「お婿さんかな」


「.....角名くんの将来の夢はなんですか?」
「んー、名前のお婿さんかな」

おっと、うっかり聞いた私が馬鹿だった。ちなみに「おっと!」を英語で言うと「Oops!」らしい。なんて1時間目の英語の授業で先生が言っていたことを思い出しながらちらりと角名くんを見る。

「.....」
「.....」

じっと私の目を見つめ返してくる角名くんが薄く微笑んでいる。その表情に一瞬だけ心臓が変に音をたてた気がした。

__なんだろうか、不整脈??

なんて漫画の鈍感ヒロインみたいなことを一瞬だけ考えたが、私は鈍感じゃないからね!角名くんって意外とイケメンだから不覚にもときめいちまったぜっ!

あと"いつものやつ"にも1年生の時みたいにハマらないからな!

「またまたあ、からかわないでよ。今日は騙されないんだからね」
「.........はぁー.....」
「ん?どうしたの?」
「いや、別に」

今日も今日とて私の前の席(治くんの席)に居座っている角名くんは盛大にため息をついた。あまりにも大きいそれに、角名くんの幸せ沢山沢山飛んでっちゃったなあ、なんて呑気に考える。そういえば彼の目の前には私がいるのだからその幸せはきっと私に沢山降り掛かるはずだ。

「俺、本気だから」
「はいはい.....」

角名くんは治くんの席の椅子に座り、こちらの席の方に身体を向け、机に肘をついて頬杖をついたままそう言った。私は適当に流す。こういうのは割といつものことなので、私はそれらを気にすることなく年に1、2回ある進路希望調査の紙に文字を書き込んでいく。


ふと「そういえば角名くんは将来何になりたいんだろう?」という疑問が浮かんで聞いてみたが結局分からなかったなあ。

彼はバレーが上手いからバレー選手かもしれない。でも角名くんのことだからきっぱりやめて専門とか大学とかに進むかもなあ、とか。

そんなことを考えながら、どうせ目の前に本人がいるし、と尋ねてみた結果、先程の変な回答を貰った。「お婿さんかあ、お婿さんねえ」と角名くんの言葉を心の中で繰り返す。昔の私なら顔を真っ赤にするだろうが、最近は少しだけ角名くんにからかわれることに慣れてしまった。

どうせいつものやつだ、と更に「本当だからね」と言うのを聞き流す。進路希望の記入を終えて角名くんを見れば、彼は何故か拗ねていた。


__よく分からんなあ。

と、偶にしか出てこない方言を口の中でもごもごと唱える。なぜ彼はそんな表情をしているのだろう。

「はあ〜〜...」
「さっきよりもおっきなため息だね」

また大きなため息をついて項垂れる角名くんをちらりと見やる。彼は忌々しげに口を開いた。

「.....誰のせいだよ」
「え、治くん?」
「とばっちりは勘弁。巻き込まんでくれ」

思わず彼の名前を出せば、それを聞いた治くんが嫌そうに顔を顰める。角名くんが治くんの席に居座るせいで治くんが角名くんの席に仕方なく座る治くんは、いつものように食べ物をモグモグしながら私たちの話を聞いていたらしい。


そう、角名くんがわざわざ私の前に来なくたって彼は元々私の斜め前の席なのだ。なのに何故か治くんの席にいる。「多分そのまま席変わっても誰も違和感ないよ」と私の友人がこの前言っていた。確かに私もたまに「角名くんが前の席かも」と一瞬だけ錯覚することがある。それだけそこに座っていることに違和感がなくなってきた。そういえば、治くんよりも角名くんの方が少しだけ背が高いから黒板の見えるところが違うなあ、なんてぼんやりと考える。

「わ、っむ、何すんの?」
「わむって何?」

いつものように何かとちょっかいをかけてくる角名くんが私の頬をつつく。乙女の顔を軽々しく触るなといくら言っても聞かないので、じとっと見つめると彼はまた薄く笑った。

そういえば1年生の時、角名くんが前になったとき一生懸命黒板を見ようとする私とわざと被ってきてからかってたなあ。なんて懐かしいことまで思い出した。私が角名くんの前になった時は彼にそんなことしたって彼には全く弊害がないのに。

