燃え尽きた星がぽとり落ちた



__あの星はもしかしたらもう無いかもしれない。

誰かが私に言っていた。際限のない空を見上げてその人はぽつりと言っていた。

今見てる星空は気の遠くなるほど昔の輝きで、今はもしかしたら存在なんかしてなくて、たまに落ちてくる流れ星があの星かもしれないとかそんな話。

流れ星は実際宇宙の小さな塵だったけれど、それでも見上げたそらはとっても綺麗だ。とっても。


◇◆◇


「......眠れない」

もう何回寝返りを打ったか分からない。回数を重ねるほどさらに意識が冴えていく気さえする。

この前、出水くんと通話した時はすんなり眠れたのにおかしいな。出水くんって、魔法使いか何かなのかな?

そんなことを考えながら欠伸をこぼす。欠伸は出る。沢山夜の闇に溶け出ていく。でも寝付くことは出来ない。


よくあることだ。最近こういうことが増えた。眠れないか、寝過ごすか。このどちらかになることが増えた。3日くらい眠れない時もあれば、1日ずっと眠ってしまっていた時もある。

私はもしかしたら錆び付いたおもちゃのように段々と動かなくなっていくのかもとか、眠ってしまったらもう目を覚ますことないかもしれない、なんて。子どもが考える杞憂のようなことを思うこともある。あながち杞憂で終われなさそうで怖い。

でも、現実に変に期待するよりそっちの方が幸せかもしれない。そう思う時もある。


明後日も、今日も、昨日も、明日も全部が全部、ぐらぐらと不安定で全部ぐちゃぐちゃしていて、そしてぼやぼやと色を失っていく。


私も流れ星みたいに綺麗に流れられたらな。それで遠い遠い星の未来ちゃんに.........___。


「......はあ」

ダメだ、眠れやしない。

眠るのを諦めてベッドから這い出る。スマホを短パンのポケットに入れてそのままベランダに出た。

このアパートのベランダからは警戒区域がよく見える。こんなところに住むのは危ないと言われたけれど、私はここが良い。生まれた場所が思い出が少しでも近くで見れるここが良いのだ。

「星、綺麗だなあ」

反対側の景色と違ってこっち側は暗闇が多い。本部以外のほとんどの建物は無人であの日の姿のままだ。近界民の襲撃によって崩れてしまったものも多くあれど、ここから見える景色はずっと時が止まったみたいにそこにある。

「.....」

明かりがあまりないから少しだけ星空が見える。昔は気にしたことなかったけれど、あの頃はきっと今よりもっともっと見にくかっただろうな。

街灯とか自販機とかコンビニとかそんな明かりすら消えてしまった静かな町を見て思う。


「お兄ちゃんののココア飲みたいな」

寝付けない時、勘づいた兄が淹れてくれるココアは程よく甘くてとても美味しかった。でも、あの日々が帰ってくることはもうない。

だって、全部全部あの日、瓦礫の下に埋まってしまったのだから。

「あ、流れ星」

___今日は宙がとても遠いなあ。


◇◆◇


結局昨夜は寝付けなくてぼんやりとした眠気を引き連れて歩いていれば学校に着く。いつもよりも早く着いてしまっていた。クラスのみんなはまだあまり登校していない時間だった。


「名前ちゃん、おはよう」
「辻くん、おはよ」

教室に入る。やはり人が少ない。

自分の席に荷物を置いて、教科書を机の中に入れていると辻くんが声をかけてきた。彼は斜め前の席だ。辻くんっていつもこんなに早いのだろうか。それを聞いてみた。彼は言う。今日はたまたま早く準備ができたから早く来てみた、と。

「名前ちゃんは?.....そっちこそ珍しい」
「私?私はね」

そんな彼が何故 私のことを「名前ちゃん」と呼ぶかというと、彼と初めて会った時に未来ちゃんが「いとこの名前ちゃんです」と紹介したからだ。

"いとこ"という言葉から私の苗字も彼は「鳩原」だと誤解したらしかった。同い年だから「名前さん」はちょっと変な感じがするし照れるとか言っていたかもしれない。呼び捨てはさらに無理みたいだった。だから彼は私のことを「名前ちゃん」と呼ぶ。私が苗字名前であると知ったのは彼と随分と話せるようになってからだ。私もまさか私の苗字を鳩原だと誤解しているとは思っていなかったのであの時はちょっと驚いたなあ。


