飛行術。それはシキを1番悩ませる授業だ。
シキは魔女ではない。だからこそ浮遊魔術で箒を手に呼ぶことは出来ても、それにまたがって空を飛ぶ事など出来はしない。いや、正確に言えば少し浮くことぐらいは出来るが、それだけである。
フーチの授業で箒に跨りながらどうしようか考える。カウントが0になった瞬間飛べと言われてはいるが、とりあえず浮くしかない。そこそこの魔力の消費はするだろうが、一応地上から追放される魔女の概念が追加されているため重力自体は弱くなっているはず。
そんなことを考えている間に一秒前で男の子が飛び出していった。あの子、魔法薬学の時に失敗した男の子じゃないだろうか。
どうやら緊張しいの彼はカウントが0になる前に思わず飛び出してしまったらしい。フーチが降りてきなさいと怒っているが、混乱から制御を失っていた。しかし誰も止めることは出来ない。暫くすればある程度の高さで暴れていた箒はピタリとその動きを止めて、男の子は真っ逆さまに落ちてゆく。
「あの高さから落ちたら一溜りもない」
人助けは趣味じゃないが、騒ぎを起こされると困る。足に強化を加え、彼の落下地点を計算しながら飛び出した。
「軽量、重圧。戒律引用、重葬は地に還る」
なるべく自身の負担を減らすために男の子を軽量化させる。そして、腕に強化を加えキャッチをし、木の枝を一旦踏み台にして地面へと降りた。男の子を見れば、落ちたショックで気絶してしまったらしい。先生の元へと戻れば、素晴らしいと褒められてスリザリンに10点の加点が入った。
「気絶しているようなので医務室へ運びますね」
「えぇ、そうですね。私も一緒にいきます」
教師だからか、フーチも共に来るらしい。
勝手なことはしないようにと言いつけたあと、一緒に医務室への道を歩く。
特に会話もなく医務室へとついてベットへと彼を寝かせた。
「先生、彼が起きるまで私が見ておきますよ、だから授業にお戻りください」
そういえば、ありがとうと礼を言って医務室を出る。それから少し待っていれば、男の子が目を覚ました。隣でスリザリンである私が見守っていたことに驚いたようで声を上げる。
「ん?起きたか」
「な、なんでスリザリンが...」
自体を理解出来ないようで、混乱しているらしい。無理もないだろう。スリザリンとグリフィンドールの仲の悪さは魔法薬学の授業でもう既に目の当たりにした。
あの態度を見ればこの反応も当たり前だろう。
「あなたを助けたの私だからね」
「あ、そ、そうなの...?あ、ありがとう」
どういたしまして、と言って医務室の椅子を立つ。もうここに用はない、フーチの元へ戻ろう。
すると彼から呼び止められた。
「な、なんで助けたの...?」
ねぇと不安そうに男の子は私を見つめる。別に取って食いやしないのに何を怖がることがあるのか。まぁ、これが彼の性分なのだろう。
「別にあなたの為じゃない。私が迷惑だからやっただけ」
シキはただ平穏に過ごしたいのだ。それなのに目の前で死なれたりなんかして、学校が何らかのゴタゴタに巻き込まれてしまえばそれはどう考えても遠のく。
人が死ぬのはどうでもいいのだ。なんなら元の世界で殺しをしたこともあるし、抵抗はない。だから、これは自分の為にやったことで彼が気にする必要など何も無いのだ。
そう言うと彼はそっかといい、静かに笑った。
「君名前なんて言うの?」
「シキ・アズマ」
「僕はネビル・ロングボトム」
よろしくねと差し出された手を握り返す。その顔には既に怯えはなくなっていた。
彼の心境に何があったのか医務室の一件以来、ネビルとは会えば話す程度の間柄になっていた。当然、ドラコはいい反応を示さなかったし、ネビルはネビルでグリフィンドールの面々に色々と言われているらしい。図書室で借りた本を読んでいれば、隣に座った本人からそう聞かされた。そんなことになっているのだったら辞めればいいのに、それをしないのはグリフィンドール生の表れだろうか。まぁどうでもいいが。
「それにしても今日は甘い匂いが学校中にするね」
「忘れたの?今日はハロウィンじゃないか!みんなもう行ってるよ」
あぁそういうこともあったなと思い出す。この学校は校長が校長だからかイベントごとには随分と力を入れている。今日もハロウィンだからといってかぼちゃまみれのご馳走が食卓に並ぶらしい。特に興味もないので、話半ばで席を立てばどうしたのとネビルが聞いてくる。
「御手洗」
「あ、ご、ごめん。じゃあね」
女子トイレに向かって歩を進めれば、ネビルも後ろで食堂へと向かっていくのが見えた。
トイレに着くと、誰かの啜り泣く声が聞こえる。先に誰かいたらしい。わざと足音を出して自分の存在と知らせれば、声を抑えたのか静かになった。用を足し、蛇口で手を洗う。すると遠くから地響きが聞こえてきた。泣いていたらしい女の子が驚いてトイレの個室から飛び出してくる。たまたま目が合って気まずそうにトイレの入口へと目を逸らしたが、そこへ巨体が現れた。女の子が大きな声で叫ぶ中、まじまじとそれを見る。
