あなたと同じ悪夢を見たい

___その人はどんな色でも、どんな季節でも似合う人であった。


一族の中でもからくりを造りそれらを意のままに操ること、そして頑丈な結界を張ることだけには長けた男には、おもむきというものはあまり分からなかったが、そんなことをよく考えた。

その"特異"から他の貴族の子よりも更に厳重に、そして離して育てられた少女はまだまだ幼い年齢でありながら、春の陽射しを御簾みすから覗き込み、夏の風を吸い込んでは仰いで、秋の色に黄昏、そして冬の透き通った音を聞いては微笑んでいた。

彼女と顔を合わせることが唯一許されていたその男は、過ぎる季節の中でその光景を見てはほうと息を漏らす。自分にはからくりを使って呪いを祓うことしか才はないと思っていたが、最近はほんの少しだけ風情が分かった気でいた。


彼女が成長していくと段々と"引き寄せられてくる奴ら"の数は増えてくる。ある程度は、結界で防げていても、この時代の呪霊というものは厄介で、いつ破られてしまうか分からない。彼は厄介なやつは己のからくりを使って祓いながら、その屋敷に何年も住んでいた。

彼女は呪霊が見えない。見えないし、力という力もないのだ。何故、このように集られるのか男は気にはなったが分からなかった。

その理由を知ることになるのはしばらく経って、己が己のからくりに殺され、そして"化け物"になってからだ。



◇◆◇




__……約束はきっと、

あの時は、"アレ"から守るためといえど、彼女から許しを得たといえど、彼女の魂を半分もろうてまで繰り返してまで、"くぐつ"が傀儡くぐつでいなければならなかったのだろうか。

それを今更考えたところで、傀はもう既に繰り返しすぎていた。後悔なんて気の遠くなるほど昔の彼女とともに置き去りにしたはずだ。だからもう。だからもうあとは、彼女との約束を守るだけだ。


ただそれだけなのに、僕は臆病だね。と傀は笑う。


こんなに時間をかけるはずではなかったのに、もっと早く終わらせられていたのにそれができないのは、できなかったのは、まだ"あの男主人の意識"が染み付いているからだろうか。

彼女がいつか幸せに人生を全うできるよう、そう願った"あの男"の思いが、未だに傀のどこかに残っているのだろうか。


傀のせいで彼女は呪霊が見えるようになっていった。
傀のせいで彼女はある一定距離の呪霊を消し去る"体質"に変わっていった。

呪力は何も見ることのできないような一般の人間だ。術師の言う術式なんてものも彼女には決して宿ってはいない。それでも彼女が"そうなった"のは、やはり繰り返し過ぎたのが原因だろう。

"アレ"から彼女を守るために、そう願った"あの男"のせいでもあったし、約束を守ろうとした"化け物"のせいでもある。

たったあと半分の魂を喰らうことなんて簡単なのに、まだその時ではないとまた機会を潰す。


『……僕があの時の約束を本当に守れる日はいつなのかな』

傀はそう呟いて、暗闇でゆっくりと目を瞑る。勝手に共有した視界の先で、今回の"あの子"である名前の様子を伺うことにした。


◇◆◇



「うわぁ…」

名前は友人から送られてきた荷物の中身を確認し、それを見つけると思わず声を上げた。大学時代に仲良くなった他県出身の友人は、卒業するなり地元の企業に就職した。そんな彼女は度々地元や出張先の美味しいものや珍しいものを送ってくれるので、名前も彼女が好きだった限定物のお菓子やら珍しいものやらをよく送っていた。

そんな彼女から送られてきた荷物のひとつである"それ"をまじまじと確認する。

「アルコール度数高っ」

どうやら沖縄に出張に行ったらしい彼女から送られてきた泡盛を見て名前は顔を顰める。名前はお酒はほどほどにしか飲めないので、「これはちょっときついかも」と呟いた。しかし、せっかく送ってくれたしなあ。それに泡盛ってどんなものか気になるのだ。飲んでみたいといえば飲んでみたい。さてどうしたものか。

