君だけ世界に切り取られてる

___既視感があった。


任務終わりにスマホを確認すれば妹から泡盛の写真とともに「家によらないか?」と連絡が来ていた。泡盛を貰ったのはいいが、あまり酒が強くない妹は多分1口飲めればいつものように満足なのだろう。いつもと同じようにその残りをくれるつもりらしい。よくあることなのでいつものように彼女の住むマンションを通るルートで帰る。そんな妹のマンションを訪れると残穢があったのだ。嫌な予感がしてそれを辿る。

残穢は妹の部屋に続いていた。

インターホンを押せば、妹が扉を開ける。様子に変わりない。いつも通りの彼女の様子にほっとしたが、部屋の奥に残穢が続いているのが見えて、安心はできそうになかった。

部屋に入ると紅茶を出される。そしてケーキも選ばせられる。自分と同じようにケーキをもぐもぐと咀嚼し、紅茶を優雅に飲む妹の背後にあるダンボールに呪霊は潜んでいるようだった。

ガタッ

音がした。ダンボールが小さく揺れた。妹は「ん?」と一瞬だけ振り返ったが、気にすることなくケーキを口に運んでいく。

ガタガタ

また音がした。名前はもうそちらを振り返らない。紅茶のおかわりをカップに注いでから美味しそうにそれを飲む。

「...?兄さん、飲まないの?」
「.....いや、.....」
「…変なの」

ああ、知っている。この違和感。

そうだ。あの時と同じだ。七海はもうずっと昔のことを思い出した。


◇◆◇



長期休暇に入ってから2週間が経った。

休暇といっても任務などをこなすのでいつもと変わらない日常を送っていたが、寮が数日間点検やら清掃やらと色々と行われるため一時的に閉寮することになった。

任務が入っている者は終わりしだいそのまま帰宅、入っていない者は閉寮日までに帰宅することを言い渡される。この期間の任務はできるだけ大人たちが分担するらしかった。


「ただいま」

見慣れた実家の玄関を開けると、そこには一人の女の子が佇んでいた。何となく見覚えがある気がする。七海は自分よりも小さな少女を見て、それからその少女が誰かを思い出しながら、荷物の入ったバッグを掛け直す。

「あ、お兄さん!お久しぶりです!」
「...どうも」

少女は振り返ってこちらを見た。人懐っこい笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。隣の家に住む妹と仲の良いあの子だ。

久しぶりに会ったが随分と大きくなったものだ。彼女は昔からショートヘアであることが多かったからか、髪を結んでいるのは久しぶりに見た気がする。彼女が空けてくれたスペースを通って廊下に上がる。自分の部屋に向かうために階段をのぼっていると後ろから声がした。


「名前〜、まだぁ?」
「ちょっと待って」
「はーい」


彼女が妹のことを呼んでいるらしい。それに妹も返事をした。妹はどうやら2階にいるらしかった。

「あ、兄さん。帰ってくるの今日だったんだ」
「ああ」
「......じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」

たったそれだけの会話をして自分の部屋に入る。どうやら今日は登校日らしい、というのを聞こえてきた彼女たちの会話から察する。高い子ども特有の声を何となく懐かしく思いながら勉強机と同じ色の木の椅子に座ると、帰り道に買っておいたパンの入った袋を取り出す。そして1口齧り付いた。


◇◆◇


帰宅してから約2時間と30分。

音を立てて玄関の扉が開く音がした。

「っお兄さーん!!」

妹の幼なじみの声がする。何か慌てているように思える。名前が兄である建人のことを「兄さん」と昔から呼ぶためか、彼女も昔から自分のことを「お兄さん」と呼んでいた。

自分の部屋から出て早足で1階へと降りる。ちらりとリビングを見たが誰もいない。母はまだ買い物から帰っていないようだった。

「どうかしました?」

声を辿る。妹の幼なじみは玄関の外にいるらしい。妹の姿は見えないが、もしかしたらそこにいるかもしれない。扉が半開きのため、外の様子は伺えなかった。声を掛けても反応がないため、靴を履いて外に出た。

