1話

 そこそこの長さがある髪を編み込み、度の入っていない丸眼鏡をかけて首には先祖代々の首飾り(認識を誤認させる魔術もつけた)をつける。そして真新しいホグワーツの制服に袖を通して鏡を見た。そこにはいつかの自分が立っている。

あれ以来、ホグワーツに一室を与えられたシキはほとんどそこで引きこもってこの世界について学んだ。一応信じてはいたが、やはりダンブルドア(白ひげを蓄えた老人の名前である)の話の通りこの世界に魔術師は居らず、その代わり多くの魔法使いがいるようだった。そして、シキの世界と変わらず使えないものには存在を隠し、不可抗力で見つかってしまった場合は忘却魔法をかけることが決められている。魔法省というのが魔法使いのまとめ役、こちらで言えば魔術協会であり、様々なことを司っているらしい。ある程度調べたところでダンブルドアが持ってきた教科書の勉強にシフトチェンジしたため詳しくは知らないが。

ちなみにここに七年間通うにあたり、ダンブルドアに取引を持ちかけた。といっても、通う間に必要な費用の負担と外に拠点を一つだけ用意してもらうだけだ。費用の負担は彼の望みでここにいるのだから当たり前だし、外の拠点は卒業後に必要だから前もって欲しかった。まぁ彼もそこそこ金を持っているようだから大丈夫だろう。
そういえば、用意してもらった拠点、一軒家を工房化したはいいものの管理する人間が居ないため、いつかホムンクルスか使い魔が欲しいところである。閑話休題

部屋の隠し通路を使って学校の外に出て、こっそりと一年生達に合流する。皆目の前の女性の先生に注目しているため、シキに気がつくことは無い。そして、扉が開かれ目の前には広大な夜空が広がり、四つの長テーブルに座った人々の目がこちらを向いていた。
身長の問題で姿を見ることは出来ないが、ダンブルドアが諸注意を述べたあと帽子を使った組み分けが始まる。一人一人名前を呼ばれ、寮が決まった生徒はその寮のテーブルへと着いていく。そして、周りに誰もいなくなり最後にシキの名前が呼ばれた。きっと自分の入学が特殊だからだろう。

組み分け帽子の元へ歩きながら教師陣へと目を見遣る。
教師陣にはシキのことは伝えられていない。それはダンブルドアとも約束したことであるため、確実だろう。そしてそれは何故か。目をつけられないためである。
シキは魔術師で、魔術師とは魔術の研究をする生き物だ。もし、教師陣に目をつけられて研究の邪魔をされるなんてことがあってはならない。

古ぼけた椅子に座り、頭に帽子を被せられる。新しい寮生たちと交流していた上級生も友人を作ろうと話しかけていた新入生も最後であるためシキを見つめる。

「君は不思議な目を持っておるな」

答えない。

「それに魔法に代わる力を持っておる」

何も言わずただこの帽子が組み分け終わるのを待つ。

「君は非常に難しい。難しい、が」

一呼吸といっていいのか、おいた組み分け帽子は「スリザリン!」と叫び、スリザリンからは拍手が溢れる。案内されるままに空いている席へと座れば、ダンブルドアの一声で宴が始まった。

「やぁ初めまして、僕はマルフォイ、ドラコ・マルフォイだ」
「初めまして、私はシキ・アズマ。よろしく」

隣に座っていた男の子が話しかけてくる。マルフォイと名乗った彼は隣に座る知り合いであろう男の子二人を「こいつらはグラッブとゴイルだ」と簡潔に紹介した。尚、紹介された本人である彼らは目の前の食事に夢中になっているため、紹介されたこと自体気がついていないようだったが。
シキも目の前の食事に手をつけ始めればそれを見たマルフォイも食事を始める。

「そういえばシキはどこの国なんだ?」

「イギリスじゃないだろ?」と尋ねてくるドラコ。日本人に西洋人が見分けられないように、西洋人にとってアジア人はほとんど見分けがつかないと聞いたことがある。ドラコもそうなんだろう。目の前のローストビーフを切り分けて口に運びながら日本であると答えれば、へぇと興味深そうに言った。

