お前はすでに負けてる

「ほ、本当に入って来たね」

誰かの呟きに2、3年は頷き合う。

入学式より2日前、推薦で入学する1年生と先に顔合わせすることになった。強豪中の強豪である"ここ"は特に入試組は相当根性がないとほぼ入ってこないため、早めの顔合わせが毎年恒例になっている。中には家が遠い者も多いため、昨日から寮にいる者もいるようだ。何人かは知り合いになったらしく、既にお喋りをしている。

2、3年で彼らに向き合う。緊張している1年生は中学で活躍した者が多く、何となく見知った顔がそれなりにいた。自己紹介をしてもらうことになり、1年生が1人ずつ口を開く。出身やらやっていたポジションやら意気込みやらを名前とともに口にし、頭を下げる。生意気そうな者から純粋そうな者まで個性は自己紹介にもそれとなく出る。おー、こいつも同じか。とさすが強豪という感想とともに思いながら頷く。

そして次は、と気になっていた彼にみな目を向ける。どこかの双子に似た顔、同じ髪型。この体育館に来た時から異質を放つ1年生のうちの筆頭がパチリと瞬きをした。


宮祈。

今や高校バレーでも名を轟かすあの双子を兄に持ち、本人も中学時代はではよく話題に上がっていた人物だ。180はないだろう身長で、どんな強靭なスパイクもブロックしていく。割とトラウマを持っているものは多いだろう。なんたってあんな殺気を向けてくる相手と対峙などしたくないものだし。

中学時代、相手コートの2分の1がほぼ同じ顔(あの双子も黒髪だったし)という特殊な状況下で、サーブもセットアップもハイレベルなセッター、それに負けず劣らずのウイングスパイカー、そして中々ボールを通してくれずドシャットはするし、後衛に回ればお前はリベロかというくらいのレシーブ力と、コートからミスで弾き出たボールを持ち前のスピードで追いかけセッターポジションに返すミドルブロッカーである彼らと戦った時には冷や汗をかいたものだ。

顔同じじゃん!しかも上手いし!で、どれが侑で、どれが治で、どれが祈なの!ああ、混乱する!だ。

ある意味1番戦いづらかった。だってあの兄弟、普通に誰でも綺麗なセットアップをするから。混乱しているうちには点数が決まっていく。あれは恐怖だ。いつぞやの練習試合や公式戦を思い出して、久しぶりに背中がヒヤリとした。

負けたあとの校庭30周キツかったな。いや、公式戦は50くらい走ったんだっけか。キツすぎて記憶ねーもんな。

ま、まあそのミドルブロッカーがうちに来た。監督は一応声は掛けたと言っていたが、きっとあの双子と同じ所に行くと思っていたのだ。なのにある日来てくれるかも、という監督の言葉に何も言えなかった。

嫌。絶対それ気のせいだよ。うんってなった。本当に来たけど。

身長は一般から見ればそこそこだろう。バレーではでかいヤツが目立ちすぎるため普通だ。顔は有り得んくらいイケメン。双子に似てはいるが、目の下のホクロ効果だろうか。いかにも王子って感じの言葉が似合う。そして彼は関西弁を喋る。要素盛りすぎか!どこの漫画から出てきたんだ、と疑いたくなる。

そして何より極めつけは、

「……ひ、ひょ、兵庫から来ました。み、みみみ宮祈です。よろしくおねがい、しますっ」
「お、おう。そんな緊張しないで。はい、次」

この人見知り加減である。彼のことを知っているものはあまり驚きはしない。あの双子の弟のくせして、1回コートから出るとコミュ力がからっきしになる。他校が声をかければ、顔を青くしてしどろもどろ。見かねたチームメイトが彼を救出しているシーンは割と有名だ。ありゃ、ピーチ王子だな、と誰かが言っていた。やめろ、某赤と緑の帽子を被った男ふたりが出てくるゲームのヒロイン?的なポジのお姫様みたいだろ!と突っ込んだのは懐かしい。

「めっちゃ"み"って言った」
「噂通りなこって」
「めっちゃテンパってる」
「ひえー、ギャップ」

完全に"やらかした"という顔で床を見つめている彼に、2、3年は小さい声で囁きあう。絶望顔はこっちから完璧に見えているよ。一旦天井へと視線をやった彼の目は虚空を見つめているし据わっている。それも様になるとかどういうことだよ、と終いには顔を手で覆い隠してしまった彼に向けて誰かが呟いた。まじそれな。

