福丸隊結成!

「いやあ、お前やるなあ…!」
「は、はあ…」
「ま、頑張れよ」
「ありがとう、ございます…?」

一体何なんだ。何が起こっているのだ?そう困惑しながら、隣を歩いていた夢依に視線を向けた。夢依もぱちぱちと瞬きをしていたのでよく分かって居ないようだ。


「あの人、ボーダーの人だよね?」
「うん、多分…?」

去っていく姿を見てぽつりと呟いた。まさか学校の廊下で偶然すれ違った見知らぬ人に急に声をかけられるとは思ってもみなかった。そして一体何が「やるなあ」なのだろうか。最近、何だか自分の知らないところで色々と起こっている気がする。気がするが、何が起きているのかは分からない。


◇◆◇


そんな現象は本部に行っても起きた。先日よりも明らかにこちらに向く視線が多くなった。そして何やらひそひそ噂されてる気がする。

「なになに、何でみんなこっちをちらちら見るの?」
「知らないよ。本当に何かしたんじゃないの?」
「してないって。何か問題起こしてたら呼び出されるじゃん」
「それは確かに」

何だかラウンジは居心地が悪かったので、場所を変える。奥まったところに設置されている自販機とベンチの周りにはあまり人がいない。そこで2人で何が起きているのかを考える。B級に上がってから太刀川さんが恐いし、気まずくて、あまりランク戦ができていない私と、委員会やら家の用事やらでほぼ狙撃手の訓練に参加できていない夢依。この数日で何が起こっているのかの情報を圧倒的に知らなかった。


「……た、たけのこ食べすぎた?」
「そんな理由で見られるわけないでしょ」

私に関係があることと言えば、それしか思い浮かばない。毎日食べているわけではないが、本部に来た時には割とラウンジでたけのこパーティーしてる気がする。いや、たけのこパーティーってダサいな。

お茶会 〜たけのこを添えて〜

か?いや、更にダサさが増してるな。まあ今はそんなことどうだって良い。

「だよね!たけのこ出禁とか言われたら私、多分死んじゃう」
「そんな限定的な出禁あってたまるか!」
「でも、きな粉餅?はダメって聞いたよ」
「え、そうなの?」
「何でかは知らないけど、B級の人?が言ってた!」

残念ながらその人の顔は何となく分かるが、名前は知らない。そして何故きな粉餅だけダメなのかも知らない。昔事件でもあったのだろうか。だって、きな粉餅はダメってだけで、他の餅はダメとは聞かないし。大豆アレルギーの人が多いとかなのだろうか。


「…これは明日、半崎くんか、笹くんに聞こうかな」
「別役や佐鳥くんにも聞いてあげなよ」
「別役くんとは連絡先交換してないままだし、2人とも明日は学校は防衛任務とか広報とかで来ないって」
「あ、そーなの」

隣の席の半崎くんや、同じクラスでボーダー所属の笹くんこと笹森くんならきっと知っているだろう。今日聞いても良いのだが、わざわざメッセージ送ることでもないような気がする。

会うにしても、まず半崎くんは狙撃手だからなのか、いつもみたいにゲームしてるからなのかあまり本部では会わない。

笹くんは攻撃手だからランク戦するとこにはいるかもしれないけど、あそこは太刀川さんが度々出没するらしいと知ってから、怖さと気まずさで近づけない。私も攻撃手なのに!まあ弟子断わって勝手に気まずく思ってるだけなので、もしかしたら太刀川さんは気にしていない、かもしれない。まあまだ1回も会っていないけれど。


「とにかくこの居心地の悪さから抜け出したい」
「まじそれ」
「私は幸せにたけのこを食べたいだけなのに」
「そしてできることならチーム組んで、頑張りたいのに」

この状況では何だか人に声かけるのも怖い。動物園のパンダになった気分だ。もしくは水族館のマンボウ。まあマンボウみたいに身体は割とガチガチに硬いくせに、ストレスマッハで世界にサヨナラしちゃうほどの弱メンタルではないけれど。

とにかくどうにかしないとね。そうだね。そう小さい声で2人で喋っていると、目の前に誰かが止まった。


「……」

これは!最近の経験から分かるぞ。この感じは太刀川さんだ!そう思って恐る恐る顔を上げる。しかし、そこにはショートヘアが似合う美人な女の人と、ボサボサ髪の男の人がいた。男の人は1歩どころか2歩下がったところにいる。前髪が長くて顔は全く見えなかった。


「あなたたち、もしかして苗字名前ちゃんと、八色夢依ちゃん?」
「へ?」
「え、あ、そうですけど?」

どちら様だ?と首を傾げる。そんな私と目が合った女の人はニコリと笑った。か、かわいいぞ!この人!


