■ ■ ■

バッ!!

「ん?」

大きな音を立てて勢いよく襖が開いた。と同時に目に入ったものに首を傾げる。視界には何やらヒラヒラと少しだけ汚れた白い布が揺れていた。その向こうで何やらギャーギャーと言い合っている様子だが、唖然としてしまっていて話が頭に入ってこなかった。

「……えっと、どういう状況」

今剣くんの声もするしきっとこの本丸の刀達がそこに居るのだろう。それに良かったと安堵のため息をつく。さっきの"おっかないやつ"がまた来襲してきたのかと思っていたのだ。安心しながら前方を見守る。何時まで経っても入ってこない彼らは目の前でずっと何やら攻防をしている。
声をかけようにも話に入る隙はないしなあ。取り敢えず入ってくるのを待つか。ぼんやりと揺れる白い布を目で追う。

ゆらゆら、ゆらゆらゆら。

これは一体何だろう…。よくよーく見ればそれは誰かが纏っているものだと分かった。どうやらこちらに背を向けているらしい。そんなことにさえ気づかない私って一体何なんだろう。なんて苦笑した。


「つれてきましたよー」

しばらくすると話が済んだらしい。ニコニコと笑顔の今剣くんが入ってくる。その小さな体で今まで攻防していた2人の大きな刀剣の袖を引っ張ってやって来た。片方は先程の白い布を被っている人。正面から見れば金髪のイケメンだった。少々怪我をしているようだ。確かに手入れをした覚えはない。もう片方は眼帯を付けたこっちもイケメン。彼は手入れしたよね。確か燭台切光忠さんだ。
てか本当にイケメンしかおらんやん、と白目になりながら心の中でそんなことを思う。二人とも不機嫌、というか此方を物凄く警戒した面持ちで眺めている。そんな2人を引っ張りながら無邪気に笑う今剣くんとの雰囲気やら身長やらのギャップに私はあんぐりと口を開ける。なんて声をかけて良いのかさっぱりだった。


「え、あの…えっと」
「こっちは山姥切でこっちは燭台切です!」
「え、あっはい」


この空気が分かっているのか、分かっていないのかは分からないが、あっけらかんとしている今剣くんはそう紹介してくれた。その後ろで私と同じような困惑顔がこちらを見やった。彼らの気持ちは何となく察する。


「りょうりについては燭台切にきいてください!山姥切はそこでひまそうにしていたのでひっぱってきました」
「は、はあ」
「…一体俺が何をしたって言うんだ」
「……」

いや、カオスやな。ほんとうに。
ニコニコ笑顔の今剣くんは相変わらず可愛いよ。その横で負のオーラ全開の山姥切さんに、何やらじーっと此方を見つめてくる燭台切さん。なんだ、なにか私の顔に付いているのだろうか。あ、視線外れた。ひえー、イケメン怖い。


「えっとですね。要件なんですけど、このタブレット使えば食材と調理器具が管理できるんです。それで色々と頼もうと思ったんですけど、ここにいる刀剣の数とか食べる量とか把握できないのでそちらで入力していただけると…」
「……食材って、僕達の分があるのかい?」
「え、もちろんです。……だってお腹空きません?」
「……変なやつだな」
「こら、たしかにへんなあるじですけど、いっちゃだめですよ」


………ん?

燭台切さんは良い。でも今剣くんと山姥切さん、変って何!?がっつり聞こえてますが!?…変って、変って。

…まあ、いい。この際私が変だどうこうは置いとこう。この機会を逃すとまた色々な相談事が面倒なことになりそうだ。


「あ、あとは何か必要なものとかありましたら言ってくださると嬉しいです」
「必要、か。……例えば?」

例えば、か。燭台切さんの問いに少し考える。使えるお金はこの本丸が改めて機能し始めようとしている準備費と、基本的な本丸の資金、そしてほとんど使わないであろう私の給料で割と有り余っている。割とっていうか物凄く有り余っている。私の金銭感覚からすると、この額はちょっと怖い。
この際少し贅沢しておいた方がこの本丸的には良いのだろうか。諸々の修繕費と念のために貯めておく分のお金を引いても余りは多いし。
外から来た時の荒れようだと実態は全くもって分からない。あまり出歩けそうにないし。


「例えばですね。……うーん、……ボールとか?」
「は、ボール?」
「えっと、小さい子とか沢山いるみたいですし、それなら遊び道具があった方がいいですよね?他にも本とか、家電とか…何かありましたら教えて下さい。出来る限り準備します……ってあの、聞いてます?」

私が一生懸命指を折りながら頭に思い浮かぶ例を挙げていると彼らはポカンとしてそれを聞いていた。

「本当にいいのか、そんな自由で」
「え、むしろこんな広い本丸ですよ?色々あった方が楽しいですよ」
「家電とかもいいのかい?」
「ま、まあ。あまり訳の分からないものじゃなければ全然いいですよ。」
「さすがあるじさまですね!」
「いや、これくらいは普通にしますよね??」

