出入り口の真隣の壁に背中を預け腕を組みながら話の行く末を見守る。
本来ならこんな物語の中心地に居ていい人間ではないのにな、そんなことを思いながらも。
昨晩の爆発現場に居合わせた事、何処か不安気な、覇気のない背中をしたカトルをそのまま見送るのはどうにも道理が合わず。
エスメレーと共にカトルと一緒に来て今に至る。
会話は進む、キャラハンの行方不明、パワハラの疑惑もとい確信から始まりーーー
導力ネットや導力供給網のトラブル。そして今最も危険であると言われるマフィアとの繋がり。
アルマータの話を聞く度に思う事は、あんなに厄介極まりないと思っていたルヴァーチェがまるで小動物のように感じること。
ルヴァーチェはクロスベルだからこその強みはあったのだろうけれど、それでも黒月の侵攻を食い止めることは出来はしなかった。
けれどアルマータは、今や黒月にすら脅威である。
軽く、話を遮らないように小さく、音を出さすに息を吐く。
できることなら関わりたくはなかった、こうして考えて、少し気分が悪くなるからだ。
そもそも昨日から色々ありすぎたーーーまるで1年分の出来事が一気にやってきたような感覚と、疲れがある。
その出来事の色々を、思考の隅に追いやってカロンは4年程昔を思い出す。
ハミルトン博士とは、その前々から今は亡き父母を通して交流があった。
それこそ色々とあったものだが、一度顔を見て話したいという要望が何度もあったこと。
様々な事情を考慮して短い間だったが4年前に、カロンは避けていた共和国に足を踏み入れた。
「こ、根拠のない憶測はやめたまえ!この大事な時期に外に漏れて妙な噂でも立ちでもしたらーーー」
「ーーーだったら少しはトップらしい対応をしやがれってんだ!!」
キャラハン教授がやってきた、数々の不正行為を突きつけられたタウゼントは狼狽え、思わず腕で払う酔うな素振りをしながら声を荒げて否定する。
けれどそれを見兼ねたジスカールはタウゼントの、その次に続く言葉を遮るように怒鳴り声をあげる。
「警察やギルドに回さなくても済むようにこの若造どもが雇われたんだろうが!?こうしている間にもキャラハンがどうなってやがるかーーーここが肚の括りどころじゃねぇのか、ビル・タウゼント最高経営責任者!!」
それはまるで勢いよく背中を叩くような強い声だった。
タウゼントはハッとしたような顔付きになり、そして一瞬何かを考えるように目を閉じて
「……分かった。私が知っていることを話そう。くれぐれも他言無用でお願いしたい。」
ジスカールの言葉は確かにタウゼントに届いた。
不安も焦燥もあるだろう、けれど今この場において一瞬でもそれを表面には出さないように努め。
背筋を伸ばし、覚悟を決めたように前を見据えるタウゼントを見てカロンは口元に笑みを浮かべ、また静かに目を閉じた。
タウゼントはバーゼルを、理科大学を、ヴェルヌ社を、ハミルトン博士に託された人物。
過度に情けないこともなく、頼りないということもない。
“今こうしなければならない”と決めたら、その通りに出来る男だ。
「その……裏解決屋にも守秘義務はあります。こちらの株主でもある公国との契約でもある以上、その辺りは信用していただけると。」
「ま、ヴェルヌに“貸し”を作れるのもこちらとしちゃ損じゃありませんしね。」
ヴァンの発言に嫌そうな顔をしながらも、タウゼントは語り始める。
キャラハン教授が変わったのはここ1・2年の話、切欠は長らく彼が引き受けてきた分野のコンペでクロンカイト教授に敗れた辺りからだろうということ。
以来、彼は取り憑かれたように独自の研究を進め始める。
内容こそは知らないものの、相当な設備投資と人的資源を必要とする、何らかの研究。
やがてキャラハン教授は外部スポンサーを手当たり次第に当たるようになる。
