特殊弾を使用する場合、出力の調整できるガンブレードならいざ知らず、拳銃での使用は両手撃ちでなければ反動を殺しきれない。
それを無理に片手で撃ち抜いたものだから左手から左肩にかけて痛みと痺れがある。
後は爆風による傷程度で重傷どころか中傷ですらない、立って普通に歩ける程だと極力丁寧且つ簡潔にカロンは説明したのであったが。
立ち上がることも許さずに、何も発することなく顔を覗き込んでくる青い瞳に遂に根負けした。

ただでさえリゼットはすぐに適切な処置が必要な状況であった。だというのにこんなことで時間を食うわけにはいくまい。
逸らすように閉じた目と、苛立ちを吐き出す様なため息を“了承”の意と受け取ったヴァンは軽々と抱き上げて。
続いてアーロンもリゼットを抱き上げてそのまま一同は理科大学の医務室に担ぎ込まれたーーーのが先程の話。

青ざめたエスメレーがカロンとリゼットを交互に見て、リゼットの方に向かったのを見て安堵したように笑みを零して。
彼女は4年前にもかすり傷ではあったが治療してくれた女性に「なんでこのくらいの傷で済んでるんですか?!」と小言を言われながらアイシング、後に軟膏と包帯を巻かれて自分自身の処置を終わらせる。
ドアの向こう、彼女達とは違う別室で治療を受けていたであろう面々の話し声が聞こえて来たのを耳にしてカロンは正面の扉を避けるように裏手に向かい部屋を後にした。

カロンが医務室から出ると同時に、扉を壊すような勢いで正面のドアが開く。
恐らくカトルが飛び込むように入って来たのだろうと当たりをつけてその場を去った。

両指を絡めて、ぐっと。そのまま前に押し出すように指から肩にかけてほぐすように伸ばす。
左腕と肩が軽くみし、と鈍い痛みが走ったが明日には治っているだろう。
そうして、流石に今日はこれ以上のトラブルは起きないだろうと。カロンはそう判断して体から力を抜いた。

すると今まで感じはしなかったが喉が潤いを求めてるのを感じた。
近くの自販機でコーヒーでも、と思ってるとこちらに向かって何かが放り投げられる。
ヒヤリとした感覚が手に染みるーーーよく冷えた缶コーヒーを掴み、投げられた先に向かって振り返る。

「カロンさん、こっちにどうぞ!」

医務室から少し離れた場所で、複数人腰をかけれるテーブルを囲いつつ手を振る少女が視界に映る。
断る理由はどこにもない、缶コーヒーのプルタブを上げながら招かれるように足を運んだ。
廊下側のソファに陣取っていたヴァンに断りを入れて、ほんの少し距離をあけて横に腰を降ろしコーヒーを喉に流し込む。

「あ〜〜〜……生き返る…………。」
「お疲れさん。身体はどうだ?」
「問題なし。」

コーヒーを一気に飲み干して。身を案じてきたヴァンに軽く言葉を返して空になった缶をゴミ捨て場に投げ入れる。
両指を腹の上で組んで、ソファの背に体を全身預け少しだらけたような体制にした。

「ひっさびさに疲れるくらい動いたな……。あ〜このまま酒飲んで寝たい……ビール……。」
「……んっとに戦闘時と別人だなァ?」
「気を抜く時は抜く、入れる時は入れる。切り替えは重要だよ、アーロン。」

呆れたようなアーロンの眼差し、戦闘時と常時のギャップの落差に少し困惑するようなアニエスの笑み。何処か納得したような、瞳に煌めきを帯びたフェリの眼差し。
それらを全部遮るように、カロンはそのまま瞼を閉じる。
完全に眠りに入ったような体勢の彼女に、ヴァンは自身の飲み掛けの缶コーヒーを首筋に当ててくる。

「このまま寝るなら博士邸まで運ぶぞ。」
「つっめた……ビール飲んでから寝るつってんじゃん……。」

ヴァンの言葉に譫言のように拒否し、その後酒無いから買わないと……と段々語尾が途切れ途切れに。
それを聞いたフェリが思い立ったように「だったらこう言うのはどうですか?」と声をかける。

「私たちが宿泊している場所に来るのはどうでしょうか?1階でお酒も取り扱ってると思いますし、そのまま上に上がれば寝れます!」
「お、いいんじゃねぇか?オッサンもそっちの方がいいだろ。」

