3話

 冬休みの1週間前。シキはスネイプの部屋を訪れていた。理由は呼び出しとかそんなものではなく、単に先程の授業が魔法薬学で、シキが道具を戻す番だっただけである。スネイプの指示に従いながら丁寧に棚へと材料を戻してゆく。

「そういえばグリフィンドールと仲良くしているそうだな」
「別に仲良くは無いですよ。ただの知り合いです」

きっとそれが仲がいいと言っているのだろう。そもそもスリザリン生ならグリフィンドールと話すことさえしないはずだ。
スネイプはいつもシワが寄っている眉間に更にシワを寄らせてため息を吐く。

「誰と誰が仲がいいとか、悪いとか私にとってどうでもいいんですよ」

興味が無いものをわざわざ気にする必要あります?

そう言って彼を見ればフンと鼻を鳴らした。子供らしくないことは分かってる。そもそも子供じゃないが、この考え方は普通の人間では無いのだろう。
そういえば、と思い出して口を開く。

「冬休み、先生の助手をさせて頂きたいんです」
「助手?吾輩はそのようなもの募集してはおらんが」

断られることは分かってた。そもそもこんな入学したての子供を進んで助手にするような人間ではないだろう。自分でも断る。
そもそも、とスネイプは口を開いた。

「君はまだ授業で習うべきことがあるはずだが?」
「確かにそうですね。けど、生徒の自主学習は褒められるべきものだと思うんですが」

助手じゃなくてもいい、ただ先生の実験を見せてくれるだけでいいのだ。そう言えば諦めたように彼はため息を吐いた。

「吾輩の助手になるというのなら例えスリザリンだとしても容赦はしないぞ」
「ありがとうございます」

良かった。もしこれでダメだったら暗示を使わざるを得なかったから。
棚に材料を戻し終え、少し浮かれた気分でスネイプの部屋を出る。図書室の本をこの間読み終えてしまったからどうしようか考えあぐねていたのだが、これで実践も兼ねて多くを学ぶことが出来そうだ。

「シキはクリスマスは帰るのか?」

スネイプの元から去り、夕食を食べ終え寮へと戻る道でドラコはそんなことを聞いてきた。シキはここでやりたい研究もあるし、帰らないという趣旨の話をする。ドラコはと言うとクリスマスは家でパーティが開かれるため必ず帰らなければならないらしい。

「じゃあクリスマスに残るのは君だけか」
「え」

何故ドラコがそんなことを知っているのかとか思わないこともないが、まさか自分一人しか残らないとは。もう少しぐらいいるかと思ったと言えば、「みんなそこそこの家柄だからな」と返ってくる。なるほどパーティ。
魔術師の界隈ではパーティなんかそう開かれないし、開いたところでみな研究でパーティになんぞ参加しない。一応、ごく稀にあるので礼儀作法は身に付けてはいるが、それが役立った記憶は無い。

途中でドラコと別れ部屋に戻り、同室の二人に確認を取ればクリスマスは彼の言った通り帰ることになるらしい。これはほんとに自分一人しか残らないんだなと目の当たりにしたように感じる。

「クリスマスプレゼント送るわね!」

クリスマスの話で思い出したらしいミリセントが楽しそうに笑う。沈黙。

「……そういえば、クリスマスプレゼントなんて文化あったね」
「あなたほんとにイベントに弱いわね」

ハロウィンといい...、とシキの発言を聞いたダフネが会話に入り込んでくる。そんなことを言ったって誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも貰ったことがないのだからしょうがないだろうと思う。そもそもイベントという感覚すらないのだ。

「まぁ期待しないで待ってるわ」

そう言うとダフネは部屋を出ていった。面倒だと思うが、人間関係に亀裂を入れる方が後々面倒になってくる。
はぁ、と大きなため息を吐いた。これは、またダンブルドアに工面してもらう他なさそうである。


***


 クリスマスイブ。クリスマスに帰る生徒たちを見送ったシキはダンブルドアから受け取った材料を受け取り、その足で魔法薬学の実験室まで来ていた。

何故ここに来たのか。それはクリスマスプレゼントを錬金術で作り上げるためである。プレゼントのためにわざわざ錬金術を使うのもおかしな話だが、スリザリンは殆どが貴族なのでそこそこのものでは満足しないだろうという考えの元でだ。高いものを買うより自ら作りだしてしまった方が安上がりである。本当ならクリスマスプレゼントなんてどうでもいいのだが、今後を考えればしょうがない。

誰か人がいないか部屋を一通り確認してから机へと材料を置く。スネイプがダンブルドアに呼び出されてこの時間ここにいないのは確認済みだが、念の為。
授業では堂々と魔術を使っているし、別に錬金術を見られてもいいのだが、余計な芽は生やさないに限る。

今回作るのは宝石である。といっても魔力を持った宝石なんてのはそれこそ腕のいい錬金術師でないとすぐには作れない。だからまぁ、魔力の通しやすいだけの石となるだろうが、それでも見た目だけは十分だろう。
色はそれぞれの寮のカラー、形は後で変えるとして...と六つの宝石を作り出した。一応ドラコ、ダフネ、ミリセント、ハーマイオニー、ネビルの五人に上げる予定であるが一つは術式が上手くいっているかの実験用である。
石に魔力通し、宝石魔術で形を変えてゆく。ドラコはヘビ、ダフネは犬、ミリセントは猫、ハーマイオニーも猫、ネビルは...グリフィンドールの獅子でいいか、実験用は烏で。