「私は福丸瀧。で、こっちは__」
「………」
「こら、自己紹介!」
「ふくまる…がく」

女の人が自己紹介して、後ろの男の人にもそれを促すように振り返る。するとさらに一歩後ろに下がった男の人を見て、彼女はそう言った。ボソボソ、小さい音が耳に届く。その声量はどうにか届いたが、今にも空気に飲まれて消えてしまいそうだった。


「??……福丸さんと福丸さん?」
「ご兄弟ですか?」
「そうそ、私が姉で、こっちが弟よ。双子なの」

双子なのか。タキさんがお姉ちゃん、ガクさんが弟くん。心の中でそう呟く。しかし、なんでこの人たちは私たちに声をかけたのだろう。

「あの、何か御用だったり…」
「あはは、かったいねー。でもそうよ。あなたたちに用があるの」
「えっと、何ですか?」

当然初対面のため、何の用があるのか検討はない。もしかしたら、視線の理由についても知れるのでは、と彼女の言葉を待つ。


「私たち4人で隊を組まない?」
「え、隊ですか!?」
「あれ?もしかしてもう組んでたりする?」
「い、いえ!まだですけど…」

そう言って首を振る。思わず声が大きくなったのは、急な言葉に驚いただけだ。夢依と「誰か探して組みたいねー」と話してはいたが、知り合いは既に隊に所属している人ばかりだし、私は人の顔と名前を覚えられないし、B級に上がるために色々していて結局まだ探せていなかった。

「私はオペレーターなの。岳は射手よ」
「オペレーターと射手ですか!私が狙撃手で、名前は攻撃手です!」
「く、組めるね!夢依!」
「組めるね!」

隊を組むのに必要なため探そうとしていたオペレーター。そしてもう1人は絶対に欲しいと思っていた隊員。それが同時に舞い込んできて、夢依と手を握りあってきゃあきゃあ喜ぶ。つい自分たちの世界に入るのが私たちの悪いところなのかもしれない。しかし、そのことは特に気にしていないらしい姉の方の福丸さんは、弟さんにしきりに視線を向けている。

「岳、アンタも何か言ったら」
「……」
「ごめんね、この子人見知りな上にコミュ障で」
「いえいえ、気にしてないです。私たちで良ければ福丸さんよろしくお願いします」
「ですです。よろしくお願いします」

まだ隊を組むか決まったわけではないのについ喜ぶ。夢依も嬉しいらしい。ずっとニコニコだ。


「福丸さんじゃなくて、瀧で良いよ。岳のことも岳で良いし。ねえ?」
「……」
「OKです!瀧さんと岳さん」
「瀧さん、岳さん。瀧さん、岳さん」

やはり岳さんは喋らないが私も夢依も気にしない。それよりも名前を覚えないとと、何回も何回も呪文のように小さくその名前を繰り返す。すると「ふっ」と笑う声がした。夢依でも瀧さんでもない。男の人の声。顔を上げれば、口の端を軽く持ち上げた岳さんがいる。そして呟いた。「呼びすぎ、だよ」と。「あ、笑ってる。めっずらしい」と言う瀧さんの声が同時に聞こえた。


「ご、ごめんなさい!人の名前とか顔とか壊滅的に覚えられなくて」
「全然いいよ、どんどん言っちゃって。岳岳岳って」
「やめろ」
「急に冷たっ」
「岳さん、岳さん、岳さん」
「なんで夢依が言うのさ!」

まあこの流れのおかげで多分覚えられただろうけど。そう思って顔を上げる。夢依はいつも通り、いやむしろいつもよりもニコニコ笑ってるし、瀧さんも表情は明るい。岳さんはさっきまでとは違って、少しだけ固さが取れたように見える。

