「あーーっ!私の指っ!」


シュークリームはおいしい。

それを再確認しながらもぐっと頬張る。

「はあ...、幸せ。今ならクリームの中でも眠れそう」
「.....めちゃくちゃベタベタしそう」

思わず非現実的なことを呟けば、角名くんの死んだ目がさらに死んだ。

おいおい、私の幸せ分けあげようか?と思うが、だからといってこのシュークリームをあげようとは思わない。

ごめん、前言撤回。やっぱり幸せ分けられないや。

「本当にはしないよ」
「名前ならしそう」
「しないってば」

ふうん、と言った角名くんは頬杖をついてこちらを見やる。ちなみにこのシュークリームは、私の前の席にもう10分は居座っている角名くんがくれたものだった。

私はもう一口もぐっとシュークリームを頬張った。

「名前さ、そんなに頬張ったらリスになるよ?」
「え?人間ってリスになれないよ?大丈夫、角名くん?」
「......」
「え、なれないよね?」

何言ってるんだ?と角名くんを見やる。目がパチッと合った。無言でこちらに薄く笑みを向けてきた彼に不安になる。

え?進化の過程上無理だし、なったなんて人も聞いたことない。

いつの間にか私のことを名前呼びするようになっていた彼と手にあるシュークリームを交互に見る。「まさかね」と思いながら、私はもう一口シュークリームを頬張った。


「ふふ、どうだろうね?」
「......」
「あれ、食べないの?」


もぐもぐ。また咀嚼すると角名くんがそう言うものだから咀嚼を止める。背中にヒヤリとした汗が伝った。

片手には食べかけのシュークリームがまだ残っている。それをじっと見つめると角名くんが「おなかいっぱい?」と聞いてきた。私はドキドキしながら彼を見る。

「え、本当にリスにならないよね?」

思わずそう聞くと彼は笑みを深めるだけだった。

え、何その顔?どういう感情??


「角名、また苗字で遊んでるんか?」
「え、遊んでる?」

すると治くんの声がして私はそちらを見た。購買で買ってきたらしいパンを数個抱えた彼はこちらを見て呆れた表情を浮かべている。

「ふっ、人間がリスになるわけないでしょ?」
「えっ...」
「信じてたの?」
「し、信じてた、というよりは角名くんがあまりにも当然みたいにいうから、私が知らないだけであるのかもって...」

そう言えば、角名くんも治くんも声を上げて笑い始めた。私は恥ずかしくなって残りのシュークリームにかぶりついた。

「もしそれで名前がリスになってたら、これだけ食べてる治はどうなるんだろうね?」
「誰がブタや」
「まだ言ってねーじゃん」
「"まだ"って言ったの聞こえてんで」


じとっと角名くんを睨みつけ、そして治くんがこちらに視線を移した。治くんが私にパンを1つ差し出してくる。私はそれを見て首を傾げた。

「え、何?治くんがくれるなんて珍しい」
「人の好意にいらんこと言うなや」
「ご、ごめん」

もらうね、と言ってありがたくパンを貰う。ジャムとマーガリンのやつだ。購買のこのパンとっても美味しいんだよなあ。さすが治くん、私の好みバッチリ分かってるじゃん。


「角名が言ってたで」
「何を?」
「何でも美味しそうに頬張って食べる苗字さんがかわい...__いったあ!何すんねん!」
「手が滑った」
「お前なあ...」

何て?かわ.....?皮??

もしかして皮の下の脂肪やばくね?とか?
え、食べ過ぎ。めっちゃデブじゃん、ってこと?

