圧が怖すぎる

「ねね、なんか今日、めっちゃ視線感じるね…」
「だよね…。え、アンタもしかして何かやらかしたの?」
「…何もしてないけど、夢依こそなんかしたんじゃないの?」
「えー、何もしてないよー」


そんな会話をボソボソしながら今日も今日とてラウンジのとある一角を占拠して飲み物片手にたけのこを摘む。


今日はB級に上がったということで、今度から始まる防衛任務の説明を聞いたり、ランク戦や自主練をしたりするために本部にやってきた。

委員会やら用事やらがあったため、本部に数日ぶりに来たわけだが、そんな私たちに向けて、知らないC級やB級の人からちらちらと視線が送られる。だが、生憎私も夢依もそれを向けられる理由に心当たりがない。


「……はっ!」
「え、なに急に……」
「…ついに来たか!」
「ん、来たって何が?」

はっと顔を上げた夢依を見て首を傾げる。すると夢依は、綺麗なストレートの黒髪を耳にかけた。そしてふふんと笑っている。

え、急にどうしたんだ。そして一体何が"来た"というのか。

「モテ期よ、モテ期…」
「もてき…?」

上機嫌にそう言って、彼女はもう一個たけのこを持っていった。私もそれに倣ってパクリと食べる。

もてき、モテ期…?

突然に出てきた思いもよらない単語に一瞬理解出来ずに聞き返しながら、噛み砕いて飲み込んだ。んん?何故急にモテ期の話に通じるのかはよく分からなかった。

「名前は静かにしてれば、わりとモテてるからピンと来ないだろうけど、私には分かるわ!」
「はあ…」
「これはついに私の時代が来たのよ……」
「ほう…?」

うれしそうにそう声を上げる彼女の顔をまじまじと見てから、こちらに視線を送る人たちの顔を見やる。


「……」

残念だが、彼女の言うモテ期云々と彼らの視線が関連しているようには全く見えなかった。どちらかというと好奇心という感情の方が見える気がする。


「あっ、そういえば佐鳥くんが名前凄いねって言ってたよ。アンタそれこそ何かしたの?」
「……佐鳥くん?」

急に話がズレたように思えたが、これはいつものことなので気にせず、彼女のいう"凄いね"について考える。クラスメイトで同じくボーダーに所属している佐鳥くんは私と仲良しというよりは、夢依と仲良しである。まあ2人はお互いに同じポジションだし、夢依は何かと佐鳥くんの狙撃を褒めるので、女の子が大好きらしい佐鳥くんはいつもそれに喜んでいた。

そんな佐鳥くんに何かを評価して貰えるようなことを、最近した覚えのない私は「んー」と考える。何も思い浮かばない。とりあえずたけのこが美味いことしか分からない。

あっ、そういえば、隣の席の半崎くんも何か言ってたような気がするなあ。その時にいつものおっちょこちょいで水筒の中身をぶちまけそうになった別役くんのお陰で、何と言っていたのか、何を言おうとしていたのかは分からなかったけれど。


「身に覚えがないし、大したことじゃないんじゃない?」
「名前がそう言うのなら、そうなのかなあ」

2人して首を傾げてから、「まあいいか」と言って次の話に話題は切り替わる。次の話題は、めっちゃどストライク・マッシュこと、奈良坂先輩の話だ。

「アンタ、人の名前も顔も壊滅的に覚えられないくせに、奈良坂先輩のことはしっかり覚えてて最早怖い」
「そうかなあ…。でも仕方ないよね!あんな完璧なマッシュ見たのは久しぶりなんだもん」
「いやあ、今まで自分のことで手一杯で存在に気付かなかったけど、奈良坂先輩見た瞬間絶対名前が好きなマッシュって思ったわ…」
「さすが。分かってんじゃん」

そう言って自信満々に頷けば、夢依が苦笑いを浮べる。そしてこの前仕入れた奈良坂先輩の話を少しだけ教えてくれた。彼は狙撃手のNo.2らしい。しかも訓練の時に、的のど真ん中を永遠とぶち抜いていたらしい。すごっ、怖っと思いながら話を聞く。マッシュだけでなく、狙撃技術も完璧とか何それ凄い。


「そういえばこの前狙撃手No.1の……えっと、リーゼントさんが、私のこと"たけのこちゃん"って言ってたよ」
「あー、当真さんね」
「トーマさん」
「そうそう。……てか、アンタ学校でもたけのこちゃんって呼ばれてるの気づいてないの?」
「えっ、そうなの?」

なんだそれ。ちょー初耳…、と呟けば、夢依は苦笑しながら続ける。

「まあいつでもどこでもこのお菓子食べてたら、そうなるよね」
「まー、そうかもね」

別にこのあだ名嫌ではないしいっか、と言いながら今日のたけのこのお供であるブラックコーヒーを口に含んだ。うーん、やっぱり苦いなあ。でもこの苦味が意外といいんだよなあ。まあカフェラテが私の味覚にはちょうど良いんだけど。ブラックコーヒーの黒をぼんやりと見つめながらそんなことを考える。


