呼吸を止めても世界は廻る

「お、おいひいです!」


そう云いながら、二杯目の茶漬けを掻き込む。お茶漬けは逃げはしないのに、つい早食いしてしまう。随分と久しぶりに食べる気がするお茶漬けは実に最高だった。
本当ならもう少し食べたいところだが、どうも胃が小さくなっているようで思ったより入らない。それに余り食べ過ぎると奢ってくれると云う国木田さんに申し訳ない、凄く…。

「よかったねぇ、敦君」

と太宰さんは微笑みながら珈琲に口をつけ、肘をついてこちらを見ている。


「おい、太宰。早く仕事に戻るぞ」

その隣で、理想と大きく書かれている手帳のようなものを見ながら、太宰さんに国木田さんが云う。

「仕事中に突然『良い川だね』とか云いながら、川に飛び込む奴がいるか?」

だ、太宰さん、そんなことしたんだ。
国木田さん大変だなぁと少しだけ気の毒に思った。

「おかげで見ろ、予定が大幅に遅れてしまった」
「国木田君は予定表が好きだねぇ」

太宰さんがそう云えば、バンッと台に手帳を押し付けて立ち上がった。


「これは予定表ではない!!理想だっ!!我が人生の道標だ。そしてこれには、『仕事の相方が自殺嗜癖(マニア)』とは書いてない」

と、まるで機関砲マシンガンのように云い放つ。

ご飯を口に入れたまま、国木田さんに話しかければ返答が返ってくる。
その様子を見ていた太宰さんは、

「君たちなんで会話できてるの?」

と、迚も不思議そうに首を傾げた。


◇◆◇



「はー、食べた、食べた。暫く茶漬けは食べたくないなぁ」

ご馳走様でした、ときちんと云ったあとそう呟けば、国木田さんがジトリと此方を見た。

「いや、でも本当に助かりました。孤児院を追い出されて横浜に来てから殆ど食べてないし、寝るところもなくて、…あわや斃死へいしかと」
「ふうん。君、施設の出かい?」
「まあ…。追い出されたんです、経営不振だとか事業縮小だとかで…」

まあ、理由はそれだけではないけれど…。

「それは薄情な施設があったものだね」
そう、目を細めて呟いた太宰さん。
そんな太宰さんに、
「おい太宰。俺たちは恵まれぬ小僧に慈悲を垂れる篤志家とくしかじゃない。仕事に戻るぞ」

と声を掛ける国木田さん。

「えっと、そう云えばお二人は何の仕事を?」

となんとなく問いかければ、

「なァに、探偵さ」

と云う返答が返ってきた。

「探偵と云っても、猫探しや不貞調査ではない。斬った張ったの荒事が領分だ。」
「荒事…?」


「異能力集団『武装探偵社』を知らんか?」


武装探偵社?武装探偵社…。
その単語を心のなかで繰り返す。
あれ?何処かで聞いたような……。
などと考えていれば、ポツリポツリと前世の記憶が少しだけ蘇ってきた。

あぁ、そう云えばそんな内容だった。
と、前よりは大分ましな頭痛を無視して、ほんの少しだけだが思い出した記憶を辿る。
そして、殆ど原作通りに進んでいることに気付き思わず苦笑しそうになった。
次いでに、この先のことも思い出せれば都合が良いのだが、どうもそう云う訳にはいかないか…。
などと、一人考えていれば、


「あの鴨居、頑丈そうだね。たとえるなら人間一人の体重に耐えれそうな位」

などと云っている太宰さんの声が聞こえハッとする。
彼がぼんやりと見上げている視線の先を見れば、確かに頑丈そうな鴨居があり思わず、そうですね。などと云ってしまった。

「立ち寄った茶屋で首吊りの算段をするなっ!あと、小僧も頷くな!」

と云う国木田さんの言葉が響いた。

「違うよ、首吊り健康法だよ。知らない?」

そんな国木田さんにそう云う太宰さん。
いや、そんなものあるわけないだろ。
首吊ったら死ぬよ。誰が信じるんだと思っていれば、

「何!?あれ、健康にいいのか!?」

えっ、信じるの!?国木田さん……。
彼の言葉に唖然としつつ、目の前の二人の様子を見ていれば、太宰さんがその首吊り健康法とやらの説明をし、それを真面目に手帳に書く。という謎の光景が繰り広げられていた。


