場にそぐわないことをと思うが少しだけ昨晩のことを軽く思い出す。
抑えきれずに押し付けられる愛慕は拒もうとも拒みきれない。
ずるずると底なしの沼に落ちていくような感覚にほんの少し寒気がするほどで。
けれどそれも、ヴァンの狙いの内なのだろう。本気で逃す気のない彼の行動に頭を抱えたくなる。
驚くほどの執着と執念。惜しみなく与えられる愛慕。
確かに10年前カロンもヴァンに、それこそ惜しみなく愛情を注いではいたけれど。
あくまでも家族愛、弟に向けていた愛であって。
『私が誑かしてるなんていつ?!私は冒険家なんだから別れは常で、出会いは大切にすべきで。……それによる行動なのに?!』
所謂歩くガチ恋錬金術師、多数の後方彼氏面。知人には冒険家の勇名ではなく不名誉な勇名の方で酒のアテになる相棒のことを思い出す。
『私でマズイなら私の片割れはどうなるのさ?!世界各地に現地妻いるような男なんだけど?!マシでしょ!?!?』
『いやどっこいどっこいだろどうにかした方がいいぜ?言葉を選んだ方が良い特に男に対しての。』
『はぁ〜〜〜〜?!ガイに言われたくないなぁ?!』
あの時は旧友共々散々文句を言ったが今ならほんの、ほんの少しだけなら解るかも知れない。
彼女だってそんな恋愛感情に発展させてしまうような触れ合いはしてなかったはずだ。
肩を落として、上手く影になるように座ってる椅子の位置をほんの少しずらして。
「ーーー昨日は慌ただしい中、あのような形での訪問失礼しました。」
集められた理科大学の会議室で涼やかな男の声が聞こえる。
「改めて、マルドゥック総合警備保障のGM、ギリアム・ソーンダイクと申します。こちらは警備主任のカシム・アルファイド」
「どうぞ、お見知りおきを。」
『フフ、直接出張ってくるとは思わなかったが見えられて光栄だよ、マルドゥックの方々。噂はかねがねーーーかなりの辣腕だそうじゃないか?そちらの警備主任の勇名ではも耳にしているよ。』
「フフ、これは汗顔の至り。」
「……恐縮です。」
それにしても嫌な雰囲気だなと彼女は思った。
ヴェルヌのCEO、職人街の技術長、CID、マルドゥック、更にはエルザイム公国の公太子。
映像も含めてはあるが、この会議室にここまでのVIPが集うとそこそこ広いのにどこか狭苦しく思えてくる。
カロンはまた壁に寄りかかろうとしたが、仮採用とはいえ裏解決屋の一員なのだからと椅子に座らされた。
あまり目立ちたくない、という彼女の意向を汲んでくれたのか、端の方の席に着かせてもらいはしたが、やはり居心地は悪い。
位置を調整している最中、カシムとほんの一瞬だけ目があった気がして、それには軽く目配せして返答する。
『つい先日帰国したばかりでよく状況が分かっていないんだが……結局MK社が今日一杯バーゼル市内の“警備“を引き受けた認識でいいのかな?』
『ええーーー非公式ですが昨日付けで第二次大統領令が発令されました。本日夕刻、CID特務部隊が到着、展開するまで重要施設の警備を任せる契約です。』
CIDの特務部隊なら、確かその名は≪ハーキュリーズ≫だったはずだ。
ヴァンがそう言いカエラに向かって「そっちの姉さんも所属してそうだな?」と声をかける。
彼女は特に否定することもなく、ただ察しが良いと一言だけ告げた。
「合わせて弊社が試験運用を行なっている、共和国軍新型艦≪イクス=アルバ級≫ーーーそれを介して、導力ネットワークの“保守“も行うこととなっております。」
『今まさにこの会話もそれで成り立っているわけか。御社の出向SCといい、想像以上にバーゼルに食い込んでいるじゃないか?』
シェリドの探るような物言いに、ソーンダイクが困ったような笑みを浮かべる。
「今回はあくまで都市の警備とネットワーク保守に限定されています。貴国同様、一線は引かれていますのでどうかご容赦いただければと。」
『ええ、そこはご安心を。あくまで必要措置だと考えていただければ。』
ソーンダイクとメガネのCID……キンケイドの発言に、ひとまず事を治めて。
シェリドは青ざめているタウゼントに視線を向ける。
『まあいいーーーひとまずは事態の収拾が最優先なのは確かだからね。だが、ヴェルヌの株主としても、理科大学関係者としても見過ごせない事態だ。』
タウゼントCEO、今回の件に貴方はどう責任を取られるおつもりかな?