そして、半年前に«アンカーヴィル商会≫なる所が破格の投資を申し出たーーー。
アンカーヴィル商会の名を聞いてリゼットが少し考えて、確信を持ってヴァンがその先を急かす。
それを見てアーロンも何か勘づいたようにして。
「ええ、アンカーヴィル商会ーーーあの≪メッセルダム商事≫と同じく彼らのダミー会社の一つと目されています。」
「彼ら……?」
「……とあるマフィアのことです。≪アルマータ≫ーーーギルドや警察が最もマークしている。」
心の何処かで別物であって欲しいと思ったが、現実はそうも優しくはない。
今バーゼルに居るのは、アルマータというマフィアであると立証された。
驚愕しているカトルとエスメレーを交互に視線を向けながらも何かするような素振りは見せず。
ただその頭にあるのは昨日作成した特製の弾丸の数。
万が一に有自の際、この縦に入り組んだバーゼルをどう駆け上がるか。
小回りのきく細形のバイクなら常に持ち歩くという手が取れるが、生憎彼女の愛車は幅も広い大型バイク。
いざという時に邪魔になりうるそれをどう活用するかーーーそもそも使わない選択を取るか。
両腕を組んでいた右腕を放し口元に当て、思案を深める。
アルマータはルヴァーチェとは違う、一般市民の生死など考えることはない。
だとすると事が起きれば一瞬で爆発的に仕掛けが動くだろう。
ともすれば、初動で抑え切る、ないし他が対処可能なまでに状況を改善すること。
今のこの状況を考えれば後者が無難か。
ーーーやれやれ、私は本当に、星を見に来ただけなのにな。
「ならとっとと見つけださねぇとな。昨日よりも本格的に嗅ぎ回らせてもらいますがーーー当然、異存はないですね?」
「……気に食わんが仕方あるまい。ーーーそれと、カロンーーーいや、流星!」
そうこうカロンが考えている間にも話は進んで行く。
昨日0.35%まで抑えた導力供給網の異常が今朝になってまたも悪化してきていること。
それはつまり、あの研究室とは別に研究が続いている可能性を現してした。
だとすれば“現時点では“存命の可能性もある。
その可能性を持って裏解決屋の業務は開始され、この場も解散ーーーといった所で今まで会話に参加することのなかったカロンにタウゼントが声をかける。
一斉に此方に向いてきた顔に嫌な顔一つせず。
彼女が何かを言うことはなく、ただ視線を持って先を促した。
「お前は普段ちゃらんぽらんだが……」
「喧嘩売ってるなら買うけど?」
「しかしながら護衛としての仕事は一級品だ、あれから4年、腕も落ちてはないだろう。」
「…………で?」
「今日一日、バーゼル内にて索敵を依頼する。不穏なものがあれば即対応してくれ。」
お前の勘の良さならば大事にはならんだろう。
4年前の仕事ぶりを見ていた、だからこその信用。
滞在したのは短い間だったがバーゼルの関係者各位の信頼を勝ち取るには確かな仕事の内容だった。
「ーーー了解、最善を尽くそう。」
ぐっっっと両手を絡めながら体を伸ばす。
重苦しい雰囲気の部屋から解放され、良く澄んだバーゼルの空気を目一杯吸い込んで。
前にいながらもその様子を察知したアーロンはハン、と鼻で笑いながら声をかける。
「随分とまぁ余裕そうじゃねぇか?」
「ま、ちゃらんぽらんって言われるぐらいだからね。ったく、昨日から酒絶ってるってのに。」
「一昨日浴びる程飲んでたじゃないか……滞在中分は飲みきったんじゃない?」
呆れたように言うカトルにカロンは肩を竦めて困ったように笑う。
「カトルも気をつけなさい。お前は時々周りが見えなくなる傾向にある。」
「うっ。」
「4年前にも言ったけれど、状況を打破するのはクソッタレな自暴自棄でも自己犠牲でもない。」