あっ、こういう時には、と名前はその一升瓶の写真を撮るとメッセージアプリを開き、その写真とメッセージを送った。相手は兄だ。

「きっと兄さんならこれくらいは飲めるだろうな」

あの人は酒豪だ。名前がびっくりするような度数のものも平気な顔で飲むし、酔っ払った様子もあまり見た事がない。まあ、あまり顔や言動に出てないだけかもしれないが。


名前は1口味見程度に飲めれば満足なので、あとは兄に渡してしまおう。そう考えながら、送られてきた荷物をさらに取りだしていく。

ちんすこうに、せんべい、シークワーサージュース、そして__

「んん?……何、この置物?」

シーサー?いや、シーサーはこんな顔じゃない気がする。最後にひとつだけ残った小さすぎず、大きすぎない置物。それにしてもこの置物、何だか変な感じがするんだよなあ。1回そう思ってしまえば、何故かダンボールから取り出す気になれない。

あの子、こういうの好きだったっけ?もしかしたら面白いからと送ってきたのかもしれない。

そう思って、彼女に荷物が届いたことの報告と、この置物についてメッセージで聞いてみた。するとすぐに既読がついた。返信内容はまあいつも通りだ。しかし、不思議なことがその後に書いてある。


【置物?そんなの送ったっけ?】


「え、どういうこと?じゃあこの置物何?」

と気味悪がっていれば、更にメッセージは続いていく。


【まず置物とか沖縄で買ってないし。てか、私たしか食べ物しか送ってないよ】
【泡盛とシークワーサージュースとちんすこうとおせんべいを送ったはず】
【その置物ってどんなの?】


今回の荷物は全て沖縄土産らしいということは分かった。しかも食べ物のみだ。しかし、ダンボールの中には明らかに変な置物が入っている。それなのに彼女はこの置物を沖縄で買った覚えもないし、送った覚えもないらしい。

「……えー、マジか」

返信内容を見ていた視線をその置物の入ったダンボールに向ける。それをもう一度開けて名前は、スマホの写真のアプリを起動した。パシャッとそれの写真を撮って、そして彼女にそれを送る。


【え、何これ。私は知らないよ?】
【本当に荷物に入ってたの?】


彼女はこういう時、すぐにネタばらしをする。それなのにまだしないということは、本当に身に覚えがないのかもしれない。嫌な予感をひしひしと感じながら、名前は返信する。

「ごめん、勘違いかも。取り出した時に他の子から送られてきた荷物と混同してた、っと」

そうメッセージで送る。実際、ダンボールから取り出していないし、他に荷物が届いている訳でもない。でも、何となくそう送っておくべきだと思った。

するとすぐに、【あー、なるほど。なんだよー、もうびっくりしたじゃん】なんて返ってきたので、それに【ごめんね。お土産ありがとう】と返信した。ある程度して、お互いに頑張れよと送り合うとスタンプを押してメッセージでの会話が終了する。

やりとりが終わるまで、彼女から「実は送ったの私です」なんて一言もなかったため、これはまた何か起きてると確信した。

「……」

昔からたまにこういうことがある。名前と関わりがある人を経由して、不可思議な現象を目の当たりにすることがあるのだ。これは先日のように人に憑いているものではないやつだなあ。

こういう時はいつもどうしていたっけ?

久しぶりだったので、前回のことを思い出そうにも記憶が曖昧だ。たしか前は中学生、いや小学生の時か?その時は長期休みで、兄が珍しく家にいて、…んん?思い出せない。とにかく気が付いたら解決していたから、もしかしたら傀が何かしてくれたのかもしれない。

「…どうしようかな」

この置物、捨てても戻ってくるタイプとかじゃないと良いけれど。1回お祓いにでも行っておくか?多分、というかこれ絶対"曰く付き"だ。

明らかに先程と表情が違う気がする。先程は怒っているような表情だったのに、今は何処か不気味に笑っている。友人に送った写真をちらりと見る。


「うわ、全然違うじゃん」

__ああ、最悪だ。確認しなければ良かった。

通常ならこういうものは、見て見ぬふりをするし、何なら興味も関心も湧かないのだが、今回は自分の家にもう踏み入れられてしまっている。多分この置物に憑いているというよりは、この置物自体が"ヤバいやつ"だ。

