近くの店で新鮮なリンゴを二つ購入してあまり人通りの多くない場所に向かう。
随分とまぁ追いやられたものだとエプスタイン財団が入っているビルを見ながら少し離れた場所のベンチに腰を降ろして。
リンゴを差し出すように片腕を伸ばすと勢いよく空から落下してくる大きな影が一つ。
降り立った衝撃は片腕から身体全体まで揺さぶるほどの勢いだったが、彼女にとってそれはなんともなく。
ただ機嫌良さそうにグルル、と喉を鳴らしリンゴに齧り付くシグマを見て笑みを溢した。
もう一つ買ったリンゴに彼女もまた齧り付き、これからどう動くを考える。
街の形状、そして利用価値からして事が起きるのは新市街でほぼ確定であろう。
まず職人街はバーゼルの動力部ではあるが通路が狭く、事を起こせば重要施設すら巻き込む可能性がある。
そこに住まう人間は蟻のようにしか思ってないだろうが恐らく部品などの横流しはしている事を加味すると、所謂半グレや人形兵器の導入はあっても中心地はそこではない。
では理科大学はどうなのかと言えば確かに危険性は大いにある。
天文台に導力ネットのメインターミナルでもある“中央端末“がある限り重要施設であることは間違いない。
けれど、そこも最初の起爆剤ではないだろう。
(アルマータの行動原理を見れば、鉄道もあり人通りの多い市街地を一番先に狙うだろう。)
単純な殺戮衝動を満たすためだけの動きではないし、ましてや金稼ぎが目的でもないーーー。
共和国に来る以前から度々調査の依頼が来出してから、巻き込まれたくがないが故にしらみ潰しに調べ上げた奴らの傾向。
多くの“恐怖”を煽ることが一番の目的であると言わんばかりの実力に見合わない非合理的な事件の数々。
それを考えればまず日中人通りの多く、広い場所もある市街地を先に狙い。
最後にバーゼルにとって心理的柱でもある理科大学の天文台を圧し折る。
なるほど、考える中で一番最悪な状況だが“恐怖”を煽るならこれ以上はないプロットだろう。
丁度シグマと同時にリンゴを食べ終えたので、残り滓をゴミ箱に投げ捨てながら、乗せている腕を引き寄せてその猛禽類の瞳を覗き込む。
「ほぼこの動きで間違いないとは思うけれど、私は市街戦の経験はそこまでない。」
「クルルルル……。」
「シグマ、職人街は任せられるね?」
「グルル、グルッ。」
柔らかい羽毛が頬に擦り寄る。
頼り甲斐のある相棒の一羽は一鳴きした後そのまま職人街に飛び立って行った。
シグマを見送った後、カロンもまた立ち上がりその場を後にする。
物陰に入り姿が見えなくなったら、後はどこにも見当たらず。
何一つ痕跡も残さぬまま、彼女は静かにその行方を眩ました。
市街地で4spgをこなし、クロンカイトとの会話からキャラハン教授が行おうとしている絶対に実現してはいけない悪魔の仮想兵器、«反応兵器:リアクターウェポン≫を割り出す。
物質の最小単位の反応融合を利用して莫大なエネルギーとして取り出すその技術は途中から会話を聞いていたカロンもまた、その技術だけは実現しない事を奨めると進言した程のものだった。
カロンは旧型の兵器に魅力を感じる性質でキャラハン教授ともその話で盛り上がることはあったがーーー
ただ一つ、冷えた声でその仮想兵器を否定したのを彼は良く覚えていた。
普段はなんでもやって見ればいい、自分がいる間ならやらかしても何とかしてあげるから。
そんな何事にも肯定的な事を言う人が明確に否定をしたのはキャラハン教授も、ハミルトン博士も驚愕していたみたいだけれど。
それなのに、止まれなかったのか。
自分や博士にも、誰にも相談出来ずに、走り出してしまったのか。
カトルは峡谷の奥地で今しがた襲いかかってきた大型魔獣を倒し、目の前にある実験棟に向かいながらそんなことを考える。
ヴァンもまた横目でカトルを見ていた。
今カロンが一番心配しているこの少年は、確かにどこか危うい雰囲気を醸し出していた。
兄姉弟子が、ジスカールが、その身を案じるように言ってる理由、けれどカトルはそれに気づけないでいるのもまた、事実であった。
(それにしてもカロンの奴、どこに行方を眩ましたんだ?)
