと前から心に決めていたはずの夢すら揺らいでしまいそうで。

「オメーは彼氏を置いて心残りじゃねーのかよ」
「……かれし?」
「お?そこ疑うか?昨日あんなにセ」
「仕方ないじゃん!だって、なんか、そういう雰囲気になっちゃったんだもん昨日は!!」
レオリオがなにか良からぬことを口走りそうなのをとっさに先回りして封じ込める。同時に昨晩の恥ずかしい記憶が一気に頭へなだれ込んできて、じんじん火照る顔を全開にした窓へ突っ込む、という奇行に走ってしまった。危ねえぞ!って怒鳴られても、体ごと外に飛び出さなかっただけ褒めてほしい。
時速50qの風は、まだ少し濡れた私のクセっ毛を大きくはためかせた。
「仕方ないってなんだよ……お前にとって、昨日のことは忘れたい出来事なのか」
赤信号に止められ、すぐに勢いを失った風の代わりにレオリオはじっとりと横目で私を見て、こう言った。
そんなわけない。
「もしそうならレオリオの顔引っぱたいてとっくに帰ってる。昨日はなんていうか、私、ちょっとヘンだったかもって思うけど、レオリオにならいいと思ったからいいよって言ったし、気持ちは今も変わらないよ」
「む」
「……でも!」
すると不満たらたらの表情が一転、締まりのない顔でレオリオがニヤついたのが気に入らなくて、牽制の意を込めてレオリオを睨みつける。
「私まだちゃんと好きって言ってもらってない」
「はぁ?だから昨日ベッドでどれだけ言ったと……」
「あーっ!!酔ってる時はノーカンに決まってんでしょ!酔っ払いのいうことは絶対信じちゃダメってばーちゃんが言ってたもんね!」
「また『ばーちゃんが〜』かよ。分かった」
青信号が灯り、再び動き出した車は急に進路を変え、脇道に入ると路肩へすぐに停車した。サイドブレーキを引いたレオリオが体ごと私の方を向き、軽く咳払いをする。
「好きだ、なまえ」
「うぐ……」
正真正銘、面と向かって言われたらどうしようもない。
照れくさくて顔を背けたくなるけど、それはレオリオの誠意を踏みにじることになる。私も運転席へ体を向け、膝の上で拳を固く握った。
「あ、ありがとう」
「だからお前を帰したくないし……空港には送ってやれない。でも、それでもなまえが行くってんなら止めねえからタクシーでもなんでも捕まえて勝手に行ってくれ」
中指でサングラスを押し上げたレオリオは腕を組み、背もたれに深く体を沈めた。言葉より明確な”これ以上意見しない”という態度だった。
「……レオリオはウソばっかり。送るとか、何もしないとか」
「返す言葉もねえ」
「トランク開けて」
私の答えは予想外だったのか。単純にお気に召さないだけなのか。レオリオは眉間に皺を寄せ私に何か言おうとした。
しかし開いた口からは大きなため息が一つ吐き出されたのみで、たっぷり間を置いてから分かったよ、と小さなつぶやきと共に背後からトランクのロックがカチリと外れる音が聞こえた。



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