「あ、お兄さん!名前、具合悪いみたいで...」
「.....」

妹の幼なじみがこちらに気づいた。そのすぐ近くには蹲った妹がいる。

「学校の時は大丈夫そうだったけど、帰り道で急に顔色悪くなって、気分も悪いって。それで...えっと、どうにかここまでは来て」

彼女も混乱しているらしい。どうにか状況を説明しようと口を開いている。それを聞きながら妹に近づく。隣に片膝をついて妹に目線を合わせる。髪の隙間から見える顔色は相当悪い。汗もかいている。熱中症だろうか、そんなことを考えながら肩を軽く叩いて声を掛けるが反応はなく、聞こえているのかどうかも分からない。

「きゅ、救急車呼ぶ?」
「.....いらない」

後ろで様子を見ていた彼女が声を掛けてくる。するとやっと反応を示した名前が首を小さく横に振りながら、か細い声でそう呟いた。

そして立ち上がろうとする。しかし、足に力が入っていない。斜め前に倒れそうになった妹の身体を支える。そしてそのまま抱き上げた。七海は妹を抱き上げたまま、すぐそこでこちらを見上げる少女に視線を向ける。

「妹が心配をお掛けしました。熱中症だと思われるので様子を見ます。あなたも家に入ったら水分をよく取ってください」
「う、うん。名前、またね。元気になったらまた一緒に遊ぼう」

誰に対しても丁寧な七海の言葉にはそれなりに慣れている彼女は、ついぞ反応も示さずぐったりとしている幼なじみに声をかけてからすぐ横の家へと駆けていった。家に入るまでの間数回こちらを心配そうに振り返る彼女に片手を上げると、少女はぺこりと頭を下げて家へと入る。七海もすぐに家に入ると、妹の靴を脱がせ、そしてリビングのソファへと寝かせる。


「熱は、...ない、か?」

どうにか水を飲ませ、脇に挟んでおいた体温計の温度を確認するが36.8℃。自分にしてみれば少しだけ熱は高いがどうだろうか。妹の平熱を知らないのでなんとも言えない。どうしたものかとため息をついて名前の顔を見やる。

先程までは少し落ち着いたようだがまだ額や首元に汗をかいている。タオルでそれを拭きながら考える。病院に連れていくべきかどうか。連れていくなら保険証はどこにあるだろう。近くの病院までは少しかかるな。もし行かなければならないなら、母に車を出してもらわないとこんな暑い外には連れ出せない。


「ただいまー」

色々と頭の中で考えていると母親の声がする。どうやら買い物から帰ってきたらしい。母がリビングを覗き込む。そして驚いたように声を上げた。

「え、名前どうしたの?」
「おそらく脱水症状で.....」
「まあ大変!この子ったらまた・・!」
「...また?」
「水筒持たせてるのに全然水分取らないのよ」

てきぱき、慣れたように母は名前の状態を確認するとため息をついた。その様子を見ながらすぐそこの手提げから水筒を取り出す。ちゃぷちゃぷ。たしかに全く飲んでいないようだった。水筒を揺らして、それから中を確認すれば満杯に入った麦茶が見えた。


「建人、ちょっとおつかい頼んでいい?冷却シートと、えっと」

母が必要なものをメモしていく。冷却シートに某スポーツドリンク、ゼリー、薬。近くのドラッグストアにいけば全て揃うだろう。母の言葉に頷いてそれからすぐに支度をして道をゆく。

茹だるような暑さだった。

こんな日に水分を取らなければああもなるだろう。そんなことを考えながら歩道を歩く。5分ほど行けば目的地に着いた。

すぐに必要なものをカゴに集めるとレジへと並ぶ。タイミングが悪いのかレジはそれなりに混雑していた。レジのすぐ側に設置されたガムやら飴やらの商品をぼんやりと見つめながら進むのを待つ。すると前に並んだ主婦の声が耳に入ってきた。


「またらしいよ」
「またって、あの?」

暇ができた主婦は最低2人よれば噂話を始めるようだ。自分の母も近所のおばさんも何故かみんなそういう所は一緒に見えた。それにしても何がまたなのだろうか。七海は相変わらず主婦たちの方は見なかったが、耳だけは傾けてみた。