「シキはもちろん純血なんだろう?」

純血。両親が共に魔法使いの場合そう呼ばれるらしい。この世界において血というのは重要なもので、今でこそハーフが多くなってはいるものの純血の、それも昔からの家系というだけで特別な地位を与えられているらしい。そういうのはどこへ行っても変わらないものだなと思う。まぁ家系の長さで人物を判断する魔術師が言えた義理ではないが、少なくとも実際に家系が長ければ強い魔術刻印をもち、実力を持っているのだからまだマシかと思う。

両親ともに魔術師である自分は純血と言っていいのだろうか。しかし、どうも純血主義者のような雰囲気のあるドラコだ。ここはことを荒立てないように純血と言っておいた方がいい。
するとドラコはやっぱりとどこか嬉しそうに笑った。

「君は品性があるからね、そうだろうと思った!」
「そうかい?ありがとう」

歓迎会も終わり、監督生の案内によって寮へと向かう。スリザリンの寮は地下にあるらしく、階段を降り、地下牢の剥き出しの壁に合言葉を唱えると開く作りになっているようだ。
地下にあるため薄暗くジメジメとしているが、剥き出しの石に彫られた彫刻にそれを照らす緑のランプが相まってとても神秘的に見える。男子寮と女子寮で別れ、部屋は誰かと相部屋となるらしい。人数の問題からか、シキは三人部屋の一人となった。同居人はダフネ・グリーングラスとミリセント・ブルストロードの二人。
よろしく、と自己紹介を終えたあと、それぞれ荷解きのために自分のベッドを決めてスーツケースを広げた。

「あら、貴方の教科書もうこんなにボロボロじゃない!!」

一足先に解き終えたらしいダフネが私の教科書を持ち上げて驚く。取られたそれは魔法薬調合法と書かれた本で古今東西の魔法薬の素材の説明と調合法が書かれたものだった。

「まぁ、難しいものでもないからね」
「難しいものでもないって...もしかしてこれ全部暗記したの!?」
「そうだけど、興味深かったから出来ただけだよ」

そう、この世界の魔法は大変興味深い。私の世界の魔法とは根本から違い、書いてある内容が全て未知の世界なのだ。だからこそ全て覚えようと思えた。

魔法史はこの世界について知るために。
魔法論は魔法の扱いや、どう認識されているのか知るために。
幻の生物とその生息地はシキの世界では幻想種とされた生物について知るために。

全てが未知で、それでも元の世界と関わりがある。だからこそ興味深い。


***


 翌日から早速授業が始まった。人数の問題から基本的に二つの寮の合同で授業がなされるが、この時間の魔法薬学はグリフィンドールと一緒らしい。寮ぐるみで仲が悪いと言われているだけあって、座る場所がきっちり別れていたのは少し面白いと思った。
わざわざグリフィンドール側に座る意味もないので大人しくスリザリンの方へ座れば、ドラコが隣へと座ってきた。
入学式以来である彼におはようと声をかければ、あぁと返事が返ってくる。そして改めて教科書を読み込んでいれば、しばらくしてスネイプが部屋へと入り、教壇へとたった。始まりの鐘がなる。

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である」

――ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが

そういって話を締めたスネイプにおや、と思う。彼、スネイプはスリザリンの寮監であり、スリザリン贔屓グリフィンドール嫌いがあることで有名だ。別にそれがなんだという訳では無いが、今の言葉には大変好感を持った。

魔術師とは魔術が使えるから魔術師なのでは無い。魔術をプロセスに根源に至ろうとするから魔術師と言われるのだ。だからこそ殆ど工房に籠り、魔術の研究をするだけの人生を送る。人によってはそんなの勿体ないと言うかもしれないが、だからなんだ。
我々はその研究を誇りに思っているし、自分がそれによって新たなステージへと登った時は純粋に嬉しく感じる。それをこの先生は知っているからこういうことを言えるのだ。

ポッター!と呼んだ彼は次々に質問を繰り出していく。その質問に答えられないハリー・ポッターは口ごもる。

ハリー・ポッター。
悪の帝王といわれ、数々の魔法使いに恐れられた闇の魔法使いヴォルデモートを返り討ちにしたという男の子である。そのお陰でこの世界では英雄と呼ばれ、ちやほやとされているらしい。確かに組み分けの際、彼がグリフィンドールに決まった途端盛り上がっていたのを覚えている。