「.....」
「...どうしたんや、苗字?そんな世界終わってもうたみたいな顔して。.....腹痛いんか?」
「私、ダイエットするっ」
「え、なに?」
「急にどうしたんや!?」

このシュークリームは食べかけだから仕方ないけど、しばらくはお菓子もスイーツもご飯の量も減らそう。そうだよね、私食べ過ぎだよね。あ、ジャム&マーガリンパンどうしよ。治くんに返そうかな。

ぐるぐると頭の中でそんなことを考えながら、もそもそあとほんの少しだけ残ったシュークリームを口の中に入れてしまう。

「苗字、それ以上細くなったら角名が心配で心配で眠れんくてぶっ倒れるで。バレーできんくなるからたんとお食べ」
「どーせ、デブですよーだ」
「てかさっきの会話から何でデブに繋がるんや?」
「しばらく野菜だけ食べよ...」

あれ?でも野菜だけ食べても痩せるんだっけ?ダイエットというダイエットをまともにやったことないから分かんないや。家に帰ったら動画サイトとネットで調べないと.....。

「.....全然会話成り立ってないし、名前は何でそうなるの?」
「何でって。だって、さっきの"皮の下の脂肪やばくね?"って言いたかったんでしょ?」
「は?」
「は?」
「2人ともこわい」

急にガチトーンで真顔にならないで欲しい。去年の文化祭でゴスロリを披露した侑くん並みに顔怖いって。

「苗字、それ誤解やって」
「誤解?何が?」
「俺が言いかけたのは"角名がメシ食う時の名前が可愛い"言うてたでって言いたかっただけやし」
「えっ」
「軽々しく名前呼びしないで」
「いって、何で脇腹刺すんや...。て、...照れ隠しに、...も程があ.....る」

___可愛い?

角名くんが私のことかわいい、って?

治くんがそう言った瞬間、物凄い速さで角名くんの左手が治くんの脇腹に直撃した。不意打ちで脇を突かれ治くんが撃沈する。

その光景をぽかんと見つめながら、私の頭の中では「かわいい」という言葉が高速で回っていた。頭の中の辞書を捲る。

「かわいい」とは何か?微笑ましい、魅力がある、愛らしい。確かそう言う時に使う言葉のはず...。


つまり、つまり?

「す、角名くん」
「.....なに」
「もう!そんなお世辞はいらないって!すぐからかうんだから」

そうだ。去年から彼は私をよくからかって遊んでいる。これも多分そう。角名くんと治くんにからかわれているのだ。

多分私は割といい反応をするからなのだろう。よく友人からもドッキリ仕掛けられるし、きっとそうだ。


やっと納得して、私はジャム&マーガリンパンに手を伸ばす。さっきまでダイエットしようとか言ってたが、あれは勘違いみたいなので暫くはしなくて良さそう。あ、でも家帰って体重計に乗って体重が増えてたらお菓子は少しだけ控えないとなあ。

「.....」
「.....」
「.....?どうしたの2人とも?」

治くんから貰ったパンを頬張りながら、何故か死んだ目で突っ立ってる治くんと顔を押えて固まっている角名くんを見る。

「いや、なんて言うか。.....角名、去年からの行いがアレやったな。どんまい」
「.....うん」
「まだまだどうにかなる。道のりは長そうやけど。ほれ、焼きそばパン」
「.....いらない」

治くんかポンと角名くんの肩に手を置いてそう声をかける。治くんが焼きそばパンを角名くんに見せるが彼は頭を振る。

何だこのドラマの失恋した友人慰めてるシーンみたいな光景は。何で角名くんそんなに落ち込んでるんだろうな.....。

__私、もしかして何かしてしまったのだろうか。

だとしたら、元気づけないと...。


「角名くん、角名くん」
「なに?」

声を掛ければ角名くんが顔を上げた。やっぱり目が死んでる。私はリュックから"あれ"を取り出した。そして包みを開く。

「お口開けて」
「口?」

うん、と頷けば彼が素直に「あー」と口を開ける。私は"それ"を角名くんの口元に持っていった。

ぱくり

__ん?ちょっと待って!?

「あーーっ、私の指っ!?」
「うるさ」
「角名くん、指は食べ物じゃありません」
「チョコだ、うま」

あろうことかチョコレートごと私の指を一瞬角名くんが食べた。

そんなことするの赤ちゃんくらいだって。

何事も無かったかのようにチョコレートを食べる角名くんを半目で見つめる。何故かさっきよりも少しだけ機嫌が治ったみたいなのでもう触れないで置こう。そう決心して、はあとため息をついた。

(苗字、俺にもくれ)
(え?私の指を?)
(ちゃうわ、チョコレート)
(あ、どうぞ...)
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