「トロール......」
「何やってるのあなた!!逃げないと!!」
女の子は私を必死に隠そうと手を引っ張るが、シキはトロールを見るのに必死だった。
本で読んだことがあるが、想像よりも大きい図体に主な攻撃手段として用いている棍棒。この世界ではまだ魔法生物は見たことがなく、半信半疑だった。でも目の前にはトロールがいる。シキの世界にはいない魔法生物が存在しているのだ。思わず口がニヤける。それを見て呆気にくれる女の子だったが、トロールが棍棒を私に向かって振り下ろすのを見て「あぶない!」と叫んだ。
体に強化を付与し、女の子を腕に抱いて後ろへと下がる。そして、振り下ろされた棍棒、腕、頭を駆け抜けて入口の方へと着地した。
「大丈夫?」
「え、えぇありがとう」
ゆっくりと女の子を床へと降ろせば、困惑しながらも礼をされる。
さて、このままでも逃げられるがそれでは面白みにかける。せっかく目の前に魔法生物がいるのだから強度を見てみたい。しかし...。
ちらりと女の子を見た。
彼女の目の前で本格的な魔術を使ってしまうのは少しはばかられる。魔法以外の力のことを色々な人間に話し、それが学校外にまで伝わってしまったら元も子もない。今まで杖で魔法と似たような魔術や自分の身体能力と言い張ることが出来る強化ぐらいしか使わずに隠してきたのだ。それが全て水の泡になってしまうのは避けたかった。
「少し眠ってくれ」
「え」
指を拳銃のように突き出し、魔力を集める。そして銃を撃つかのように魔力を出せば、それは黒い玉となって放たれる。ある程度威力を抑えたそれが当たった彼女はすぐさま倒れ込み気絶をしてしまった。
これなら誰かが来るまでは自由に魔術を使うことが出来る。
まず最初に彼女と同じくガンドを打つ。図体の大きいトロールに外すことなく当たったが、少し動きを止めた程度でまた動き出してしまった。
「普通の人間だったら気絶するんだけどやっぱりダメか」
次にルーンをトロールへと刻めば、途端に燃えだす。これはアンザスのルーンだ。
しかし、ある程度の知能はあるのか、トイレから盛れだした水で炎を消す。そうしてトロールが体の火を消し終わったところでパタパタと走る音がこちらへ寄ってくるのが分かった。
「……時間切れか」
彼女の気絶を治してから姿を隠す。すると直ぐにハーマイオニー!!と二人の男の子がトイレへと駆け込んで来た。一人はよく話題になるハリー・ポッター、もう一人は特徴的な赤毛、ウィーなんちゃらとかいうのだったか。二人は何とか力を合わせてトロールに立ち向かっている。起きたらしいハーマイオニーと言うらしい彼女も心配そうにそれを見つめていた。それに乗じてシキは女子トイレをこっそりと抜け出す。先生たちに見つかる前にここを離れなくては、何をしていたのか聞かれては困る。
人が大勢いるであろう食堂とは逆の方向からスリザリンの寮へともどった。
***
「ねぇ、貴方!話があるの!」
翌日、朝食が始まる前、時間つぶしに中庭で本を読んでいれば隣にどんっと女の子が座ってくる。それを横目に見て、また本へ視線を戻した。
たしか、昨日女子トイレにいた子だ。名前は...そうハーマイオニーとハリーは呼んでいた気がする。
キリのいいところまで読んで本を閉じる。
「私になんの用?」
少し威圧を含めて言えば少しビクついた彼女だったが、直ぐに持ち直して「昨日、女子トイレに居たわよね」と質問にもなっていない確認をしてきた。誤魔化しようもないのでこれに是と答えればやっぱり!と声をはりあげる。
「私、貴方にお礼を言いたかったの」
けれど、気がついたら貴方は何処にもいないし、あの二人は見てないって言うし...。
そう呟いた後に彼女は面と向かってこちらを見た。
「あの時、トロールから助けてくれてありがとう」
そう頭を下げる彼女に迷惑だからやっただけだと言えば、「君、皆にそういうつもりなの?」と後ろから誰かの声が聞こえてくる。彼女と二人でそちらを見ればそれはネビルだった。その言葉に引っかかったらしいハーマイオニーがどういうこと?と尋ねる。
「飛行術で僕を助けてくれた時もそう言ったんだ」
そもそもスリザリン生がグリフィンドール生を救うこと自体おかしくて、何か裏でもあるんじゃないかと思うのが普通だ。けれど、シキはただ真っ直ぐに自分のためだと言った。そこが他とは違って、それだけで信頼できたと。そう照れたように笑うネビルを見て、ハーマイオニーはそうなの?と私に聞いてきた。
「私はそんな、大層な人間じゃない」
「うん、それでも僕にとっては信頼にあたる人だったんだ」
そうこちらを見つめる彼に救いようがないな、と一つ溜息を吐いて眼鏡を外して天を仰ぐ。その様子を見ながらハーマイオニーは「私、貴方と友達になりたいわ」と呟く。