その問いは当然の問いかけであった。
何処か冷ややかなその声音にタウゼントは狼狽えながら弁解を告げる。
そのタウゼントの様子を見て、何処か憐れみながら菫色の少女が発言をする。
「ま、心中お察しするけど管理責任は決して軽くないでしょうね。」
実利最優先の体制下における一ヶ月以上もの異常現象の隠蔽。
昨夜の時点でアルマータの裏金以外にも公国の資金の不正利用の発覚。
それらが全てキャラハン教授の暴走を放置した結果ならば、処分は甘くはないだろう。
更にレンが発言を続けようとするとタウゼントの横槍が入る。
学生ごときが、の発言の先を今度は彼女が遮るようにして青い名刺を差し出した。
「ーーーこの場での私の立場はリベールZCFの“特別顧問“になるわ。加えてエプスタイン財団から“代理折衝役“も請け負っている。今回の件で少なからず権益を侵害された両社の代理人としてーーー何か問題でも?」
「な、な、な…………。」
カロンは肩書きが多いレンを見て、困ったような顔をして笑う。
楽しんでいるようで、そして誇りを持っているようだから大丈夫だろうが、せっかくの学生なのだから少しだけそれらの肩書きを下ろしても罰は当たらないだろうに、と。少しだけ。
レンはその視線に気づいたようで視線だけを向けて、ふふ、と笑みを向けてきた。
その視線に、笑みに。ほんの少しお節介なことを思ってしまったかなと思いつつ目を伏せる。
尊敬の眼差しを送るアニエスに対して、その肩書きの多さに思わず劇画か?とアーロンが呟く。
映像上のシェリドもまたレンを見て困ったように笑うが、すぐに切り替えるようにタウゼントに視線を向けた。
公国以外の株主、更には関連企業にすら見過ごせない事態。
それを踏まえて何が問われているのか、解るはずだろうと。投げかけられたタウゼントはそれでもまだ言い淀むが、その背中を力強く叩く者が居た。
「ーーーだからいい加減に腹ァ括れや!!」
力強く叩いた手と、それ以上の声量でジスカールがタウゼントに喝を飛ばす。
いくらマルドゥックが警備するとは言えどもバーゼルが危険な状況下にあるのは間違いない。
キャラハン教授が“あんな事に”なってしまった以上、ヴェルヌのCEOが背中を丸める等あってはならない。
ヴェルヌを、バーゼルをーーー。託した博士に顔向けが出来るのか。
ハミルトン博士の名を出されたタウゼントはどこか苦しそうに、絞り出せない言葉を探るように。両の手の平に力を込めて握り締める。
タウゼントとジスカールのやりとりを視界に捉えて。
シェリドは映像越しにヴァンを含む裏解決屋に視線を向ける。
それは当然、ヴァンやアーロンの影に上手く隠れたカロンすらも捕らえて。
視線を各々に向けて、再度ヴァンに視線を合わせる。
『ーーーアークライド解決事務所の諸君、今日一杯は事件への対応をお願いできるかな?君たちならではの流儀で構わない。そして叶うならばーーーアルマータの目論見が実を結ぶ前に叩き潰してくれたまえ。』
「ーーー当然、報酬は弾んで頂けるんでしょうね?」
そして会議は終わり、マルドゥックの二人が会議室から出ようとした時に、その大きな背中をフェリが引き留める。
どうして、という投げかけに。立ち去ろうとしていた青年は振り返る。
「久しぶりだな、フェリーダ。」
「やっぱり……。」
「……ハン、聞いてた出稼ぎ先がマルドゥックの“猟犬”だったとはな。」
髪の色、瞳の色。歳が離れていても同じ色を宿したその二人は察していた通りに血を分けた兄妹で。
交わった視線に違い、違う想いを抱えながら。
事務所の所員全員に向けて妹の世話に例を言ったカシムはそれ以上言葉をフェリと交わすことは無く、視線をヴァンに向ける。
「それとヴァンーーー君とも2年ぶりか。また随分と腕を上げたらしい。リゼット嬢から聞いてはいたが、元教官として鼻が高い。」
「ま、それなりにはな。アンタの戦術指南はボチボチって所だが。」
「カロンもこんな場所……いや、こんな場所だからか。久方ぶりだ、あれから5年は経っているだろうか?」
「もうそれくらい前になるか。“あの時は”随分迷惑をかけたなぁ。」
「その事も含めて後で色々と話がある。」
「藪蛇!!いや5年前はそもそも私じゃなくて相棒の方!!」
特にそう、君ではなく“相棒”の方にね。
カシムのその返答にカロンは顔を片手で覆いながら項垂れる。