「相性は悪くなさそうね」
「ですね」
「そうですね!」

そう言って頷きあっていれば、岳さんが口を開いた。

「……でも」
「でも?」

しかし、すぐに閉じてしまう。どうかしたのだろうか?そう首を傾げていれば、瀧さんが苦笑した。

「私たち双子はね、アニメとか漫画とかゲームとかそういうのが好きでね。その、オタクっていうやつで」
「えっと、それがどうしました?」

ん?別に趣味があるのは良いことだろう。一体何が問題なのだろう。

「ほら隊を組んだら、作戦室とか色々私物で溢れちゃうだろうし、話に入りにくいかもしれないし、推しについて語りだしたら止まらないし」
「…嫌、だろ?そんな奴と組むの?」

そう言って2人はこちらを伺う。私は夢依と目を合わせた。ぱちぱちぱち。そしてまた2人の方をむく。

「特に気にしないです」
「ですね」
「いや、無理しなくても」
「いや、無理とかじゃなくて。…だって、私の傍にはいつも常に推しを常備して、常に推しについて語ってて、平和が1番とか言いながら何気に推しを押してきて、口癖は推し最高な女がいるわけで」

ん?推しを常備?語る、押しつける?口癖が推し最高な女?誰のことだ?と夢依を見やる。目が合った。お前のことだよ。彼女の目は確かにそう言ってた。

「はっ!推しって"たけのこ"のこと!?」
「それ以外何があるの!」
「あう」
「……」

もー、チョップすることないじゃん。

「はあ、まあ間違ってはない。むしろ合ってるけど」
「まあ、こんなのがいつもいるので、ジャンルは違っても気にしないです。てか、オススメのアニメとかありませんか?興味あっても中々手を出せなくって」
「こんなの、って…。まあ私も夢依に同意です。てか、私もアニメとか漫画とかゲームとか詳しくはないけど好きですよ?」

そう言って2人を見る。なにやらプルプル震えている。え、どうした?何かマズかった?そう不安になったが、どうやら違うらしい。

「組もう!隊!」
「へ?あ、はい!組みましょ!」
「よ、よよ、よろしく!」
「よ、よろしくです!」

瀧さんも岳さんも何故かテンションが急にめっちゃ高い。それに呆気にとられながらも夢依と「はい!」と頷いた。


「えっと、夢依ちゃんと名前ちゃんって呼んでいいかな?」
「いいですよ!何なら呼び捨てでも良いですし」
「おー、じゃあ呼び捨てしちゃおうかな!あと、私ら1つ歳上だけど、2人とも敬語なくて良いからね?…ね、岳?」
「…うん」
「りょ、了解です」
「はい、敬語〜」
「了解!」

それにしてもなんで私たちが1つ下って知ってるんだろう?と思っていれば、同じ学校に通ってて見たことがある、というのを聞いた。なるほど、なるほど。


「ねー、名前。アレ聞いちゃえば?」
「アレ?」
「ほら、名前分からなくて検索しようがなかったマッシュの…。2人なら分かるかもよ」
「ああ!」

確かにこの2人なら知っているかもしれない。そう思って、スマホを取りだした。友人から送られてきた写真を探すために手を動かす。友人も私たちもあまり詳しくないため、「名前、これ好きそう」と言われて見て「好き!誰?」と聞けば「誰かは知らん」と返ってきて結局何も詳細が分からなかったとあるマッシュのキャラクターだ。多分画像的にゲームだと思われるが、何かは分からなかった。

そんな私たちを見て瀧さんも岳さんも首を傾げている。私は「あった」とその写真をタップして2人に見せた。


「このキャラ!このキャラ知りませんか?」
「あ、これあれじゃん」
「なっつ」

敬語になっていることなど忘れて聞けば、2人は思い当たる節があるらしい。そしてとある言葉を教えて貰ったので、検索してみる。すると、そのキャラの画像が出てきた。どうやらその言葉は名前だったらしい。

「うわ、すご。1発じゃん」
「…うん。マッシュ、尊い」

夢依と2人でスマホを覗き込む。割とどストライクだったマッシュが画面に溢れている幸せ。1年と半。ようやく彼の名前が分かった瞬間だった。

「このゲーム、割と古いからねー」
「今度3が、出る」
「3?」

ん?と岳さんの言葉に首を傾げる。そして、ああ、3作品目ということか、と数秒たってようやく理解した。某何とかクエストも5とか8とかあるって聞いたことあるし。そんなことを考えていれば、更に岳さんが続ける。

