透明なままの僕らはきっと

太宰さんに(無理矢理)引っ張られてやってきたのは何処かの倉庫だった。

「はぁ…」

ここに来てどれくらいの時間が経ったのかな?
もう外は大分暗くなってきたし……。
ああ、暇だなぁ…。
なんて太宰さんをチラリと見て思った。

「……」

太宰さんは、すぐそこにある箱に優雅に座って読書をしている。

しかし、彼が読んでいる本が問題だ。

『完全自殺』とか云う何とも危ない題名の本を横目に見てそう思う。
しかも、その本には沢山の付箋が貼られている。
ある意味凄い…。
どのような内容かなんて、絶対に想像したくない……。


それより、だ。
自分が噂の『人食い虎』だと結局云えていない。云う機会タイミングがなかったのだ。

「…ほ、本当にここに現れるんですか?」
「本当だよ」

熱心に本を読んでいる太宰さんに問いかければ、そう返ってきた。
現れると云うより、もう既に彼の目の前にいるのだけれど…。
あと太宰さん。
その『本当だよ』と云う確信は何処から来るんですか…。
も、もしかして僕のことばれてるんじゃ……。ま、まさかね…。
と、頭に横切った考えに冷や汗を浮かべる。


「心配いらない」

そんな僕を見て、彼が云う。
虎に怯えているようにでも見えたのだろうか。と、彼へ視線を向けながら考える。


「虎が現れても私の敵じゃないよ。こう見えても『武装探偵社』の一隅だ」

そう云い切った太宰さん。
そんな彼の姿に思わず感心してしまう。


「はは、凄いですね、自信のある人は…。僕なんて孤児院でもずっと『駄目な奴』っていわれてて…。そのうえ、今日の寝床も明日の食い扶持ぶちも知れない身で…」

あれ?今日出会った人に何云ってるんだ僕?
自分の口からポツリポツリと溢れてくる言葉に少し驚く。

孤児院に居た頃を思い出せば、

『天下のどこにもお前の居場所はありはせん』
『この世から消え失せるがいい』

周りの人たちに云われた言葉が頭をぐるぐると廻り始めた。


ああ、もうほんと、

「こんな奴なんかどこで野垂れ死んだって、いやいっそ、喰われて死んだほうが…」

そう声に出して云えば、何故か少しだけ気持ちが軽くなった。
そう云えば、こんなことを人に云うのは初めてかもしれない…、否、初めてだ。

なんて考えていれば、

「却説…」

黙って聞いてくれていた太宰さんが口を開いた。
そちらを見れば、彼はその倉庫の窓の方に視線を向けていた。
自分も彼と同じようにそちらを見る。
窓が空いていて、そこから夜空が見えていた。
月は雲に隠れていたようだが、段々と雲が退いていき、月が見えてくる。

「そろそろかな」

そう呟く太宰さんに、何がですか?と尋ねようとした時、

ガタンッ

「ひっ…!だ、太宰さん、今っ物音が…!」

後ろの方から何かの物音が聞こえ、慌てて振り返る。

「そうだね」

それに動じることなく、冷静にそう云う太宰さん。

「風で何かが落ちたんだろう」

と彼は続けて云う。

「真逆、と、虎ですかねっ!?」

立ち上がり周りを見回す。
自分が此処にいるのだから、その可能性は低いわけだが何故か思わずそう云ってしまった。

「座りたまえよ、敦君、虎はあんな処からは来ない」
「そうかもしれませんが!」

どうして判るのか?と聞こうと思えば、

パタン

と太宰さんは本を閉じて、また口を開く。

「そもそも変なんだよ、敦君」

その言葉を聞いて、あぁ矢張りと心のなかで呟く。


「経営が傾いたからって養護施設が児童を追放するかい?大昔の農村じゃないんだ。いや、そもそも経営が傾いたんなら、一人二人追放したところでどうにもならない」
「……っ」

矢張りばれてる。

「半分くらい減らして他所よその施設に移すのが筋だ」
「だ、太宰さん」

何かを云おうと言葉を探す。
が、何も出てこなくて下に向けていた視線を少し上に上げた時、月の光が自分を照らしているのに気づき窓の方に視線がいく。

「君が街に来たのが2週間前。虎が街に現れたのも2週間前。」
「……っ」

月を見た瞬間、ドクンと云う音が聴こえる。

「君が鶴見川べりにいたのが4日前。同じ場所で虎が目撃されたのも4日前。」
「…ッ」

まだドクンドクンと云っている気がする。
あれ?なんだか体が熱いなぁ…。

「国木田君が云っていただろう。『武装探偵社』は異能力を持つ輩の寄り合いだと。巷間こうかんには知られていないが、この世には異能のものが少なからずいる」

何だか太宰さんの声が段々と遠く聴こえる。


「力を制御できず、身を滅ぼす者もいる。大方、施設の人は虎の正体を知っていたが君にはおしえなかったのだろう」

ドクンッ!

ああこの感じ、また彼奴が出てくる。
次は何を壊すのかな?
もしかしたら、次は誰かを殺してしまうかもしれない…。
そう考えると、涙が頬を伝う。
何も壊したくないし、殺したくないなぁ…。


「君は少し勘づいていたようだが…。君も『異能力』だ。現身うつしみに飢獣を降ろす月下の能力者……」

太宰さんが何かを云った直後、ぷつりと意識が途切れた。


……ああ、誰か助けて、なんて…。



◇◆◇



「…ふぁ」


目を開ければ木目の天井が見えた。
少しだけカーテンが開いていたため、そこから射し込む陽の光が眩しいな。
と片手を目の上に持ってくる。


「ん、あれ?ここ、どこ??」


何かが可笑しいことに気づいて、慌てて体を起こし、キョロキョロと自分がいる部屋を見る。
自分は何故か布団に寝ていた。布団なんて久しぶりだ。
じゃなくて!

何故、自分はここに居るのだろう?


(も、もしかして、夢?)
(っ、いったい!夢じゃないっ!?)

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