ーーー隣からの痛い視線に気づかない振りをしながら、同じ視線を向けられながら、その意図に気づかない目の前の男を見ないようにしながら。
ヴァンが違和感を感じないはずはなかった。彼女を探していたなら当然目の前の男にもその存在を、行方を尋ねたはずだろう。
そしてヴァンの問いにカシムがなんと答えたか。それは敢えて聞く必要もなく。
一向に視線をこちらに寄越さない事に、鋭くなっていく視線を隠すように、ほんの一瞬瞼を閉じて。
彼は目の前で笑みを絶やさない男に視線を向ける。
「GM殿も、話くらいは聞いちゃいたがこんな形で直接会うなんてな。」
「武装とサービスを提供しているとはいえ、君との“契約“はあくまで対等ーーーこれを機会に、改めて宜しく頼むよ。ヴァン・アークライド君。」
ソーンダイクが差し出した手を、ヴァンは一瞬掴むそぶりをして、直前で取り止める。
「馴れ合いは止めとこうぜ。契約以上になる気もないんでね。だが、この機会にって言うならアンタには聞いておきたいことがある。」
ソーンダイクの蛇のような瞳を見ながら彼は言う、彼女ーーーリゼットはいつから、ああなんだと。
ヴァンの発言に、軽度はそれぞれとして所員達に動揺が走る。
「弊社所属のSCの“詳細“については基本的に秘匿事項とさせてもらおう。だが“時期“程度なら構わない。ーーーおよそ1年ほど前からになるかな?」
「……おかしいとは思っていた。通信越しの付き合いが3年ーーー初対面はついこの間のサルバッドだ。戦術指南でオレド本社を訪れた時ですら都合が合わずに会えなかったからな。」
ソーンダイクとヴァンの会話を聞いて、胡乱げにするフェリとアニエスは何かに気づいた表情を浮かべる。
ヴァンとは通信越しではあるが付き合いが3年あると言うのに、戦術指南でオレド本社を訪れた時には都合が合わずに会うことは叶わなかった。
普通であれば遠方から来る相手、しかも“対等な顧客”であるなら前もって時間をつけて応対すべき筈なのにそれをしなかった。
それで、初対面はつい最近と言う。
ヴァン自身直接会えるとは思っていなかったリゼットが、姿を見せれるようになった理由。 理由は“詳細”であり秘匿である。けれど時期程度ならーーー。 そういうソーンダイクはやはりどこか底が掴み切れない、確かに蛇みたいな男だと。彼女もまた顔を覆っていた手をずらし、口元に手を当てその男を見やる。
カロンの視線に気付いたのかソーンダイクは柔らかい笑みを浮かべる。
「幸い、アーチェット准教授がいる。彼女の処置については心配無用だろう。念の為、適合するタイプの“予備パーツ“も運んできているからね。今回はこれ以上“出向S C“として力になれないのは申し訳ないが。」
「……アンタに謝られる筋合いはねぇ。あんな無茶をさせちまった分の借りが負傷手当程度で返せるかは分からんが……その辺はあくまで“こっち“の話だ。」
突き放すようなヴァンの言葉にソーンダイクはほんの少しだけ肩を落とす。
余計なお世話だったようだ、そう言った彼はこれから共和国軍との折衝があるのでこれで失礼させてもらうと続け様に言う。
立ち去る間際、キャラハン教授の研究を“天才の執念の研究”と称賛した上、強い興味を示しながら。
そうしてソーンダイクと、続いてカシムが立ち去ろうとした時にフェリがその背中に声をかける。
カシムはそれに対し父と自分の考えは違うこと。特にフェリが“戦士”に向いているかどうかの見解については。
突然のカシムの言葉に傷ついたような顔をするフェリを見て。
「だが今回、この地に来たのは炎と翼の女神の導きではあるだろう。戦場は近いーーークルガの戦士としてどう乗り越えるのか見せてもらうぞ?」
そう言って、外で待っていたソーンダイクと共に今度こそカシムは理科大学の会議室を後にする。
感情を言葉にすることが出来ないフェリをアニエスが心配をしながら。
アーロンはカシムの“底”が全く読めないと評し、ヴァンにどれほどの実力なのかと問いかける。
「恐らくーーー“史上最強の猟兵“の一人だろう。」
陽光差さぬ会議室
(ーヴァンがいる所でカシムに会うのは想定外だな。)
(ま、察してはいるだろうし、言う必要もない。)
(それは私にとって“当たり前”なのだから。)
2022/9/10
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