周りの1年は励ました方がいいのかと困惑しているし、当の本人は完全に心をシャットアウトだ。多分暫く帰ってこない。自己紹介をしている1年もちょっと気になるのかそちらをチラチラ見ながら喋っている。2、3年もちゃんと聞いてはいるが項垂れる彼の様子も伺う。ハイスペックな要素に付け加えてその性格があまりにもギャップ過ぎて、誰もが気にかける。ある意味才能だなとまた誰かが呟いた。まじそれな。

「佐久早も中々だったが、あれも中々……」
「……」
「佐久早、顔に出てんぞ」

去年の今を思い出してつぶやく3年と、それが聞こえたのか顔を顰める佐久早。彼の"綺麗好き"だの"慎重"だのに慣れるのにもある意味時間がいった。こいつに比べれば、多分宮……、いや、兄貴たちも宮だから、祈くん?はマシだな。心開けば多分子犬タイプだ。性格悪くないといいなあ。

結局最後の最後まで項垂れている彼に最後はみんなで視線を向ける。ここまで注目されるのも才能。そしてこんだけビシバシ視線突き刺さってるのに気付かないでプルプルしてるのも才能だな。

あ、顔上げた。うん、男も認める美形。一旦滅べ。

みんながさっと顔を背ける。本人は何も気づいていないようだった。

主将が、とりあえず1年生達で交流してて、と声をかけて2、3年で集まる。佐久早が1歩引いたところにいるのはいつものことだった。

「○○中のスパイカーが来たな」
「ほら中学の時にやばい異名ついてた○○中のやつもいた」
「今年豊作じゃね…」
「何より宮だな」
「だな」
「なんか凄いテンパってたけどあれは懐くとめっちゃ可愛い後輩になる、はず。そしてバレーも上手い」

バレーが上手いやつが上手いというのだ。本当に上手い。身長もあの兄たちからするとまだ伸びるだろうか。

「本当に宮ツインズの弟なの?あの買い言葉に売り言葉って感じの」
「めっちゃ煽ってくるもんな。負けんけど」
「顔もいいしな、負けんけど」
「お前は既に負けてる」
「ひっで」

冗談を言いながら今年の1年について語る。今年も中々に強者揃いだ。さすが井闥山。それに尽きる。ある程度1年を見た感想を言い合うと、1年たちの方へと視線を向けた。お互い知り合い同士のものも多いためか割と関係は良好そうである。中にはぼんやり突っ立っているものも、キョロキョロしているものもいるにはいるが。

そのぼんやりとキョロキョロの中間くらいの立ち位置の祈くんに話しかけている子がいた。みんな人見知りなのは知っているせいか中々話しかけづらそうにしていたのに彼は気にしていないらしい。彼は確か温海だったか。中学時代に見た記憶がある。190くらいはあるだろうか。祈くんよりも高い位置にある頭を見て思う。

温海が声をかけた瞬間、ビクリと有り得ないくらい肩を跳ねさせた。それには周りの方が驚いた。温海は全く動じていなかった。明後日の方を向きながら言葉を紡ぐ祈くんの心に上手く入り込めるだろうか。

何やら手のひらに指先を当てて動かす温海の手を覗きこんで、頷く2人の距離は割と近い。おお、これは早い段階で慣れるのでは!と歓喜していば、祈くんの背後から誰かが声をかけた。あれは伊津田だ。自分の中学の後輩を見て、頭を抱えた。彼はコミュ力おばけである。しかし、今の名前くんには辛かろう。そう思っていれば、「ひえっ!?」と悲鳴を体育館に響かせた祈くんが温海の後ろに隠れた。190を盾にしているため覗きこもうにも、見えないらしい。伊津田をガードしながら温海が苦笑している。外野は一瞬そちらに目を向けたが、直ぐに雑談を始めた。

温海を間に挟んだまま会話をしているらしい。何やら伊津田が爆笑していた。

「スパイカー以外、全部自チームの人じゃん。うける。負けへんて!」
「そ、そうかな?」

辛うじて聞こえた会話に首を捻る。自分のチーム?負けへん?なんのことだろう。そう思っていれば、伊津田とも多少打ち解けたのか祈くんが顔を出して雑談を始めていた。


(この時知らなかった)
(祈くん、誰も想像つかないくらい)
(負けず嫌いで、それも度が過ぎていると)

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