身長高いの、羨ましい。


「角名くんってなんで今回は斜め前なのにいつもそこ座るの?」
「何となく」
「えー、治くんに悪いでしょ」
「俺はメシ食えればどこでもええわ」
「あ、そうなんだ」

そういえば確かに治くんは全然気にしていない。寧ろ慣れたように食べ物が詰まっている鞄を角名くんの席側に掛け、そこからいつもご飯やらパンやらお菓子をモゾモゾと取り出している。

その様子が冬眠明けの熊さんみたいって言ったら怒るかなあ。なんて冬眠明けの熊を見たことないのにそんなことを思う。

「治じゃなくてさ、俺を見てよ」
「えー」
「俺よりも治がいいの?」
「え、う.....」
「っだから巻き込まんでくれ!」

うん、と冗談で言おうとしたら私の言葉に治くんが声を被せる。ちらりと治くんをみればいつもよりも焦っている。その目がガチだったので私は1回口を噤み、そして数秒後にまた口を開いた。

「うん、って言いたいけど角名くんの方がいいかなあ」

主に居心地と安心感が。

「.....」
「角名、何照れてんねん」
「うるさ」

だって治くんを見てると去年のおっそろしい顔したゴスロリ侑くんを思い出しちゃうんだもん。イケメンってなんでも着こなすって言うけど、去年の侑くんはほんまのほんまにヤバかった。彼のかっこいい顔はいつになく凶悪だったなあ。多分にっこりすれば顔は良いのだからガタイを考慮しなければ似合うのだろうが、本人が絶望のあまり目が死んでたのと、バレー部にからかわれすぎて機嫌も最悪だった。もはや周囲も迂闊にからかう事が出来ず、一歩引いて眺めてた。それでもからかった治くんは帰らぬ人となってしまったし(*ご存命です)。

ちなみに文化祭では金髪ロングのカツラもつけたらそれはもう素晴らしかった。試着はショートだったがロングも似合いやがるのだ。しかし、お客さんにはニコニコしてても裏では超怖かったのでみんな震えてた。いろんな意味で。本人の前であれについて言及したら時間が経った今でもヤバいだろうなあ。

__今年はメイド服来てくれないかなあ。

そんなことをぼやあっと考える。

「名前ってチョコ好きだよね」
「うん」
「次にケーキが好きで」
「うん」
「で、俺が好きで」
「う、......?」
「ちっ、引っ掛からないのかよ」

ぼけっとしながら角名くんの言葉に頷いていれば、突然凄いことをぶっ込んでくる。思わず「うん」と頷かなくて良かった。角名くんが舌打ちする。治くんが「ぶはっ」と吹いた。

残念ながらその手には乗らないぜ、と私は角名くんを見てにっこり笑う。

「.....っ」

すると机に置いたままにしていた私の手に角名くんの手が重なった。急なスキンシップに頭の上にハテナが浮かぶ。

__何だこの手は?

「俺が18歳になったら籍入れよ」
「はい?」
「ブフォッ」

何を思ってそう言ったのかは分からないが、角名くんはそう言ってまた私の目を見つめてくる。最近彼のちょっかいに慣れてしまったから、ついにはこんなことまで言うようになってしまったらしい。どれだけ日常に刺激が欲しいのだろうと首を傾げる。

「ちょ、角名くん何言って...」
「名前鈍感すぎるし、籍入れてしまえば俺の勝ちじゃん...」
「こっわ」
「こっわ」

冗談もここまでくると最早恐怖である。治くんと私の声が被った。いつもそこまで表情の変わらない角名くんの顔とか、見つめてくるその目とかがあまりにもガチだったので私の背中に冷や汗が伝う。

__これはもしかしてさっきの「お婿さん」発言含め"ガチ"なのでは?と。

(こうやって逃げられんくなるんやなあ)
(え、何が?)
(もう手遅れや。苗字、どんまい。お幸せに)
(えっ、えー?ねえ治くんどういうこと??)
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