これ自体が"ヤバいやつ"で、私の近くに近づいても消えてしまわないのなら、きっと"これ"は力が強いのだろう。手で触れてしまえば多分解決はするが、生憎この前休んでしまっているし、新しい案件を受け持ったせいで明日明後日はどうしても出勤したい。

このダンボールから出ないのなら良いけれど、眠っている時とかに襲われるかもしれないし、いないうちに部屋を荒らされるかもしれない。

「うわー、どうしよう」

なんでこのタイミングで来るんだよ。せめて2連休の日の前日とかに来てくれれば、その2日である程度体調の回復はできるから良いのに。

なんて今更思ったところで、箱を開けてしまったしもう遅い。


ガタガタガタ


「…もう。今は静かにしててよ」

正直小さい頃から色々見えてるせいで、名前のホラー耐性はバッチリだ。多分見る人によっては暫くお肉が食べれなくなるようなショッキングな映像見たあとでも、普通に焼肉行けるくらいにはあると思う。

高校時代に男女数人で行った遊園地のお化け屋敷に無理やりクラスメイトの男子と押し込まれた時ですら、寧ろビクビク震えているその男子を引っ張ってスタスタ歩いたくらいだ。ちょっとやそっとの音にビビることもない。そう考えながら、音を立て続けるダンボールを視界から外した。


「……とりあえず紅茶でも飲もうかな」

考えるのはそのあとにしよう、とキッチンに向かうと戸棚からフルーツフレーバーの茶葉を取りだした。ついでに先日貰ったプチフールの詰め合わせの箱も取り出して、1人でティータイムを始めることにした。

プチフールと呼ばれる1口サイズのケーキたちは、流石有名店のものである。どれもキラキラしていて美味しそうだ。

どれから食べよう、とモンブランや抹茶のケーキ、フルーツタルトを見やる。今の気分は、ティラミスかなとそれを一つだけ小皿に置いて、あとは冷蔵庫に戻した。

「んん、美味しい…」

部屋の隅で未だにガタガタと音を立てて揺れる箱のことなど気にもせず、名前は幸せそうに顔を綻ばせる。

こういう所は常人と感覚がかけ離れているが、こんな事態の時に周りに人がいることの方が少ないので、本人的には割と普通の感覚だと感じているらしかった。


ピンポーン

インターホンが鳴る。あれ、宅配か何かか?と思いながらフォークを置くと、玄関まで歩く。そして、チェーンを外し、鍵を開けて扉を開ける。すると目の前には見慣れた人が立っていた。


「あれ、兄さんだ。どうしたの?」
「…また確認しないで開けたな」
「……あっ」

いつもいつも誰が来たのかをちゃんと確認しないで扉を開けてしまうため、毎回兄には散々説教をされる。今回も例に漏れずそのパターンだ。危機意識を持て、ちゃんと確認しろ、という兄の説教がまた飛ぶぞ、と思いながら兄を恐る恐る見上げた。

「……兄さん?」
「…ああ。いや、お邪魔します」
「え、あ、うん」

きっと仕事終わりだろう兄は、そう言って後ろ手に扉を閉めると、チェーンも鍵も掛けた。いつもならこの時点でもっと何か言われるのに、兄は何も言わない。彼の視線は部屋の奥の方をずっと見つめている。兄の突然の来訪には慣れているが、この様子にはなれない。

「…どうかしたの?」

そう聞けば兄は首を振る。しかし、その顔は明らかに何もない、わけがない。その様子に首を傾げながら、名前はキッチンに向かうと、兄の分の紅茶を用意した。そして、兄にプチフールの箱の中身を見せて、どれが良いかを選んでもらう。


ああ、さっき泡盛の写真を送ったから来たのかなあ。

なんて今更気づきながら、食べかけのティラミスをつつく。名前の頭の中からは、あのダンボールに入った置物のことなど完全に抜けていた。

「……」

そんな彼女を見てから、兄である七海は部屋の隅に置かれたダンボールを見やる。そしてまた彼女に視線を移すと小さく息を吐いた。


(例えこの命にかけても私は貴女を__)
(君を狙う悪いものは、僕が全部食べてあげるから)

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