星を齧った夜に消える

双子が必ずしもお互いの考えていることを認識できるとは限らない。必ずしも仲が良いとは限らない。必ずしも顔や背格好が似てるとは限らない。

「ナマエ」

名を呼ばれた。だから振り返る。

「何?セベク」
「若様を見なかったか?先程からお姿が見えないのだ!」
「うーん、見てない」
「そうか」

双子の兄であるセベクはいつものように若様を探して回る。綺麗にセットされた髪に、シワひとつない制服。若様の前に出ても恥ずかしくないように、失礼がないように。彼はよくそう言っていた。そんな彼とは反対に、僕といえば髪の毛は寝癖を少し直すくらいだ。セベクよりも短めに切ってるお陰で前髪は眉より上だ。セットをわざわざする必要も無い。制服も目立つようなシワや汚れはない。少し怠るとセベクが不機嫌になるので、気を付けている。

セベクは「どこに行かれたんだ…」と途方に暮れたような声を出して、そのまま談話室を出ていってしまった。その後ろ姿を見送ってからいつもの定位置を目指す。


「……」
「……」

定位置である談話室のソファに座っていれば、シルバーが隣にやってきた。相変わらず眠いらしい。彼は僕の肩を枕に夢へと旅立って行った。授業も夕食も終わり、寝るまでの時間の暇つぶしの時間。この時間彼はいつもこんな感じだった。シルバーは若様探しにセベクに引っ張られることもあるが、今日はそうでもなかったらしい。そんなことを考えながら、明日の授業の範囲あたりの教科書をぼんやりと読む。
うーん、これ習ったことあるよなあ。パラパラとページを捲る。やっぱり知ってる内容だった。

「ナマエ」
「あ、若様…」

名を呼ばれ顔を上げれば、そこにはセベクの探し人がいた。いつからそこにいたのだろう。全く気付かなかった。流石、若様だなあ。シルバーを起こさないように気を配りながら立ち上がる。すっかり眠ってしまっているシルバーの上に自分の制服の上着を掛けた。

「今時間はあるか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「散歩に行こうと思うんだが、ついてきてくれるか」
「分かりました」

1人で出歩こうとするとセベクが探し回るからだろう。もう既に探し回っているけれど。
リリア様にセベクが戻ってきたら、僕が若様といるから大丈夫だと伝えてもらうよう話してから、一旦教科書を部屋に置きに行き寮から出た。夜の帳が降りた世界はとても綺麗だ。前を歩いていく若様について行く。

「ナマエはセベクと似ているようで似ていないな」
「そうですか?」
「顔は似ているが、性格はそうでもない」
「まあ性格まで似てたらある意味問題ですね。良いんです、僕はこれで」

ちょっと所じゃなく声のでかいセベクが一緒にいるんだから、僕が騒ぐ必要は無い。僕と違ってセベクは僕の考えていることなんか簡単に分かってしまうし、二人でいる時は特に僕が声を出さなくてもお互いの行動に支障はなく、大丈夫なのだ。

「そうか…」

そう一言だけ若様は呟いた。それに見えていないだろうが頷く。ある地点に着くと、若様が宙へ浮いた。僕もそれにならって浮かぶ。別に箒なんかなくたって浮くのは簡単だ。と、いってもコツがいるのでできない人は練習しないとできないだろうなあ。


若様がどこへ行くのかは知らないが、別にそれについて問うつもりはない。僕は若様が安全であれば、それで構わない。


夜はどこまでも続いている。点々と見える人口の灯りが世界をほんのりと彩る。何も無い暗闇よりはいいかもしれない。上を見ても下を見ても星があるようだった。

「……あれは、オンボロ寮の」
「……」

若様がポツリと何かを呟く。辛うじて聞こえてきた単語を繋ぎ合わせる。多分「オンボロ寮」と言ったのだろう。そういえば同じ学年の子がオンボロ寮の監督生になったんだっけ?確か入学の時に色々と騒ぎになってたなあ。あまり興味がなかったので、僕の日常にはあまり関わりがなかった。

若様はオンボロ寮の監督生のことをどうやら知っているらしい。盗み見たその顔に笑みが見えた。若様がこちらをチラリと見る。

「どうぞ。行ってきてください。僕はここに居ますね」
「…ああ」

スっと光の粒が舞う。すぐそこに居たはずの若様の姿は、オンボロ寮の監督生の前にあった。その顔はやはり笑みがあった。親しげな様子からきっと何回か話したことがあるらしい。

「ねえ、ツノ太郎」
「なんだ?」

若様に害がないのなら良いか、と思った。しかし、その次の瞬間に固まる。

「……つの、たろう?」

オンボロ寮の監督生は確かにそう言った。若様に向かって。思わず「は?」と素で声が出た。いや、まさか。他に人がいるのだろう、勝手にそう考えて慌ててそちらを見る。目を見開き焦る顔はそのままにそちらの様子を見るのだが、ニコニコした監督生と楽しそうに話をする若様しか視界には映らない。そして監督生は確かに若様に向かって「ツノ太郎」と言っている。

気が遠くなりそうだった。セベクが聞いたら卒倒してしまうかもしれない。もしくは問答無用で攻撃する。僕にそういう性質はないし、何なら若様も了承しているように取れるので何も言わない。けれど、若様相手に平然とした態度でそう呼べる監督生は恐ろしく思えた。


「ナマエ、帰ろう」
「……は、はい。若様」

監督生との会話は終わったらしい。僕のもとへと現れた若様の顔はやはりいつも通りだ。

「若様……」
「何だ?」

これは聞いても良いのだろうか。でも、一応きいてみる、か?

「その、ツノ太郎……とは?」
「ああ、あだ名だ。あの監督生は僕のことをそう呼ぶんだ」
「……は、はあ」
「何とでも呼んでくれ、と言ったのは僕だ。……それに」
「そ、それに?」
「あだ名というものは、その……友人みたいだろう?」
「……そうですね」

そんな風に嬉しそうに笑ってくれるのなら、まあ良いか。ちょっと「ツノ太郎」というあだ名はどうかとは思うが、若様がいいのならば何も言う余地はない。

……あとはセベクの耳に入ってくれぬことを願うしかあるまい。そんなことをぼんやりと考えながら、2人でスッと夜に溶けた。

(あ、若様!おかえりなさいませ!)
(ああ…)
(ナマエが一緒なら大丈夫か。特に何もなかったな、ナマエ?)
(……あ、うん)
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