世界は君色に色付く
<太宰視点>
「現身に飢獣を降ろす月下の能力者…」
そう云った途端、目の前に立っている敦君の姿が小柄なあの体からは想像がつかないほど、大きな大きな虎へと変貌した。
これが噂の人喰い虎。
真逆とは思っていたが、こんな少年がそうだったなんて…と考えながら虎を観察する。
目が合った途端、此方へと襲い掛かってきた。
ドオオーン!!
凄まじい破壊音をたてながら倉庫の中で暴れる虎の攻撃を素早く避ける。
周りに積まれていた荷物は虎が暴れたことですっかり木端微塵だ。
「こりゃ凄い力だ。人の首くらい簡単に
そう云って、次の攻撃を避け後ろへ下がれば、トンと足に硬いものがあたる。
「おっと…」
振り返ればすぐ後ろは壁だ。
追い込まれてしまったか、まあ負けはしないのだが…。
「獣に喰い殺される最後というのも中々悪くはないが、」
地面を蹴って迫ってくる虎を見据える。
そして片手を伸ばして囁いた。
「君では私を殺せない」
自分の手が虎に触れれば、その姿は段々と元の敦君の姿に戻り始める。
「私の能力は…、あらゆるほかの能力を触れただけで無効化する」
最後にそう云えば、すっかり元通りになった彼の体が此方へと傾き倒れてきたので、その小さな体を受け止めた。
「……、男と抱き合う趣味は……ん?」
ない、と云おうとして一旦口を閉じる。
そして、受け止めたまましゃがみこみ、敦君をまじまじと見た。
確か店を出たあと聞けば、歳は18だと云っていたはず。
男か女かは分かりにくい綺麗な中性的な顔。
男にしては低い身長。
まあ敦君くらいの背の高さの男もいるだろうが…。
それに柔らかい、……。
否、真逆…。服だって男物だ、が…。
「もしかして敦君は女性…?」
否、まだ分からないか。
「……」
それよりもそろそろ彼らが来る頃だ。
「おい、太宰!」
「ああ、遅かったね。虎は捕まえたよ」
丁度やって来た国木田君の声に答えながら、敦君の体を取り敢えず地面に横たえる。
「その小僧…。じゃあそいつが、」
「うん、虎の能力者だ。変身している間の記憶がなかったんだね」
薄々気づいてはいたみたいだけど、
「全く…。次から事前に説明しろ。肝が冷えたぞ」
自分が書いたメモを此方へ見せ云う。
そしてそれを仕舞えば一旦彼が入ってきた扉の方へと向かい振り返る。
「おかげで非番の奴らまで駆り出す始末だ。皆に酒でも奢れ」
彼の後ろには探偵社の社員達。
「なンだ。怪我人はなしかい?つまんないねェ」
「はっはっは、中々できるようになったじゃないか、太宰。まあ僕には及ばないけどね!」
「でも、そのヒトどうするんです?自覚はなかったわけでしょ?」
「どうする太宰?一応、区の災害指定猛獣だぞ」
与謝野先生、乱歩さん、賢治君、国木田君の順でそう云う。
どうする、か。
「うふふ、実はもう決めてある」
チラリと敦君を見れば気持ち良さそうにスヤスヤと寝息をたて眠っていた。
案外呑気なのだろうか…。
『こんな奴なんかどこで野垂れ死んだって、いやいっそ、喰われて死んだほうが…』
ああ、そういえばそんなことを云っていたっけ。
そんなことを思い出しながら口を開く。
ニッコリと満面の笑みもつけて。
「うちの社員にする」
「「「「はああぁぁああ!?」」」」
その言葉に皆の声が倉庫に響き渡る。
私がそう云った時の皆の顔といったら…、いや、なんでもない。
(大丈夫)
(これから世界は君色に色付くから)
人生万事塞翁が虎<終>