なぁに部屋に連れ込んでも何も言わねぇでおくぜ。楽しそうに笑うアーロンを、フェリの教育に悪いとアニエスが凄む。
が、アニエス自身も何処かそわりとした雰囲気でヴァンとカロンを交互に見やる。

ヴァンは調子の良いこと言ったアーロンを一睨みした後考えるように口元と顎を隠すように手を這わす。
流石にもうアルマータがバーゼル市内に姿を現すことはないだろう。
けれど、どうしてもメルキオルの下卑た笑みが過り離れなかった。
万が一、億が一。彼以外の手が彼女に伸びるのを想像して、手に持っていた缶がべきり、と音を立てて握り潰される。

「そうだな、カトルも准教授も居ねぇならこっちに合流してる方がいいだろ。」
「何?今握り潰した缶は脅しか何かか??」
「これはーーー気にすんな。」
「いや無理があるでしょ……。えぇ……じゃあフェリの部屋にお邪魔していいかな?」
「はい!私も、その方が……ちょっと安心します。」

フェリはリゼットと相部屋を取っていた。
アニエスもこれからホテルに戻ると、フェリは自室で一人になってしまう。
いつもならそれでも構いはしないが今夜だけは少し心細かった。

その不安そうな声音を聞いて、カロンは目を開けて体を起こす。

「それじゃ今晩はよろしくね。」
「ーーーはい!よければ戦闘の指南も頂ければと!!」

ぱっと花が開いたように明るく笑うフェリに釣られるようにふ、と笑みを浮かべて。





それから。市民街のホテルに向かうアニエスと別れて。
残ったメンツで食事を終えーーー待ってましたと言わんばかりにカロンはぐい、とよく冷えたアルコールを喉に流す。
ホップの苦味にシュワッとはじける炭酸、そこにフルーツや香辛料がブレンドされたクラフトビールは疲れ切った体によく沁みた。
嬉しそうにクラフトビールを飲んでいるカロンを見て、ヴァンもまた同じものを喉に流す。

「ん〜〜〜美味しい!」
「ああ、ジンジャーか?バーゼルの夜は冷えるから温まるな。」
「ワインも美味しいけどね。でも今は体が炭酸を欲してる。」

軽々とジョッキを空にするとウェイトレスの人におかわりを頼んで。
つまみにと注文したクラッカーにチーズを塗って口に頬張る。

「それにしても、お酒を一緒に楽しむ夜が来るなんて思わなかったな。」

クラフトビールは人気商品なのか、おかわりを頼んだらすぐに届いた。
新しく届いたビールを飲みながらヴァンに視線を向けて懐かしさを帯びた声で言う。
その視線と言葉を受けて、ヴァンも口角を少し上げながらビールを呷る。

「はは、昔飲んでみるかって勧めてきたよな。」
「その後すぐに爺さんに蹴り飛ばされたけどさ?私にも未成年飲酒って言ってきたけど故郷だと成人してたんだよね。」
「お前は本当にいい加減だったからな。師父も随分手を焼いたっつってたぞ。」
「なぁに、それぐらいちゃらんぽらんなのが側に居た方が楽だったでしょ?」

少し昔を思い出すように優しく笑いながら、クラッカーにジャムを塗ったものをヴァンは頬張る。
サクリとした歯応えと軽快な音を楽しんで。

「…………。…………共和国、かぁ。」

ポツリと呟くような声だった。
それは市街地襲撃という大騒動を受けて尚酒を呷る人達であふれた場所では足跡に、笑い声にかき消されそうなぐらいに小さく。
ジョッキを傾け、飲むことなく水面を揺らす。
ちゃぷんと音を出して水が揺れる、その波紋を眺めながら頬杖をついた。

「首都は結構美味しいお酒があるんだっけ?」
「…………。ああ、お前さんも気にいるさ。ビールにカクテル、極東風の酒。楽しむ場所は幾らでもある。」
「そう。まぁ、楽しみっちゃ楽しみかな。」