グリフィンドール嫌いで知られる彼が目をつけるのもわかる。まぁ見たところ、それだけではなさそうだが。
「ふん、これだからマグルで育った人間は」と笑うドラコに対して嫌いなの?と聞けばあぁと肯定が返ってくる。聞けば、列車内と組み分け前に友達に誘ったらしいが断られたらしい。基本的に人を下に見る傾向のある彼にとって、自分よりウィーズリーを優先されたのが気に入らないらしかった。
なんだ嫉妬か。
男の嫉妬は女々しいよと言ったが、自覚はないようだ。「教えてやろう」というスネイプの声が聞こえ、小声で喋るのは辞めて前を向く。

「アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、『生ける屍の水薬』と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、とりかぶとのことだ。どうだ?」

諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?

スネイプがそう睨みを効かせれば殆どの生徒が自身の羊皮紙に書き取り始める。それが終わるのを教科書を読みながら待っていれば、ふと顔を上げた時スネイプと目が合った。
自分としてはほとんどが既に知っている内容であったし、知らなかったことも既にメモに取ったから見つめてくるぐらい暇ならば早く授業を進めて欲しいところだがそうもいかないのだろう。今のは彼なりに授業の聞き方を教えたのだ。実年齢24歳のシキにとっては当たり前のことでも、周りは11歳のまだまだ未熟な子供で教えなければ分からないこともある。

さて、授業は実践へと移る。
今回調合するのはおできを治す薬というものだそうだ。ペアは隣に座っていたドラコとなった。

「ドラコは材料取ってきてくれるかい?その間に下処理終わらせるから」
「分かった」

蛇の牙は硬い。ある程度の時間と労力をかけなければ粉にならないのだ。だからドラコにはその間に材料を取りに行ってもらうことにすれば、彼もその方が効率がいいと思ったのか素直に棚へと向かった。
ちらりと周りを見て誰もこちらを見ていないのを確認して、腕に強化の魔術をかけてさっさと砕く。そしてようやく粉になってきたところでドラコが戻ってきた。
大鍋に材料を入れ、熱したあとにドラコが杖を振れば魔力が加えられる。教科書を読みながら33分待って角ナメクジを四本、そして鍋を火から下ろしてから山嵐の針。時計回りに五回かき混ぜて再びドラコが杖を振ればピンクの煙が鍋から溢れた。

「出来た」
「あぁ、しかも僕たちが1番だ!」

確かに周りを見れば、他のチームはやっと醸造が終わった所でこれから角ナメクジを入れるというところだった。騒ぎを聞いたスネイプも鍋を覗き込むと満足気に笑う。

「それにしてもシキ、手際良かったな」
「まぁこういうのは慣れたものだからね」

昔、錬金術を学んだ際にこういう作業はよくやっていたから慣れたものである。今は他の魔術に力を入れているからあまりやっていないが、体が覚えているらしい。

うわぁぁぁぁぁ!!!!

お出来を治す薬を瓶に詰めていれば、自分の後ろからいきなり叫び声が上がった。反射的に足を強化し、ドラコを引っ張って距離をとる。そして改めてそちらの方を見れば、男の子の前にある鍋が吹き出して、中身が飛び散っていた。男の子は液体を全身に浴び、可哀想なほどおできが出来上がっている。咄嗟によけなければ私もドラコも同じ末路を辿っていただろう。それに気がついたスネイプも急いで駆け寄って「バカもの!」と怒鳴りつける。

「おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」

そして男の子医務室へ運ぶようペアへ指示したあと、ハリーへと怒りの矛先が向く。正直ハリーは全く悪く無いが、そうでもしないと彼の怒りは収まらなかったのだ。大人気ないとは思うが、もしこれがおできを治す薬でなくてもっと危険なものであれば死人が出ていたところだったのだ。神経質にもなろう。

隣を見れば、グリフィンドールが一点減点されたことに対してマルフォイが楽しそうに笑っているが、まだまだ子供だなと思った。