「あの、そ、そう云えば、探偵のお二人の今日の仕事は?」

ああ、埒が明かないなぁ、と思いながら話題を逸らすためそうおずおずと聞けば、


「虎探しだ」


そんな答えが返ってくる。

「と、虎探し??」

ど、動物園から脱走でもしたのかな?
真逆、彼奴のことではないだろ?と思いながら彼らの次の言葉を待つ。

「近頃、街を荒らしている『人食い虎』だよ。」

などと太宰さんが説明してくれる。
『人食い虎』…、それは正しく自分のことだ。冷や汗が頬を伝う。


「最近、この近くで目撃されたらしいのだけど……」

ガタンッ

太宰さんがそう云った瞬間、思わず立ち上がってしまった。
何となくここに居ては不味いと思ったからかもしれない。

「ぼ、僕はこれで…、し、失礼します…!」

そう云って、後ずさり逃げようとすれば、いきなり景色が高くなった。

「待て」

どうやら国木田さんに後ろから襟を掴まれ持ち上げられているようだ。
身長の低い僕はもちろん脚がつかないため、ジタバタと抵抗するが離してもらえない。

「無理だ!彼奴に、彼奴に人が敵うわけない!」

彼奴と云っでも、それは自分の中にあるのだが…。

「貴様、『人食い虎』を知っているのか?」

真逆、はい自分です。なんて正直に云えるわけがない。
その問いにどうすれば良いか分からず、無言を貫いていれば、地面へと下ろされ強い力でそのまま押さえつけられた。

「うぐっ」

僕は本来、女である。
たとえ見た目が男だとしても、だ。
男女の力の差などもちろん明白で、抑えられた腕に力を入れてみても国木田さんはビクともしない。

「云っただろう、武装探偵社は荒事専門だと」

上から国木田さんの声が聞こえる。
まあある意味自業自得ってやつだろうか?と半ば他人事のように考えながら、国木田さんを睨みつけていれば、

「まあまあ、国木田君。君がやると情報収集が尋問になる。社長にいつも云われているじゃないか?」

と云う太宰さんの声が聞こえた。
すると、強く拘束されていた腕が解放された。
若干赤くなって、ヒリヒリと痛む手首を見つめていれば、

「それで?君と『人食い虎』には何か関係があるのかい?」

と太宰さんに問われたので、それに頷く。

「うちの孤児院は虎に壊されたんです。畑も荒らされ、倉も吹き飛ばされ、それで立ち行かなくなって僕は追い出された。」

まあ、僕がそれの犯人なわけだし追い出されない訳がないか…。なんて心のなかでつぶやく。
追い出されてすぐの時は、この異能力のことなんて知らなかった。
だから、何故自分が『穀潰し』などと云われるかなど皆目検討もつかなかった。
でもいざ知ってしまえば、この壊すことしか出来ない異能力のことを拒絶しそうになる。
これも自分の一部だと分かってはいるのだけれど…。
原作の…、本当の敦くんは…彼はどうしたのだろう。
これを受け入れたのだろうか?
僕は、いや私はこれを受け入れることができるのだろうか?
なんて尽きず疑問が湧いてくる。
僕は一体どうすればいいのだろうか、敦くん?なんて自問自答のようなことをしていれば、

「敦君」

と、太宰さんに声をかけられ、視線をあげる。そうだった、僕は尊でもあるけど敦だった。なんて何となく思う。
ああ、そう云えば『人食い虎』についての説明の途中だった。ということを思い出し再び口を開く。

「虎の狙いはきっと僕なんです。少し前に殺されかけて…」

彼奴は僕を追って街まで降りてきた、などと自分の異能について知らないふりをして説明する。

「空腹で頭は朦朧とするし、どこをどう逃げたかは…」

覚えていない、と続ける。

「それは、いつの話?」
「いつ、ですか…。えっと院を追い出されたのが2週間前。川で彼奴を見たのが、4日前です」

まあ、正確には鶴見川付近で暴れたのが4日前なんだけど、なんて思いながら話す。

「確かに虎の被害は2週間前からこっちに集中している。それに、4日前に鶴見川で虎の目撃証言もある」

と、手帳を捲りながらそう云う国木田さんと、何かを考えるような仕草をする太宰さん。
その鋭い眼差しを見て、また冷や汗が伝う。

あれ?なんだか嫌な予感が…。

「敦君、これから暇?」

ニコッと笑いながらそう聞かれゾッとする。矢張り嫌な予感的中だ。

「君がもし、『人食い虎』に狙われてるなら好都合だよね。…虎探しを手伝ってくれないかな?」

なんだ、その意味深な笑みは…。

「い、嫌ですよ!」

半分くらい嘘ついたのは謝るから!謝るから、もう見逃してください!神様仏様太宰様と、心のなかで土下座しながら叫ぶ。

「報酬も出るし、さ」
「うっ」

やめてくれ!僕にお金の話はっ!

「で、でも嫌です!」
「あ、国木田君は社に戻ってこの紙を社長に」
え、あの…。
「は、話を聞いて…」

「おい、二人で捕まえる気か?まずは情報の裏を取って…」
「いいから」

だから、二人とも

「僕の話を聞い……」
「よし!じゃ、行こうか。敦君」
「え、えっ。ちょーっ!」

腕を引っ張らないで!太宰さん!
強制連行とか嫌ですよ!謝りますから、本当に!
だから、その手を離して……。


(ああ、もうほんと)
(これでは自業自得じゃないか…)

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