「友人はいらない」
友人なんて私には必要が無い。特別な存在は判断を鈍らせる。だけど、悲しそうな顔をするハーマイオニーにそれも少々酷かと思った。
「まぁ知人ぐらいなら」
すると二人は嬉しそうに笑う。知人でいいのかといえば他人よりはマシでしょ、なんていう大変前向きな言葉を頂いた。いつか友人にもなれるかもしれないと。そんな日が来るかは分からないが。
さて、そんなことをしていれば、ザワザワと生徒たちが広間へ入っていくのが見えた。そろそろ朝食の時間らしい。
そういえば、今日は何処か学校全体が浮かれてるような気がする。そんなことをボヤけば、ハーマイオニーが「クィディッチよ!」と教えてくれた。
「クィディッチ?」
「あら、あなた知らないの?」
これだけ話題になっているのにと言っているが、興味が無いことは一切耳に入らないのだ。
クィディッチは箒に乗って行われる魔法界のスポーツで、わかりやすく例えれば魔法を使ったフットボールらしい。ゴール一回で10点、スニッチという空飛ぶボールを捕まえれば150点。基本的にスニッチを捕まえないと試合は終わらないので、過去には半年間続いたこともあったとか。
その寮別大会が今日行われるということでここまで学校中が浮かれているようだ。だから、今日は授業がなかったのか。
「ハリーなんて緊張でどんどんご飯を食べれなくなっちゃって」
今日こそは食べさせないとと心配そうにいうハーマイオニーに首を傾げる。
「彼が?」
「えぇ、あぁ貴方は知らないかしら。ハリーはシーカーに選ばれたのよ!」
一年生が選ばれるのは100年振りなの!とテンション高めでいうハーマイオニー。どうやらハリーはそのくらい箒の操作技術が高いようだ。
「優勝できるといいね」
「あら、貴方スリザリンなのにそんなこと言ってもいいの?」
「別に?興味無いからね」
そう言えばハーマイオニーは苦笑いをした。
そうこうしているうちに向こうでハーマイオニーを呼ぶ声が聞こえてくる。すぐ近くには見慣れた金髪も見えた。
「そろそろ朝食ね、じゃあ私行くわ」
「私も。じゃあ」
行く場所は同じだが、一緒に歩くことは無い。これが現実であり、寮の壁なのだろう。朝食を食べるために席に着けば隣にドラコが座ってくる。その顔は「またグリフィンドールの奴と話してたのか」とでも言いたげなだった。実際に何も言わないのはネビルという件で言っても意味が無いというのが分かっているからだろう。今日のクィディッチの試合の話をすれば、これまた知らなかったのかとでも言いたげな顔をされる。
「ハロウィンといい、君はイベントごとにとことん興味無いな」
そういえばあの後戻った時、ハロウィン自体を知らなくて本を読んでたと言い訳したような気がする。いや、実際にネビルが言うまで知らなかったのだが。そんなことが原因でイベントに興味が無い人間と思われたらしい。あながち間違えでは無いが。
「どことどこが試合を?」
「グリフィンドールと我らがスリザリンだよ」
あぁだからかと思った。先程ハーマイオニーがスリザリンなのにいいのかと言ったのは対戦相手が自分達の寮だったからだ。確かに対戦相手を応援するのはおかしかったかもしれない。
さて、場所は変わってクィディッチ競技場である。見る気は無かったのだがドラコに無理やり連れてこられてしまった。見ても簡単なルールしか知らないからなんとなく凄いなとしか思えないから本を読んでいたかったのだが、それも没収された。
なんとなく名前は知っているハリーを目で追いかけていく。シーカーであるためスニッチを一目散に追いかけているハリー。その間にも試合は進み、ゴールにも多くのシュートが入っていく。すると、突然ハリーの箒が制御を失ったように暴れ始めた。ハリーを振り落とすように箒が動くが、多くの人間は試合を見ているためその変化には気がついていない。
ハリーが操作を間違えた?いや、それにしては突然すぎる。
メガネを外してピントを合わせれば、二本の赤がハリーへと繋がっていた。一つはクィレル、そしてもう一つはスリザリンの寮監であるスネイプから出ていた。
きっとどちらかが元凶、どちらかが妨害だろう。個人的に怪しいのはクィレルである。スネイプがそんなことをするとは思えないというのもあるが、クィレルのあの頭。何かがいる。今までおどおどしてニンニク臭い先生と思っていたが、それだけでは無いらしい。
そのまま彼らを見ていれば、足元にハーマイオニーが現れスネイプのローブへと火がつけられる。それによってクィレルも目を逸らしてしまったようだ。
結果、ハリーがスニッチを取ってグリフィンドールが勝った。スリザリンの生徒たちはみな残念そうにしているが、シキにはそんなことどうでもよかった。
クィリナス・クィレル。彼には注目しておいた方が良さそうだ。