お酒関連の雑誌じゃ必ず共和国の店が乗ってたからなぁ。
ちゃぷん、ちゃぷんと数回揺らぐ波紋を眺めて、ぐっと呷るように喉に流す。

「……別に、お前に会いたくないから行かなかったわけじゃないからね。」

カロンがそう言うと目の前の男の肩が微かに跳ねる。
注視しなければ解らないほどの動揺に困ったように笑った。

「私にもこの10年間色々あったんだ。近づかなかったのは、どっちかっていうとその間に起きた事に関すること。」

共和国と、帝国に挟まれたクロスベルはまさしく魔都だった。
明るければ明るいほど影は大きく深くなる。あらゆる正義は巨大大国の闇の圧力に押し潰された。
幼少期からその“力”のことは理解していたつもりだったが、認識が甘かった。だから彼女は本当に大切だった人を二人も、手の届かない場所で失った。

アリオスが彼女に気があるような言い方をされると非常に不愉快な気分になる。彼をよく知っている人物に言われたらその首を絞めてやりたい程に。
彼女はアリオスと、サヤが幸せそうに笑っているのが好きだった。時に両方の背中に手を回して、時に気を遣って離れて。
ーーー逢いに行った時にはすでに、サヤは命を落とし、娘のシズクの瞳から光は奪われ、アリオスは警察を辞めていた。

アリオスとカロンの関係を、彼女は口に現すことはできない。けれど互いに異性としての感情は一切ないことだけはわかっている。
逆に、もう一人。ガイ・バニングスとの関係はまさしく親友であったとすんなり言葉で関係性を語れた。

燦々と輝く太陽のような青年、行動力が擬人化したような、気合と根性と、心の熱さだけで数多の困難を超越した。
けれどそいつはとんでもない朴念仁で何度その顎に拳を振り上げたか解らない程だった。
だから、そんな親友と、セシルがようやく結婚すると聞いた時は本当に嬉しかった。
ーーー結婚式の前日、祝いの品を用意してクロスベルに戻ってきた彼女を待っていたのは一月前にガイが命を落としたという訃報だった。

「…………殉職した親友の弟が共和国の叔父に預けられたって話を聞いてね。近寄れなくなった。」

大切な親友のたった一人の家族、彼女にとっても可愛くてしょうがなかった、まるで実の弟のように接していた少年。
万が一に遭ってしまえばどんな表情をして、どんな声で、何を話せば良いのか全く解らなかった。
だから会わないようにして徹底的に避けた。ーーー今でこそ龍老飯店で顔を合わせるが、それでも罪悪感だけは常に燻り続ける。

「ま、共和国に近寄らなかった主な理由はそんなとこかな。」

ジョッキに半分残ったビールを一気に飲み干し、空になった器をドン、と少し音を立てながら机の上に置く。
その音を聞いてウェイトレスが「おかわりは如何ですか?」と注文を取りに来る。断る理由もなく追加注文をして、何もつけていないクラッカーを齧る。
よくよく考えてみれば置いて逝かれてばかりの人生だとつくづく痛感する、最後は見送る側だ。
どれだけ守り抜く力があっても、護衛として一流と言われても、側にいなければ意味はない。

背後からどうぞ、と声が聞こえる。頬杖をついていた姿勢を戻し、渡されたよく冷えたビールを片手で受け取り、目を瞑りながら口に含む。
何故か特有の苦味が更に濃くなったように思えた時頬に何かが触れる感触がした。
目を開けてみると、片腕を机の上に乗せながら、一方の腕の指の背でくすぐるように撫でてくる男がいる。
まるで傷物に触れるような優しい触り方にほんの少し、ささくれて乾いた心に水が潤うような感覚を得て。

「“流星”家業は休業しろよ。」
「は?」

脈絡もなくそんなことを言ってくる目の前の男に驚いたような声が出る。

「で、裏解決屋ースプリガンーのスタッフだ。住処はどうする?」
「え??」
「俺は同棲でも構わねぇがな?」
「え?!い、いや知り合いに不動産屋居るから共和国にも物件持ってるか聞く予定ではあるんだけど。」
「旧市街以外で住処見つけんなよ。万が一見つけやがったら解約して同棲だからな。」

ここ最近勝手に従業員が増えてんだから俺が増やしたって問題ねぇだろ。
そう言いながら頬をくすぐるような指は離れることはなく。

「同棲は流石に早すぎるでしょ……。話してなんとか良い物件見つけるから。」
「あぁ。……お前はすぐにどっか行くからな、先に予定を詰めておかねぇと。仕事みっちり入れてやるから覚悟しとけよ。」
「……困った子だなぁ。」