「2人は結構似てるよ」

あの日、未来ちゃんがそんなことを言っていた。正確には昔の人見知りな私と、女の子の前で慌てふためく辻くんがそっくりなんだって。あとひゃみちゃんもここに加わると「3人は似てるよ」らしい。

そういえば、辻くんとはじめましての時、顔を真っ赤にして慌てるあの様子には結構びっくりしてしまった。そのままどこかへ逃げてしまうものだから次は唖然としたんだっけ?その時の私は、彼が女の子が得意でないことを知らなかったから、初対面でいきなり嫌われたのでは?とも思ったし。

そんな辻くんと話せるようになって随分経ったなあ。昔は未来ちゃんに真ん中に居てもらっていたのに、今ではこんなに普通に雑談できるようになった。


「今日、ボーダーは?」
「当真さんに集合かけられてるから行くよー」
「集合?」
「また鍋でもするんじゃないかなあ。あ、いやでもこの前たこ焼き器持ってきてたからたこ焼きかもしれない」

ドヤ顔でこれなーんだ?と言っていた当真さんを思い出す。屋台とこの前当真さんが鍋に入れてた時以外でたこ焼き食べたことないって言ったから、家から持ってきてくれたらしい。なんでも彼なりの黄金比でたこ焼きの生地?って言うのかな?それを調合してくれるらしい。楽しみである。

前から一緒に部隊を組もうと言ってくれていた当真さんがいる冬島隊に入って結構経った。それはつまりあの勝負からも結構経ったということ。

「へえー」
「黄金比聞けたら次は一緒にたこ焼きする?」
「いいかも」

犬飼先輩はもちろん、二宮さんも案外ノリノリになってくれると思う。多分焼肉の時のようにジンジャーエール片手にひっくり返してくれると思うんだ。もしそんな姿が見れたら、写真を撮らせてもらって出水くんに見せよう。二宮さん、焼肉だけじゃなくてたこ焼きにもジンジャーエールだよって。似合ってるでしょ?って。


「辻くん今日は防衛任務?」
「今日はないよ」
「じゃあ本部行かない?」
「今日は行かないかな」

じゃあ今日はひゃみちゃんも行かないかもな。お弁当食べる時に聞いてみようかな。辻くんの言葉に「そっか」と頷く。


「名前!おはよー!」
「うわ、おはよう」
「あんた今日早くない?」
「うん、早く起きたから早く来てみたんだ」

気がつけばもうみんなが登校してくる時間になっていた。友人が登校してきて声をかけてくる。今から職員室に行くらしいから、私も着いていくことにした。辻くんに小さく「またあとでね」と言うと、彼はこくりと頷いた。それを確認してから友人に着いていく。昨日忘れた課題を渡しに行くらしかった。


「この前まで暑かったのに、もう涼しくなってきたねー」
「そうだね」


今週からカーディガンを着始めた友人がぽつりと呟く。夏が過ぎた。季節はもう秋だ。

未来ちゃんがいなくなってどれくらい経つ?

あの頃の私が死んでもう随分と経った気がする。時間が経てば経つほど、何もかもぼろぼろと崩れてしまいそうだ。もう分からなくなってしまった家族の声のように、いつか未来ちゃんのことも少しずつ分からなくなってしまうのかもしれない。

職員室に入っていった友人を待つ間、相変わらず私の中の多くをしめる未来ちゃんのことを考える。

そろそろやめないと。分かってるのに、分かってるけれど、生まれてからずっと一緒にいてくれた大切な人がいない世界っていつまで経っても慣れることができないのだ。

(ねえ、名前ちゃん。.....____)
(未来ちゃん?今なんて言ったの?)
((__もう思い出せないや))
ALICE+