そう、市街地のどこかにいる、用があるなら探してと言った彼女は彼らが渓谷道に出るまで一切姿は見えず。
言葉の裏を取るならば用がないなら見つからない、と言った所だったのだろうか?
まるで雲に隠されたように、風に攫われたかのようにスッと姿を消した彼女の事を思いつつ。
職人街に彼女が飼い慣らしていた隼が巡回するように飛んで居たことから市街地のどこかにいるのは明白であるし、そこまで大ごとにする事も無いだろう。
扉を開け、最後に足を踏み入れようとしたフェリが怪訝そうに背後に振り返りながらも。
稼働しているパソコンを前にカトルはそのキーボードに指を触れた。
リゼットの協力も受けながら、カトルはキャラハン教授のこの数週間の手記を見つける。
その手記は4月から始まりーーー
そこに書いてあるのは、カトルにとって決して喜ばしい内容ではなかった。
まずキャラハン教授は最初から≪アンカーヴィル商会≫ではなく、«アルマータ≫相手として取引をしていたこと。
莫大な資金と引き換えに“ある条件下での実験“の提案、実現すれば実験のスピードを飛躍的に高め、不可能と思われた理論構築を現実のものに出来るとも。
キャラハン教授は迷った末に、クロンカイトに勝利するためにその“条件の一部”を受け入れた。
そして前提となる“最低限の条件”
今バーゼルを襲っている現象、都市全体を利用しての“並列分散処理”により全ての準備が整おうとしていること。
しかしその準備には最後の“壁”が残っており、それはすなわち«アルマータ≫が提案した“最後の条件”を受け入れる事につながっていること。
そうして、いずれにせよ必ず成し遂げて見せようとの記述の後に。
「空想と思われていた未来の兵器ーーー≪反応兵器≫を、この手で生み出すために。ーーー……………………。」
キャラハン教授の手記を読み切ったカトルはそのまま押し黙る。
両手をキーボードに添えたまま、俯く彼にアニエスが心配そうに声をかける。
「眼鏡の先生から聞いちゃいたが……。……同じことを改めて聞くが実際、どれだけ現実味があるものなんだ?」
「やはり可能性は限りなくゼロです。……少なくとも現代の技術では。それこそ何らかのブレイクスルー……革命的転換や技術的特異点が今一度、起きない限りは……。」
「……仮にそれが起きたとしても仮説と実証の繰り返しが必要になる筈……だからこそエプスタイン博士や三高弟でも届かなかったんでしょうから……。いいえーーー届こうとするのを戒めた。」
リゼットとカトルの否定的な発言に、フェリが困惑しながらも手記の内容に触れる。
確かに、後一歩でそこに辿り着くような書き方だった。
しかしまだ謎はある、都市全体での並列分散処理……そして“最後の条件”
「何十年かかるか分からない“過程”を一気に省略できるほどの強いAI……?でもそんなもの、一体どうやって……。」
カトルが思考を纏めるように呟く内容に、リゼットは少し、考えるような素振りをして。
そうして他に手かがりがない事を確認した後にこの内容を一度持ち帰ることをヴァンが提案する。
CIDやギルド方面、そして今バーゼルにいるアニエスの先輩ーーーレンであれば、何か気づくことがあるかもしれない。
一向が振り返ろうとした瞬間。
その背後から何かが落下する水音が静かに、その空間に響いたーーー。
峡谷に向けてまず先に、CIDが関与する警察車両が飛び出していく。
少しして、それを追いかけるようにC級の遊撃士2名が乗った車両が飛び出していった。
なるほど、これで大きな戦力はバーゼルにはもういない……。
≪アルマータ≫が気づいていない元執行者の少女と彼女を除けばの話にはなるが。
狭い路地裏で身を潜めながら、建物に阻まれて見えることのない場所に視線を上向きに向ける。
あいつらがいなければ、カロンもまたこんな狭い路地裏にいる必要はなかった。
しかし、見えない先。この気配からして女と男、バーゼルに不釣り合いな存在が既にそこに居る気配を感じる。
(流石に屋上に身を潜めたら観測される。事が起こる前に見つかるとめんどくさい。)
本当ならば重力を利用して上空から叩き潰すのが一番高火力が出るけれど。
今それをやるとリスクが高いこと。そしておそらく、そのリスクを取らなくとも元とはいえ執行者がいるなら最悪の状況こそ免れるだろうと推測は出来る。