「あ…」

すると急に夢依が声を上げたので、下に向けていた視線を前に向ける。彼女が見上げている方向の視界の端に誰かが映ったので私もそちらを見た。

「……あっ」
「よう」

もじゃもじゃの髪に、お髭に、この目。A級1位の太刀川さんだ。そこにたっていた人物を見て、私も夢依と同じように声を上げた。

同じポジションの人だし、何よりNo.1だし、この前の戦闘やインパクトのおかげで珍しく顔と名前が一致したその人は無表情のまま、じーーっと私を見下ろしていた。

「な、何か御用ですか?」
「……」

何か言うのかと思えば、太刀川さんはただひたすらにこちらを見つめてくる。目から何も感情が読めないせいで、ぞわりとしたものが私の背を走っていった。

「……」
「……」

怖い怖い怖い、怖過ぎる!!何か言ってくださいよ!と私は心の中で叫ぶ。目の前の夢依は私と太刀川さんを見比べて、「え?何、あの太刀川さんと知り合いなの?」と小さく呟いている。

「……えっと、あの」
「なあ。おまえ、師匠とかいるか?」
「へっ!?」

急に何だ。師匠?師匠って攻撃手の師匠ってこと?困惑しながら太刀川さんを見つめるが、やはり感情は何も読めない。

なんだこれ、拷問とか取り調べを受けてる気分だ。……まあ、受けたことはないけど。

「……」
「あ、え、……師匠は、いないですけど」

ふるふると小さく頭を横に振りながらそう呟くように言う。それに太刀川さんは「おー」と声を発し、そしてこくっと頷いた。それらの動作をしている時、先程よりも周りからの視線が多く、そして鋭くなっていることに気づいた。

ひええ。私が一体何をしたというのだ。


「俺は太刀川慶」
「…あ、はい。存じ上げております。苗字名前、です」
「ふっ、ぞ、存じ上げております…って」

急な自己紹介に慌てて答える。若干声が裏返ったのと、変な言い回しになったせいで目の前の夢依が小さく吹き出した。ちゃんと見えてるんだからな!という意味を込めて、夢依をちらりと見た。彼女はめっちゃ笑っていた。確実にこの状況を面白がっているらしい。


「…苗字」
「は、はい!」
「俺の弟子にならないか」
「え、あ、お断りします」
「フッ」

急にグッと顔を近づけられたかと思えば、告げられた言葉に私は吃りながら返す。あまりに早すぎる即答に夢依は耐えきれなかったのか更にクスクス笑っている。

「な、何でだ!?」
「えっと、それは……」
「それは?」
「こ、怖いから、ですぅ…!」
「エッ…!?」


怖い。太刀川さんの圧が怖い。あとちょっと近いっス。そして周りの視線も痛いし、怖い。

私はふるふると首を振りながら立ち上がる。そして机の上のたけのこを太刀川さんに押し付けた。たけのこに手を伸ばしかけていた夢依が「あっ」と声を上げるが、それどころではない。太刀川さんは、私とたけのこのお菓子が入っているその箱を見比べている。

「これ、残りですが差し上げます。えっと、じゃ、失礼します」
「……」

絶句といった表情で固まった太刀川さんに一礼してから、夢依の手を引っ張ってその場を後にする。太刀川さんは呆然と私たちを見ていたが、引き留めはしなかった。


◇◆◇



「えー、あんた1位に弟子にならないかって言われて、普通断る?」
「だって…、圧が凄かったし、怖かったし」
「確かに勢いは凄かったね。でもあんたの即答も中々だったよ」
「……うーん、たしかに。…でも私、師匠が欲しいとか特には思わないしなあ」

確かにあの太刀川さんが、折角「弟子にならないか?」と言ってくれたのだから、数日時間を貰って考えても良かったのかもしれない。考えた結果がどうであれ、即答は失礼過ぎたか…?何だか太刀川さんには凄く悪いことしちゃったかも……。


「ま、1回断ったし、防衛任務とかランク戦で相手になる以外に関わらないでしょ」
「……それもそっかあ」

夢依の言葉に頷いてぽつりと零す。A級1位と関わることなんて滅多に無さそうだし、今更考えても仕方ないか。

「そんなことよりオペレーター探ししようよ」
「……私にとっては割と"そんなこと"では無いんだけど?」
「いや即答した奴が何言ってんの?」
「……それはそうだけど」

はいはい、断ったんだから今更でしょ!そう言って夢依は私の背を叩いた。そして私の手の中にあるコーヒーの空き缶をひょいっと取ると、自販機の横のゴミ箱にそれを投げ込んでいた。こら、投げちゃダメでしょ、何て言って、何故か相変わらず向けられる好奇の視線を感じながら廊下をゆく。


その頃たまたま聞いてた隊員の間で『B級なりたてで、あの太刀川さんと1本引き分けた女子が、太刀川さんからの弟子の誘いを断った』だなんて噂(一応真実ではある)が流れ始めていることなど知る由もなかった。

そして、その当事者である太刀川がたけのこをもぐもぐしながら、ニヤリと笑っていることなど知る由もなかったのだ。

__これが太刀川慶に散々追われる日常の始まりになるだなんて、誰も思わなかった。

(あー、やっぱり面白いな、あいつ。)
(益々弟子にしたくなった)

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