何やら生き生きしだした彼らに苦笑しながら言えば、急に真顔に戻った。え、変な事言ったか。何、その顔。怖いよ、怖いです。

「普通、ね。」
「普通か……」
「…うーん」

顔を見合わせて微妙な顔をしている。そんな風に3人の世界に入られてしまってはこちらは最早どうしようもない。あの、と声をかけても聞こえていないのだろう。此方を向かない。
それならば、とその間に立ち上がって私物の中から紙とペンを取り出した。それをしている間に彼らの世界も閉幕したのかこちらに注意が向く。


「えっと、できればこの紙に皆さんが欲しいものを書いてくれると有難いです」
「おー!わかりました、みんなにいろいろときいてみますね」
「はい、お願いします。…えっとあとはご飯なんですけど、どうします?即日発送も出来るそうなので晩ご飯は作れますよ?」
「……そうだね、今から作ろうと思えば十分に間に合うし、久しぶりにみんな何か食べたいだろうね」
「ああ、そうだな」

この話し合いをしていくうちに警戒心も薄れたのか、真面目に話を聞いてくれる彼らは今日のご飯について考えている。その姿に色んな意味でほっとしつつ、観察していると今剣くんが燭台切さんの袖をちょいちょいと引っ張った。…かわいい。

「燭台切!かれー、かれーがたべたいです」
「ああ、カレーか。ふふ。久しぶりに聞いたよ。いいね、今晩はカレーにしようか」
「……ああ、いいな。カレー」

話し合いの結果、今晩のメニューはカレーらしい。それを聞きながらタブレットをポチポチと操作して食材の画面を開く。そして、その画面のまま彼らにタブレットを渡すと意外に慣れたようにポチポチと操作している。ああ、そうか。もしかしたらまだ普通の本丸だった昔もこんな風にしていたのかもしれない、そんなことを思った。

「その、おさけとかもいいですか?」
「お酒?全然どうぞ!神様ならきっとお酒大好きな人も多いだろうし」
「わーい、ありがとうございます」
「いえいえ」

…まさか、今剣くんも飲酒するのだろうか。いや、でも神様だし、しようと思えばするか。そうだね。うん。
なんてことを考えながら、その他野菜やら調理器具やら明日の分の食材やらを検討してこの話し合いはお開きになった。


「…割と打ち解けられたかな」

ぼんやりと彼らが出ていった方の襖を見つめながら呟く。でも、やはり少し警戒されているようで深いところまでは入らせてもらえない。それは仕方ないだろう。でもゆっくりでいいから打ち解けて、そしてみんなで楽しく過ごせたら良いのに。そんなことを考える。

楽しく、か。


「………お母さん、どうしてるかな」

ふと、いつかの日を思い出してそんなことを呟いた。母はいつだってあの白い世界で、ほんの僅かな花と消毒液の香りの中で眠っている。そのことが分かっているはずなのにその言葉が出て行った。出て行ったものは取り返しがつかない。自分の声に、言葉に悲しみが増えていく。

いつもの癖で目が乾いているわけでもないのに、パチパチパチと数回続けて瞬きを繰り返す。真っ黒な液晶に一瞬黄金が映ったが、直ぐにそれは跡形もなく消えていった。


◇◆◇



「ね、だからやさしいひとだっていったでしょう」
「…うん。まあ、そうだけど」
「………」

長い長い本丸の廊下を3人で歩いていれば、そんな会話が生まれる。その最中にちょうど良い風がそっと彼らを追い越してさらに向こうへと吹いていく。

「……」

そんなこと分かっている。

彼女は普通に優しい人だと分かっているのだ。ここの本丸の刀達は。だってそうでなければ、あの禍々しい世界が一変して美しいものに変わることはないだろう。花が咲くことも、池が透き通ることも、モヤモヤと渦巻く空気が晴れることも、ぼんやりと青空を仰ぐことさえもないだろう。

「でもね……」

そこから先の言葉は出なかった。誰だってここの刀は信じる。審神者のことを信じようとしているのだ。だってここに来る審神者達は、本当は"優しい"のだと知っているから。…最初だけは。それがいつの間にやら、いや、瞬く間に変わっていく。変えられていく。


「燭台切、あのひとはだいじょうぶですよ」
「………」
「どうして今剣はそう信じきれるんだ?」


燭台切ではなく、今まで無言だった山姥切が口を開いた。つい先程まであった痛々しい怪我はもう何処にもない。あの審神者が一瞬のうちに治してしまった。「だって、痛いのはいやでしょう?」そんなふうに優しく笑いながら、あの誰もが驚くような方法で傷を癒してしまったのだ。

「……かのじょは、やさしいひとだからです」
「……」
「……」

今剣が繰り返すその言葉にはどうしても返答することが出来なかった。


だってほら、また闇の足音がゆっくりと、でも確かに近づいてきているのだから。


(きょうはかれーですよ!)
(は、今剣何言って…)
(まさか、ひ、ひ、久しぶりのご飯!?)
優しいだけの世界は要らない
backLISTnext
ALICE+