「このキャラ今は1でしか出てないけど、3ではこのキャラがいる側の視点で冒険できる。多分今までと同じ方式だから、後からこのキャラ選択で選べる、と思う。あとこのゲームは、3からはオープンワールドだし、景色とかファッションとか武器とかも凝ってて……って、ごめん。語りすぎた」
「いえ。……が、岳さん!」
「な、に?」
「最高ですか!神ですか!」
「はい?」

今まで知る事の出来なかったことを知れて私は思わず声を上げた。ようやく迷宮入りから抜け出せたと思えば、新たな情報に心が躍る。つい声が大きくなってしまったため、少し岳さんは肩をビクリと震わせた。申し訳ないです。

その3が出るゲーム機って何ですか?や、岳さんプレイしたことありますか?と矢継ぎ早に聞く。それに彼は頷きながら答えてくれる。

「あ、このゲーム機。家に2台あるやつ」
「マジで?」
「倍率結構エグかった気がするけどなあ」
「えっと、お兄ちゃんというかお母さんの弟だから…えっと、叔父が何かの景品と応募でほぼ同時に当てちゃってて」
「あー、あの人、運凄いもんね」

そう。一緒に住んでいる叔父(現役大学生)こと、お兄ちゃんは、運が良い。半年前くらいにこのゲーム機が発売されたとき、倍率高いだろうしといくつか応募して当てたものと、クジ?かなんかの景品で当てたものの2台が家にあるのだ。1台はもちろん彼が使っている。もう1台は「興味あるならあげる」と言われ、つい頷いたため私の部屋の隅に置いてある。離れて暮らしてる私の弟たちにあげようと思ったが、母からゲーム機は充分あるし、何なら1台はあると言われたため、結局渡してないし、使っていない。


「あれでできるのか」
「できるね」
「……一応1台は私用なんで使えるんですけど、ゲームってしてる人を見ることはあっても自分ではしなくって…」

操作とか扱いとか全く分からない。そう呟いた。すると、急に私の肩を夢依が叩く。

「え、なに?」
「隊を組んだら作戦室貰えるじゃん」
「う、うん?」
「他の隊の人も結構色々置いてる人いるみたいだし、作戦室に置いておいて、岳さんや瀧さんたちとすればいいじゃん」
「たしかに!…いや、でも。迷惑じゃ…」

私みたいな初心者と一緒にするとか流石にストレスなのでは?と2人の顔色を伺う。

「いや、全然!てかゲーム仲間が増えるとかめっちゃ嬉しい」
「それな」
「本当ですか?」
「ええ。あとさっきから敬語になってるよ〜」
「は、はい!じゃなくて、うん!」

迷惑、じゃないのか。寧ろ嬉しいと言ってくれて、私こそ嬉しい。

「あ、あの!私が使ってない時、使っちゃって良いですからね!隊のってことで」
「いいの?」
「はい」
「丁度4つまでコントローラー繋げれるし、みんなでしよう!」
「おー、いいね!」

なんてついつい廊下で盛り上がってしまった。そして、はっ、とみんな正気に戻る(別に正気じゃなかった訳ではないけれど)。

騒いでしまったが、人気ひとけのないことだけがある意味救いだったかもしれない。気が付いたら2人と出会って随分と時間が経っていたのだ


そして改めて隊を組もうと言う話になった。こんな調子ならきっと大丈夫だろう、と。

「で、隊長誰がするの?」
「隊の2分の1は福丸なんだから、瀧さんか岳さんでよくね?」

隊を申請するにあたり、隊長は決めなければならない。夢依がぽつりとそう言った。

「じゃあ岳で」
「え、え?オレにはちょっと…」
「岳さんが隊長!良いですね!」
「いや、荷が重い…重すぎる」
「こういうのは経験よ!アンタの好きな○○もリーダーじゃない」
「いや、これとそれは別…」

と岳さんは言っていたが、どうやら瀧さんの方が強いらしい。気がつけば完全に彼は丸め込まれていた。

(B級福丸隊結成!)
(いえーいっ)
(わーい!)
(…オレ、隊長いけるの?これ…)

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