◇5
「おともは”ペット”じゃなくて私の”相棒”なの」
ガラス張りの壁越しに見える街路樹に向かって人差し指でくるくると円を描く。するとすぐに一角がざわめき、黒い影が羽音を立てて近づいてきた。そばにある花壇の縁を続けて示せば、おともは翼を何度か羽ばたかせ指示通りの場所にちょこんととまった。
今みたいに私から合図を送ったりしない限り、少し離れたところから私の後を追ってくるおとも。だからおともの存在に普段気付く人はいないんだけれど、見事指摘したキルアはやっぱり普通の人じゃないし、そんな人が今ドーレにいる理由はハンター試験を受けに来た以外にないだろう。
「キルアも受験者だったんだ。試験のこと知らずにザバンへ行こうとしてるのかと思って声かけちゃった。ごめんね」
すると辺りに漂っていた殺気はすぐに消え、キルアは気の抜けた顔でくたりとテーブルに顎を乗せた。
「そういうことな。ナンパにしちゃお粗末とは思った」
「するわけないでしょ。こんなちみっこに」
さすがに無理のある話し方だった自覚はあるけれど、まさかナンパだと思われてたなんて。とっさに否定したが言葉選びがまずかったらしく、キルアはくたくたの体勢のままキッと目尻を吊り上げ私を見た。
「ガキ扱いすんなって言ってるだろ!ま、オレだって年上にキョーミないけど」
「心配しなくても私はもーっと背の高い人がタイプですよーだ」
目の前にあるタンポポの綿毛みたいな頭をわしゃわしゃ撫でたらキルアは飛び起きて私の手を払った。
ちょっぴり生意気な口の利き方も、くるくる変わる表情もあどけない。なのにさっきの度外れた力の片鱗は、大人さえ圧倒する実力をはっきりと感じさせる。そのギャップに不思議な気持ちが湧いてきて、私は窓の外を指さしてキルアへ目配せした。
「ジャマしちゃったお詫びに教えてあげる。試験会場へ行くにはあの一本杉を目指すのが一番の近道だよ。バスじゃなくてね」
束の間とはいえ顔見知りになったわけだ。少しでも彼の旅が順調であればいい、という親切心から出た言葉だったけれど、キルアは間髪入れず「信じられるかよ」と口を尖らせた。
「だったらなんでなまえはこんなところほっつき歩いてんだ?さっきの口ぶりだとあんたもハンター試験、受けるんだろ」
「だって私――一応関係者だから」
ここ、ドーレの港町から一本杉へ続く一本道の途中にある、小さな寂れた町。そこを訪れた受験者に二択の質問をして、案内人(ナビゲーター)である凶狸狐さんのところまで連れていく素質があるか見極める役目をしている「ばーちゃん」が、ほかでもない私の育ての親なのだ。
ちなみに去年までは毎年私も手伝いをしていた。お面をかぶって後ろでパフパフを鳴らす係。
凶狸狐さんの元へ直接行かなかったのは顔見知りの人……じゃなくて魔獣に頼らず、自分の力で会場に向かうべきだと思ったから。
普段ザバン行きのバスがこの辺を走っていないことも織り交ぜて話しているうちにキルアのふくれっ面がだんだんしぼんでいくのを見ると、私の話は信じてもらえたようだ。
「じゃあなまえはこれからどうすんの」
「船舶管理局に相談してみようと思うけど……あんまり期待できないし、コレ食べながら考える。お互いがんばろーね」
溶けかかった残りのアイスを指さして、キルアに手を振る。
しかしキルアは顎に手を当て少し黙ったあと、座ったまんま口を開いた。
「ならさ、やっぱあのバス乗ろーぜなまえ」
「人の話聞いてた?」
バスは多分罠。案内人は一本杉のふもとにいる。私の言ったことをすべて無視した提案は一体どういうことなのか。イラっとして机を爪で叩いたら、同じテンションで机をばんばんと叩く音が向かいから聞こえてきた。
「だーかーらー。今まで走ってなかったザバン市行きのバスが急に現れた。つまりハンター試験に関係ある人たちがあのバス走らせてるってことだろ?なら運転手だって試験に関係ある人物って考えるのが妥当じゃないか、ってこと」
「……運転手が案内人なんだ!」
「そ。そいつにオレらのことを認めさせれば試験会場まで連れてってくれる可能性、あると思わないか?」
キルアの言うことは一理ある。というかそっちの方がよっぽど期待値が高い。
そしてふと、ここへ来る前に見たバス停の長い列を思い出し、私は慌てて残りのアイスを胃に収め立ち上がった。こうしちゃいられない。早くバス停まで戻らないといつ乗れるか分かったものじゃない!
「教えてくれてありがと! キルアもがんば……今オレら、って言った?」
食べ終えたカップとスプーンをゴミ箱へ放り込んだキルアはペロリと唇を舐め、いたずらっ子の顔で目を細めた。
「こっちから行く方がおもしろそーだし、しばらくなまえの面倒見てやるよ」
面倒見てやるってのはこっちのセリフなんだけど。ちみっこめ。
先を行く綿毛をまたわしゃわしゃしてやろうと追いかけて手を伸ばしたけれど、今度は簡単に避けられてしまった。