さて、後は≪アルマータ≫がこれから何を仕掛けてくるか。
ここまで半グレの姿はなし、ともすればやはり人形兵器あたりが無難な落とし所か。
ーーー上にいる二人組が降りて来れば話は変わるが、恐らくそういう手段は取らないだろう。
左手を地面に付けて右手で背負ったガンブレイカーの剣柄を持ち、身を屈める。
そして自分の呼吸を、脈打ちを最小限にまで落とし込み。
薄らとだけ目を開けて五感を研ぎ澄ます。
(二人組、動きあり。不愉快な駆動音が聞こえ始めた、元執行者が新市街地に居るのは助かる……。飛び出すのは、まだ。)
ぐっ、と地面に着いた左手に力を入れ、前に重心をかけるが、まだ少し早い。
飛び出すのは民間人に被害が及ばないギリギリのタイミング。
そしてすぐに、唐突に現れた人形兵器に驚いた民間人の悲鳴が上がる。
一瞬目を見開いた少女はすぐに的確な指示を飛ばして各所と連絡を取ろうとして通信が使えない状況に気づく。
しかしながら切り替えは早い、すぐに他の生徒に遊撃士への口頭での伝達を伝えながら、ザイファで人形兵器を殲滅していく。
けれども市街地は数多くの人形兵器で溢れる瀬戸際であり、彼女の手の届かない場所で民間人に暴力が迫る。
どこからともなく少女が身の丈以上にある大鎌を手にするが、それよりも速く、特徴的な赤い髪が翻る。
左手で民間人の体を守るように抱き寄せ、身体を捻りつつ今にも銃を撃ち放ちそうな人形兵器の向けられた腕を銃剣の切っ先が貫く。
切っ先が肩まで到達した段階で無理矢理引き金を引き爆発を起こしながら、叩き砕くように真っ二つに両断する。
助けた民間人に振り返ることなく、その頭をくしゃりと撫でつけた後に建物内に避難するように誘導した後。
他の民間人に襲いかかる人形兵器を拳銃で行動を阻害しながら密集地点に飛び込む。
拳銃は空に向け投げ捨て、片手の指をトリガーに添えて空いた左手で剣柄を握りしめた。
シリンダーがガチャンッガチャンッと音を立てながら回る。
密集地、注がれる敵視。向けられる数多の暴力。
力強く振り降ろしたガンブレードは目の前の人形兵器を切り落とした後周辺を巻き込むように大きな爆発を伴った衝撃波を引き起こす。
数にして十数以上の人形兵器を一度に戦闘不能にした彼女は右人差し指でトリガーをぐるりとガンブレードごと回し、落ちてくる拳銃を掴む。
軽やかでもなく、艶やかでもない。
力と弾丸による暴力、飛び散る火花。
最先端の武器には無い強さと魅力を全面的に押し出した苛烈とも言える戦闘スタイルは、それを見ていたレンの目を奪うには十分だった。
痕跡が残る上に所持数に限りがある火薬製の弾薬は魔導技術が進むにつれ淘汰されていった旧時代の兵器。
肺の奥まで燻るような硝煙の匂いは、けれども不快ではなかった。
派手な所作と衝撃を伴う爆音は周囲の人形兵器の視線を釘付けにするには十分だった。
カロンは持っていたガンブレードを肩に乗せ拳銃を持った手で挑発するように指をくいっ、と曲げる。
人形兵器に感情は無い、故にそれほど効果は無い筈だが周辺に散らばっていた人形兵器は獲物に群がる蟻のようにカロンに向かう。
「ここは私が受け持つ!各所の伝達は任せていいな!!」
「ーーーええ、サポートと取り零しは任せて頂戴。」
一つ、叩き潰し。
一つ、掴もうと伸びてきた腕を片腕で浮かぶようにいなし、両足を首に絡めた後反動と重力を利用してへし折る。
複数、弾薬を利用しガンブレードの攻撃力を高めた後殲滅ーーー。
激しい動きをしているというのに一つも呼吸を乱していない。
聞いていた以上の実力を目にしながら、レンも大鎌で薙ぎ払いながら通信システムを構築していった。
星降る街に暗雲立ち込む
≪そっちは“目眩し”よ!急いで戻ってきなさい!ーーー“お茶会”が始まってるわ…………!!≫
(ま、街に人形兵器が……!?)
≪幸いまだ始まったばかり、流星もいるから持ち堪えているけれど貴方達も急いでーーー≫
(ヴァン達に繋がった?)
(ええ、すぐに切れてしまったけれど。)
(よし。今からこのデカブツ壊してあらかた数を減らしたら私は理科大学に向かう。ーーーここは任せた。)
2022/7/31
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