世界が降ってきたなら、

___世界が降ってきた

彼女はそう確かに言ったのだ。そっと振り向いて、その目に晴天を映した。彼女の蒼は酷く綺麗に見えた。

その瞳を見た途端、誰もがそれに息をのみその瞳を見つめるのとしかできなかった。


◇◆◇



「わあ、美味しそ!さすエミ!」
「なんだ、そのさすエミとは」
「さすがエミヤの略だよ、良い語呂だね!」
「…は、はあ」


極寒の中ポツリと佇むカルデアは外とは違って、暖かい。そして、わいわいと賑やかだ。つい先日までイベントがあった為か皆その余韻が抜けていないということもあるらしい。

「……マスター」
「…あ、カルナ!どしたの?」

仕事が立て込み、とっくにご飯の時間はすぎていた。それを見兼ねたエミヤがとっておいてくれたハンバーグを焼いてくれたのだ。もぐもぐ、エミヤお手製のハンバーグを頬張り、咀嚼したあと先程から彼女の斜め後ろに佇んでいたカルナを振り返った。

「そろそろ時間だが…」
「……時間?……あ、そうだった。ロマに呼ばれてたんだった!」

頭の中で今日のスケジュールを辿る。どうやらすっかり忘れていたらしい。食堂にある時計をチラリと見た彼女は「いや、まだ10分余裕がある!」そう言いながらハンバーグを食べる速度をあげる。このカルデアには、マスターは2人しかいないので忙しい。そして名前はマスターの仕事だけでなく、元からの仕事であるシステムの方の仕事もあるのだ。それも起因してかイベント後だとしても忙しく日々を駆け回っていた。

しかし、

「そんなに一気に食べると喉に詰まらせるぞ」
「…その通りだ」
「…もぐ、大丈夫大丈夫」

そう言ってほんの数分のうちに平らげた後「ごちそうさまでした!」なんて言って足早に食堂を出ていった。

「何とも不思議なやつだ」

その光景を見ながらエミヤはそっと呟いた。その言葉の通り彼女は少々…、いやかなり不思議は人間である。生前の記憶も辿ってみる。それでもやはり彼女は異質だとエミヤは感じた。

◇◆◇



人類最後のマスター、そう呼ばれる人間がこのカルデアには2人いる。藤丸立香、そして名前だ。2人とも魔力回路は一般人より少し上程だろう。しかし、2人とも多くのサーヴァントと契約しているところを見るとその性質が良いのかもしれない。
そんな2人の中で特に変わっているのは、やはり名前だろう。「一応魔術師の家系ではあるけれど没落してるし、何なら全盛期ですら他の家に比べたらそうでもないって感じの家だよー」と、彼女が昔、言っていたのを覚えている。「魔術なんて教わってもなければ、普通の学校通って普通に進学して就職した訳だし。まあ就職先であるココは魔術と関係あったけど。それは偶然かなあ」なんてぼんやりと呟くこともあった。その言葉に嘘偽りはないだろう。彼女は一般人より少しは魔術と関わりがあった。それだけなのだから。しかし、一緒に過ごしてみると何回も述べている通り彼女は不思議でそして、異質なのである。あの英雄王が「ハハ、なるほど。分からん」と首を捻っていた。何が分からないのかは、こちらにも分からない。彼女の性質が、性格が分からないのか。それとも別の何かが分からないのか。検討もつかない。

そんな彼女はある日突然言った。
談話室で膝枕をしたいと言い出したサーヴァントに膝枕をされた彼女は、突然瞑っていた目を開けてカルデアの無機質な天井をぼんやりと眺めて口を開く。目を開くまで確実に深い眠りについていたはずの彼女は、それを感じさせることなく確かな意識を持って言ったのだ。


____世界が降ってきそうだね


その言葉にみな沈黙した。そしてすぐにわっと笑う。「一体どうした、何を言っているのだ」と。しかし彼女はもう一度そう呟く。そしてそのまま目を閉じるとすぐに眠ってしまった。「寝言?」だの「寝惚けてた?」だのみんな笑いながら口々に言う。誰だってそう思うだろう。
しかし、たまたまそこに居た彼はやはりその性質なのか首を傾げる。彼女の穏やかな表情を覗き見たホームズは顎に手を置くとそのまま部屋を出ていく。「世界が降ってきそうだ、か」そう言って天井を見上げる素振りを見せながら。

彼もまた不思議なサーヴァントだ。他のサーヴァントは、何が何だか分からず困惑を顔に浮かべるしか出来なかった。


「この子は相変わらずだね」

そのことを聞いたロマニはそう言って笑ったらしい。マシュが「どういうことなんですか?」そう聞いたがロマニは笑うだけだった。


◇◆◇


「今日のクエストもサクサクだね!さすがチーム白」
「意味がわかりませんね」
「…マスター、さっきは」
「種火だ」
「ふふーん、ふーん」
「……はあ」
「……相変わらずですね」

この収拾がつかないのもチーム白(なんか全体的に白ぽいサーヴァントの集まり)だ。時々編成するしバランスは何とも言えないが、適当に髪やら装いで決めている、らしい。
天草四郎、ジークフリート、カルナ、サンソン、ネロ(ブライド)、そしてベディヴィエール、この6人でクエスト周回。効率も相性も何も考慮しない、そんなパーティ。あるのは謎の信頼と力技だけ。それでもどうにかなるのは何故かは分からない。性格もバラバラ、絡みもあまりなさそうなこのメンツでクエストに行こうと彼女が言った時、ロマニが「え、」と固まったのは見物だった。余談だがこの他にもチーム赤やら、チーム雷やら、チーム甘党やら訳の分からない編成は多くある。彼女はある意味何も考えていないらしい。


「よーし、そろそろ帰ろうか」

青空を見上げながら彼女が呟く。その目には何が映っているのか誰もわからない。ただ彼女はよく空を仰いでいるのをサーヴァントたちはよく知っている。彼女を真似て空を見る。そこには彼女の目と同じ色の蒼が遠く広がっていた。


◇◆◇



「ロマニー、はいこれ種火。お納めくだされ」
「ありがとう名前ちゃん。お疲れ様ー」

ロマニに会いに行くと彼はいつも通り笑いかけてくれる。その表情を見ると彼女は疲れなんか忘れてほっと息を吐く。ロマニの横の椅子に座ると彼女専用のマグカップに入ったココアを片手に先日のことを思い出しながら口を開いた。その目の蒼は少し濁っている。

「……また見えたんだ」
「そっかあ」
「うん」

それはまだ不確定な"未来"

その未来が見えた時、世界が降ってくるなんて訳の分からないことを彼女は口にする。それは無意識である。世界、と言うよりは降り掛かってくるかもしれない「運命」と例える方が妥当だと分かってはいるが。
何処ぞの英雄のように先をほぼ正確に見透せる訳では無い。次見る時には全く違うような未来が広がってるなんてことは彼女にとっては日常茶飯事。しかし、自分の行き着く先のとあることだけは、変わらない。その運命を知りながらも彼女はもがこうと心の中では考えている。

そう、ロマニとあれでサヨナラは嫌だ。

だって、だって__


「ロマニ。……約束、忘れないでね」
「…………うん」
「もし、あなたに世界(の運命)が降ってきたなら、どうか私も一緒に……」
「…………」


(運命が、降りかかろうとしている)
(絶対においてかないで)
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