まずは烏に魔術回路を繋げてメッセンジャーの使い魔としての機能を持たせ、魔力を通す。するとそれは生き物のように宙を舞い、繋げてといえば確かに魔術回路が繋がる感覚を感じた。成功はしているようだ。しかし、問題はそこではなくこの世界の魔力でも反応するかどうかと言うところである。誰か人にやってもらわなきゃなというところでスネイプが戻ってきたようだった。ちょうどいい。

「先生、これに少し魔力を込めて貰えます?」

何かを言われる前にぐいと目の前に差し出せば、スネイプは諦めたように杖を出して烏へと魔力を込め始める。すると烏は生き物のように飛び立ち、彼の肩へと止まった。

「繋げろと声に出してこの子に言ってください」

そう言うとスネイプはその通りに言って、烏は私の魔術回路と繋がった。試しに回路を通して言葉を出してみれば、烏から声が聞こえる。どうやら成功のようだった。
きっと魔力の使い方が異なるだけで質は魔術師と彼らでは変わらないのだ。それがわかっただけでも新たな進歩である。

他の宝石も使い魔としてから箱へと詰めていく。メッセージカードを入れることも忘れない。恐らく今日中にフクロウ便で出してもらえば明日には着いていることだろう。フクロウに運んでもらうために袋に入れていれば、後ろからスネイプが近付いてくる。

「なんだねそれは」
「クリスマスプレゼントですよ」
「違う、そっちだ」

そう言って指を指した方向を見れば、錬金術に余った材料たちだった。素直にプレゼントを作るために使ったことをいえば訝しげに皺を刻んだ。

「錬金術ですよ」
「錬金術?」

この世界にも錬金術はあるのだ。つまり彼が言いたいのはシキがそんなもの出来たのかと言うところだろう。普通ならば錬金術というのは六、七年で習う教科なのだから一年ができるわけが無い。ふむ、どうすれば彼に怪しまれずに言うか。

「昔、家同士での交流で習ったんですよ。他言厳禁なので詳しくは言えませんが」

家の交流で習ったのはほんとだ。錬金術の専門であるアインツベルン家が日本へと来た時に技術交換として習ったことがある。しかし、他言厳禁とは言われてはいない。
この世界はシキの世界と同じく、狭いコミュニティならではの横の繋がりが強いと判断した結果である。実際はどうかは知らないが、スネイプがそれ以上言及してこないところを見るとそういうこともあるのだろう。

地上に出てフクロウ便にプレゼントを渡してから地下の実験室へと戻る。彼は既に自室へと戻ったようで既に居ない。余った材料を纏めて、部屋へと戻ろうとしたところで烏はどうしようかと思い至った。メッセンジャーとしての役割しか与えていないため、自分が持っていても意味が無いのだ。スネイプの部屋へと目をやって...彼の部屋へとノックをした。

「スネイプ先生、アズマです」

またかと言ったような顔をしながらのそりと出てきたスネイプに烏を渡す。クリスマスプレゼントだと言えば、自分が必要ないからと押し付けるなとねっとり怒られた。

「おや、バレました?」
「当たり前だ。そもそも吾輩に渡すものであれば、先程試しに魔力を込めろとは言わないであろう」

それはそうである。プレゼントする人間に事前に見せてしまえばそれはプレゼントではなくなる。しかも今日はクリスマスイブ。クリスマスプレゼントには一日早いのだ。

「まぁ貰って困るものでもないじゃないですか」
「ではもらって何の得があるのかね?」
「私といつでも話しができます」

繋げろというと通話のような形で会話することが出来る趣旨を話せば、それを試すスネイプ。魔力回路が繋がる気配を感じながら、回路を通して言葉を投げかければ、その通りに烏が喋った。烏を通して『どうでしょうか?』とにっこりと笑えば、本当に喋っていないのかシキと烏を見比べた後に彼は烏を自身の指へと止まらせた。それを見届け私も接続を遮断する。

「これは、錬金術ではないだろう?」

そう確認したあと、シキを睨みつけるようにスネイプは見る。まぁたしかにこの世界では錬金術とは言い難いとは思う。自分からすれば金を作るだけだなんて材料の無駄だとは思うが、この世界ではそれが当然なのだろう。

「そこまで怪しまずとも。日本には日本独自の技術があるというだけですよ」

「これは陰陽道と呼ばれるものを取り入れたんです。まぁこれ以上は家の秘密なので言えませんが」。ここまで言えば彼もそこまで口を出してこないだろう。全てが嘘ではあるが。
その予想の通り、彼は片眉を上げてふんと鼻を鳴らすと私に対しての怪しみを消し去る。他国とは大きく変わる文化圏に生まれてよかったと初めて思った。
目をつけられる訳には行かない。そのためにもダンブルドアにも口を封じて貰っているのだ。

シキが欲しいのは研究の成果だ。そのためならば何でもしよう。

部屋を出るが、今度は止める声はなかった。