「あ、知ってる!B級なりたての子だって聞いた」
「マジか、村上先輩や緑川とかに続きすげーな今年は…」
名前がボーダー本部に訪れていない数日の間に、ボーダー本部のとある戦闘を見ていた者たちを中心にそんな話が流れていた。そしてそれが噂となって少しずつ伝播していく。
「え、ログ残ってねーかな?」
「あるらしいぞ。ちなみに引き分けたのは10本目」
残されていた戦闘のログを見て、「お、マジだ」やら「この子戦ったことあるけど普通に強かった」やらと口にする者がいるせいで、彼女の存在は割と色んな人に知られてしまう。
中には「この子いつもラウンジでたけのこの某お菓子広げてるよな」と言う者がいたので、『いつもラウンジでたけのこのお菓子食べてる女の子が、太刀川さんと1本引き分けたらしい』とも広まった。おかげでラウンジでは、その子が今日はいないかとチラチラ視線をさ迷わせる隊員が増え、賑わっていた。
「へえ、たけのこちゃん太刀川さんと1本引き分けたのか?やるねー」
「たけのこちゃん?」
「いつもラウンジでたけのこの某お菓子広げてる女の子がいるんだけどよー」
「あー、知ってる。半崎と同じクラスの」
色んな隊員が言っている噂を聞いて当真はこの前会ったとある女子を思い出す。「タケノコ誘拐犯さん」だなんて変なあだ名を自分に付けて呼んだ彼女の印象は割と濃かった。
そんな当真の呟きに反応した荒船は、自分の隊の後輩である半崎が「また苗字がラウンジでたけのこのお菓子広げてた」という話をしているのを聞いたり、自分の目でもその様子を見たりしたため直ぐに思い当たった。
「ま、動きは悪くねえな」
「B級なりたてならフツーにマシな方だろ」
その戦闘が気になった2人はログを見てそんな会話をする。3本目の動きも良かったが、太刀川相手だ。簡単に負けてしまった。これから磨けば攻撃手でも結構上位になれるだろうな、だなんて呟きながら、10本目を見る。
途中までは他のと変わらない太刀川が圧倒した闘いだった。しかしとある場面で、太刀川の弧月を苗字が躱す。まだまだ経験の浅い隊員なら慣れなくて簡単には躱せないようなスピードであった。それでも彼女は太刀川の動きを見切ったような立ち回りで、弧月を逆手に持ち替えて太刀川の胸を刺していた。しかし、太刀川も躱された瞬間に振り返り苗字の胸を刺している。
「なるほど。これで引き分けか」
「ふーん、良く見えてんな」
まだまだ立ち回りは初心者であるが、この様子ならすぐに化ける。あとは、
「どの隊が取るか、か」
「結構噂されてるしなあ」
ボーダー内での話題性はバッチリだろう。今年は結構実力があるやつが多いしな、なんて会話をする。ワンチャンA級行けんじゃね?あとは経験とか、慣れとか、使うトリガーとか、自分なりの戦闘スタイルを見つけるだとか強い奴と戦うだとか、そういった方面も含めて訓練を積み重ねればこいつは強くなるだろう。
「さて、どうだろうな」
「太刀川さん、B級なりたての子と1本引き分けたってマジ?」
「おー、出水。マジマジ」
「槍バカが言ってたのって本当だったのか」
出水は作戦室に入るなり、ソファに座っていた太刀川にあの噂について聞いた。それに太刀川は肯定しながら頷いた。
「いやあ、手は抜いてなかったんだけどなあ。油断したか、とはちょっと思ってたけど、よく思い出したらそうでもねーし」
「へー」
もぐもぐといつものように餅を食べ始めた太刀川を見て、出水は気の抜けた返事をする。
「可愛い子らしいっすね」
「おう。可愛かったぞ」
実際に見たやつや、ログを見たやつが「かわいい」と言っていたとも聞いたのでそう言えば、太刀川が頷く。俺も後でログ見てこよーかな、と出水はぼんやりと考えながら、ポケットからスマホを取り出していじり始める。米屋から送られてきたメッセージを見て、何返そうかな、と考えていれば餅を食べ終えた太刀川が出水に声をかける。
「なー、出水」
「はいー?」
「俺、あの子を弟子にしたい。中々面白いやつだったし」
「……良いんじゃないですか?」
ただ太刀川さんに"師匠"というものが務まるのかは分からないが。それを口にせず出水はそう返した。
そんな会話をしていれば、作戦室の扉が開く。ちらりとそちらを見れば、隊のオペレーターである国近と、同じくオペレーターで、国近の友達、そして出水とはクラスメイトの
それから十数分後、瀧は何かを思い出したように太刀川を見る。
「ねね、太刀川さん」
「んー?」
「B級なりたての子と1本引き分けたのってほんとー?」
「おー」
やはり話題は"それ"らしい。太刀川の生返事を聞いて、瀧は何かを考える素振りをした。そして数十秒の間があき、再び太刀川に問いかける。
「その子さ、チーム組んでそう?」
「あー、どうだろうな。仲良さそうな子は1人見たけど、B級上がりたてみたいだし、まだかもな」
「なるほどー」
太刀川の言葉にうんうん頷いた瀧を見て、国近の目が輝く。
「おっ、もしかして!瀧ちゃんついに!」
「そ!柚宇ちゃん!私、そろそろ隊を組もうかなって!」
そう言ってきゃあきゃあ騒いでいる。へー、ついに瀧のやつ隊を組むのか、と話を聞いていた出水の頭には1人の男が思い浮かぶ。
同じ射手であり、長めの髪からは表情も読めず、常に出水たちの作戦室できゃあきゃあ騒いでいる瀧とは真反対の男、福丸
「なあ、がっくんはどーすんの?」
「あー、岳?もちろん引っ張ってくよ。別にコミュ障なのはいいけど、流石に今のままはまずいでしょ?」
「はは、がっくん嫌がりそうだな」
瀧に引き摺られる岳を思い浮かべる。出水ですら時間をかけてようやくどうにか会話できるレベルまで漕ぎ着け、親しみがもてそうだと「がっくん」とあだ名をつけた彼は絶対に拒否するだろう。
まあ力関係は瀧が強いので、最後は強行突破されるだろうけど。簡単に目に浮かぶ光景に出水は苦笑する。
「まあ、まだ隊を組んでるかは分かんないからそこを聞くところから始めるけどねー」
「隊を組めたらいいね」
「だねー」
瀧と国近はそう言って頷き合うと、また画面に向き直ってゲームを再開した。その様子をしばらく見てから出水はまたスマホに目を落とした。視界の端で太刀川が「ランク戦してくる」と言いながら作戦室を出ていくのが見えた。
それから数日の間、太刀川は苗字名前を探しているらしかった。「いつもたけのこのお菓子食ってる子、今日見てねえ?」とランク戦の合間や、ラウンジなどで聞いて回っていた。
そして、ようやく姿を現した彼女に「弟子にならないか?」と声をかけ、「お断りします」と即答で断られたという噂がまた流れ、一部の隊員に爆笑される結果に終わった。
しかし、太刀川慶は諦めていないらしかった。
「なー、出水」
「何です?」
「俺、やっぱあの子を弟子にしたいわ」
「は、はあ…」
まさかそれから暫く太刀川のこの言葉を聞き飽きるくらい聞かされるなど、その時の出水は思ってもみなかった。
(太刀川さん、師匠になるの断られたってマジっすか?)
(おー、まじまじ。てかなんで知ってんの?)
(結構噂になってますよ)
(マジ?)