突然切り替わった会話、頬を撫でる指と、目と、声の優しさ。
それが何を意図するのかが解らない彼女でもない。
今カロンが何に傷ついて怯えているのかを理解した上で、けれどそれに触れることはないように、囲うように、匿うように。
暗闇を淡く、優しく照らす小さな光。けれど時折、目の前のこの男だけは瞬くような海の青い光のようで。

ヴァンから視線を逸らして、静かに目を閉じて。
頬を撫でる指に彼女もぐい、と頬をすり寄せる。指の腹とは違う、角張った指の背に。
何処か甘えるようなその仕草はヴァンの頬に軽く熱を宿すが目を瞑っている彼女は気づかない。

「私は旅人のような物だから、共和国を離れる時もある。それでもいい?」
「構わねぇよ。離れても俺の隣に帰ってきてくれるんだろ?」
「約束したからね。……帰る場所があるのも、不思議な気分だ。」

ほんの少し勿体無く思いながら、頬を撫でる指から顔を放して。

「じゃぁ明日は仮採用ってことでよろしくね?」
「! じゃじゃ馬達の面倒見んのは大変だからな?」
「私だってじゃじゃ馬になるかも知れないよ。」
「それは手に負えねえから勘弁してくれ……。」

本当は明日にアーロンもフェリも、アニエスも交えて伝えるつもりだったのにな。
惜しみなく与えられる優しさと温もりは拒もうと思う気持ちすら湧かずに浸透していく。

困ったようにほんの少しだけ口角を上げてビールジョッキを片手で掴む。たっぷりと注がれたビールを一気に飲み干し、勢いよく机に叩きつけて。
机の上に置かれている伝票をヴァンが掴むよりも早く奪い取った。
しまった、というような顔をする彼にひらひらと手を振って。そのままレジの方に行き、領収書の発行を頼みつつ会計を終わらせる。

先程彼女が座っていた場所の方向から、ガタンと椅子が引かれる音が聞こえた。
振り返ると立ったまま残りのビールを呷る姿があり、それを飲み干した後彼は彼女とは真逆に音をあまり立てずにジョッキを机の上に置く。

合流するように肩を並べ、ゆっくりとした足取りで階段を上がった。
計として大ジョッキ3杯分飲んだがその程度の本数で酔うこともなく。明日の夜はホットワインも飲みたいな、なんて。
思っていたら階段を登り切ったところでぐっと抱き寄せられる。

背後から抱きすくめられるように、片手で顎をくっと上向きになるように持ち上げられる。
気づいた時にはすでに熱が篭った瞳から目を逸らすことも、その熱を受け入れないということも、出来ない状況だった。
ヴァンの舌が、カロンの唇を舐めて、そのまま影が重なる。

1回、2回。啄むように、角度を変えながら口づけが降ってくる。繰り返しの口づけは、少し熱を帯びた息を零した。
熱い手が腰を掴み、肩を掴み。向かい合う様に振り向かされて。
赤らんだ顔、今にも溢れてしまいそうな、目尻に溜まった雫。ほんの少し荒れた呼吸。
それらがどれだけヴァンの情欲を揺さぶってしまうのか。こんな経験を持たないカロンに理解が出来る筈もなく。

ヴァンの喉が何かを飲み込むように流動する。両腕で強く抱きしめながら壁に押し付ける様にして、隠すように覆いかぶさり。
カロンの呼吸すら飲み込んでしまいそうなくらい深く、長く。
彼女の手が何かに耐えるようにヴァンの服を掴んだ。彼は、彼と彼女の間を遮るその手を煩わしく思ったのか、顔を少し離して。

「服を掴むぐらいなら背中に回せ。」

少し強引に、カロンが掴んでいた指を解いて背中に誘導する。
視界に映ったヴァンもまた、少し息が荒れていてーーーしかし瞳はとろけてしまいそうな程の熱で満たされて。
言われるまま、何処か恐る恐ると言った様に背中に腕を回すと彼は何処か嬉しそうに笑いーーー。



隠された腕の中





2022/8/19

back 天満月 next

 

 



分岐点へ
トップページへ