「自他共に生きてこそ、でしょう?うん……解ってる。」
でも今の僕は、博士の留守を預かってる、なんとかしてみせる、博士の代わりに。
なんも分かってねぇなこいつ。
少し俯きがちにカトルは言ったため、カトルは今、カロンが冷え込むような笑みを浮かべているのには気づきはしなかったが。
気づかない方が良かったかもしれない。その笑みを見た他の面々は確かにそう思わざるをえなかった。
「ま、カトルは今からうちの業務に携わるからな。臨時とはいえ従業員の面倒は見ておくさ。」
「ヴァンはヴァンで信用ならないんだけど……。これは言ってもどうしようもないか、可愛い弟分を頼んだ。」
何処かしらの市街地には居るから、何か聞きたい事でも出来たら適当に探しにきて。
背中を向けて、軽く払うように右手を動かしつつその場を後にする。
「…… カロンさんって、実際どこまでお強いんですか?」
遠ざかって行く背中を見ながら、ポツリとアニエスがヴァンに質問を投げかける。
10年間、ヴァンが探し続けた特別な人としか聞いてはいなかった。
そうして昨日出会いはしたものの、それだけで実力までは判断することは出来なかった。
「CEOも言ってたが、護衛としての実力はトップクラスだ。下手な遊撃士やSPじゃ足元にも及ばねぇだろうよ。」
「カロン様と結びつけるのは難しかったですが、“流星”としてのデータでしたらマルドゥックにもあります。……護衛として、流星が立ちはだかった場合は戦闘ではなく交渉で場を乗り切ることを推奨するとーーー。」
「4年前の仕事ぶりも凄かったけど、それでもその時に底までは出してなかった……かな、」
「どんな依頼だったんだ?その時は。」
曰く、実験に必要な特殊なサンプルの採取の護衛での出来事。
採取にも手順があり、どうしても現場に非力なスタッフが同行しなければならなかった状況下。
その際に、不運にもエスメレーと共に同行していたスタッフが焦りと緊張で手順を誤り、サンプルが魔獣を呼び寄せる強烈な匂いを散布。
四方隙間なく魔獣に覆われ、あわや大惨事、と言った状況でサンプルの採取を成功させ自身もかすり傷程度で抑え同行者は傷一つ無く生還ーーー。
間近で見ていたエスメレーによると、慌てふためきパニック状態に陥っている現場においてすぐに混乱を沈静化させた言葉選びの巧さ。
そしてそれを後押しする討伐の鮮やかさ、一つも呼吸を乱さず、的確に急所を射抜き、
映画の殺陣のような、風のように流れる動きはその一瞬の仕草すら見逃したくないと思える程で。
その様はそれまでのいい加減さを塗り替えてしまう程苛烈な印象だったと。
「大丈夫だった?怪我はしていない?って心配した僕に対して“良くある事だから馴れてるよ。”と言って退けましたよ。」
「ま、化け物クラスの強さってのもあるがあの人の一番の売りはそれじゃねぇ。どんな絶望的な状況でも、同行者含め生還する強さだ。」
「聞けば聞くほどバケモンだな……。そんな苛烈な女にゃ見えねぇが?」
一回手合わせでもしてぇもんだな?
頭の後ろで両腕を組みながら、カロンが去っていた方向に視線を向けながら言ったアーロンに辞めとけとだけ声をかけて。
あの地獄を駆け抜けて、ヴァンの元に辿り着いたあの人が弱いわけがない。
けれど自身以外にもカロンの戦闘能力を評価している人間がいるのは少し誇らしくもある。
あの強さにはまだ届きはしない、けれどせめて後ろではなく横には立たせてもらいたいものだ。
嵐の前の静けさの中
(さて、4spgをこなしつつメガネの先生を探すか。)
(カトル、お前さんもあんまり無茶はするなよ。)
(はい、今日はよろしくお願いします。)
2022/7/31
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