「小学生の女の子が追いかけられたってやつ?」
「そうそう。なんでも黒い影が追いかけてくるんだって」
「えー、なにそれ。暑さにでもやられたんじゃない?」
「それにしては色んな子が言ってるらしいわよ」

怖いわね、そう言って主婦たちは顔を見合わせる。七海は考える。黒い影、か。呪霊だろうか。そういう世界で生きているせいですぐにそんな風に考えてしまう。もしかしたらただの変質者かもしれないし、野良の動物かもしれない。

「近所の○○さん家の子もよ」
「え、すぐそこじゃない!」
「この前は○○さんのとこでしょ。なんだか段々近づいてきてない?」
「やっぱり??」

うちは大丈夫かしら、ぼそり呟かれた言葉を聞きながら七海は前を向く。いつの間にか少しだけ前の主婦たちと間が空いていたので小さく1歩を踏み出した。

主婦たちのさっきまでの話はどこへやら旦那の愚痴に変わっていた。先程出された苗字のひとつには覚えがあった。この辺でその珍しい苗字は1軒しか知らない。数年前家に遊びに来ていた妹の友達の苗字だ。たしかに家から近いかもしれない。昔、通学路だった道にあった家だから家も知っていた。


「次の方、どうぞー」
「.....」

考え事をしているうちには、レジが進んで自分の番になった。バーコードに読み込まれていく商品を見つめながら財布を取り出す。商品の入った袋を受け取ると帰路に着く。その途中にある1軒の家を見る。残穢は見えなかった。勘違いかもしれないが一応確認するだけはした。呪霊かどうかは結局分からなかった。


「.....っ」

家がすぐ見えるところまで来て七海は足を止める。残穢だ。残穢が見えた。それは辿るまでもなく実家に続いているのは一目瞭然だった。辺りを見やる。しかし、自分が今立っている位置からしか残穢は続いていなかった。

袋を持つ手に力が入る。家の中に入り玄関を抜け、リビングに入る。ソファの前のローテーブルには1つ荷物が置かれていた。よく見なくても分かる。呪霊はその中にいる。


「にいさん、ごめんねぇ」
「...ええ。ただいま」

自分が外に行っている間に妹は起きたらしい。ソファに座った妹はすぐ目の前の荷物など気にせずに申し訳なさそうな顔でこちらを見る。さきほどよりも顔色はマシになっただろうか。

袋からスポーツドリンクを出して渡してやる。キャップを開けようと力を入れているが中々開かない。見兼ねて開けてやると、荷物のすぐ横に置かれた妹用のコップにそれを注いでいた。その様子を見ながら考える。弱っている妹がこの部屋にいるのは危険だ。すぐに別の部屋に移動させて祓わないと。


ガタガタガタガタ!!


物凄い音が部屋に響く。荷物が独りでに動き出したのだ。七海は身構える。妹と荷物を見比べて考える。どうする?妹を先に部屋から出すか、それともこのまま...、

「.....へっくしっ」
「.....」

間抜けなくしゃみが響いた。コップをローテーブルに置いた名前がくしゃみをしたらしい。ガタガタと揺れる目の前のそれを気にすることなく彼女は平然としていた。もしかしたら倦怠感などで意識がしっかりしていないのかもしれないが、さすがにこの音には気づくだろう。まるで何も起こっていないかのように振る舞う妹はこの空間の中で異常に見えた。

だって見えないはずの母ですら「建人?帰ってきたの?ねえ、これ何の音?」とキッチンの方から声を上げているのに。

「.....」
「.....」

呆気にとられていれば妹はそのままソファに横になった。そして数秒後には寝息を立てている。それでも荷物はローテーブルの上で音を立てて揺れていた。


(兄さん、ケーキまだいる?)
((...ああ、そうだ。あの時と一緒だ))


◇◆◇◆

(補足?)
*小学生夢主ちゃんはまだまだ一定距離内の呪霊を消し去る力の範囲が狭いので割と周りにふよふよしてます。でも気にしない。つよい。
*荷物の中の呪霊と謎の黒い影は高校生ナナミンが解決してます。

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