サルバッド帰りから2日後、よく晴れた日。
ヴァンはソファに転がっていたアーロンを軽く小突きながら声を掛ける。

「んだよオッサン。」
「オッサンじゃねぇっつってんだろうが。お前に依頼だ、アーロン。」
「ハン?事務所じゃなくて直接俺にか?」

横たわっていたアーロンは、しかし小突かれても尚その姿勢を崩すことはなく。
下から睨みつけるようにヴァンと視線を合わせる。
相変わらずの太々しい態度に呆れながら、右手を腰に当てて彼は喋る。

「ま、先方と俺で勝手に決めたようなもんだがお前にも悪い話じゃねぇだろ。」
「……?ったく、メンヘラじゃあるめぇしハッキリ言えよな。」

特に予備動作も必要とせず。腹筋だけで起き上がったアーロンは軽く頭を掻いて立ち上がる。
その様子を見てからヴァンはフェリに留守番を言い付けて、アーロンを連れて事務所を後にした。
階段を降りて、そのまま地下鉄にーーー向かう前にモンマルトに足を運ぶ。

昼のピーク前とは言え既に常連で席が埋まってる店内の中、彼は一人の女性を探すように視線を彷徨わせる。
接客をしていたその女性、ポーレットはヴァンの姿を確認すると既にカウンター裏に用意されていた大きめのバスケットを取り出した。

「ポーレット、準備は出来てるか?」
「ええ、3人前で良かったわよね?いつもは2人前だから。」
「今日はアーロンも居るからな。」

コーヒーとサンドイッチが3人前入った、若干の重みを感じるバスケットを確かに受け取りながら。
ポーレットはあら、と言わんばかりにアーロンの顔を見る。

「珍しいわね、あまり人付き合いが好きそうに思えないのだけど。」
「毎回サンドイッチ持って行ってんだからせめてここにぐらい顔を出せって言ってんだけどな。」
「ふふ、私も是非会って見たいわね。アーロン君、良かったらひっぱり出して連れて来てくれると嬉しいわ。」

楽しそうに笑うポーレットにアーロンは鼻を鳴らして握り拳を作り、親指を自分に向ける。

「誰だか知らねぇが任せとけや。オッサンじゃ役にたたねぇ見てぇだしよ。」





レンと小さなお茶会をしてその後。彼女のザイファには毎朝、毎晩とショートメッセージが届くようになった。
取り止めのないメッセージのやり取りではある。大方は生存確認の意味合いが強いだろう。 けれどそこに込められた、優しさも確かに感じ取れて。
ザイファを撫で付けた後に綺麗にした机の端の方に置く。今日は本当に珍しく、アヤメが招待する形での客人が来る日だ。

ローゼンベルクの針子としてではなく、個人としての招待の為堅苦しいスーツは脱ぎ捨てて。
白のブラウスの上からネイビーの膝下までのワンピースはIラインのものを。
後は派手になりすぎないようにアクセサリーを身につければ、後は待ち人の訪れを待っていればいい。

(いや、不安になってきた。誰かを招待するなんて産まれて初めて、いや、初めてじゃないかも知れないけど少なくとも雇用されてからは確実に初めて。)

レンと片付けたあの日から、作業はしてきたものの出しっぱなしのまま作業するなんてことはしなくはなった。
綺麗ではあるけれど、果たしてそれだけでいいのか。他にも用意するべきものはあったのではないか?
両の指を擦り合わせるように指遊びしている様は、どこか落ち着きのない子どものようにも見える。

けれどもう、どうにか出来るだけの時間は残ってはいない。玄関のドアの鍵を開ける音が聞こえてきたからだ。
扉を開けて足音が二つ。長い付き合いで聴き慣れた男の声と、この前の夜たった一回だけ会った男の声が耳に届いた。

「いらっしゃい、気の利いた用意がなくて申し訳ないけれど好きなところに腰掛けて頂戴。」

落ち着きのなかった指を諌め、腹の上に持っていきながら。彼女のいる部屋の扉を開けてきた二人に対して微笑む。

「うお、散らかってねぇ。風邪でも引いたか?」
「……レンに見られたのよ。いいから茶化してないで座って。あぁアーロ、」

茶化すヴァンと、アヤメの顔を見て呆然としたような表情を浮かべていたアーロンに声をかけようとした。
けれど彼女が声をかけるよりも早く、アーロンの拳がヴァンの顎に直撃する。
ノーモーションで振り上げられた拳は、下から上へと勢いをつけた分威力を増した。

「オッサン!!!テメェなんで合鍵なんざ持ってやがる!!??返答によっちゃただじゃすまさねぇぞオイ!!」

思わず膝着いたヴァンを睨みながら、未だ握り締めている拳は怒りに震え。
話せば分かると、そもそも俺の本命は知ってるだろうが!!とヴァンが宥める中恐る恐るとアヤメがアーロンの背中を軽くつついた。

「じじ……上司の依頼で、私の煩い目付け役みたいなもので……。」
「そもそもこいつが独り立ちした時に仕事に没頭して行き倒れてたのが発端だからな。」
「ちょっと、私濁したでしょ!?」
「勘違いされて全力で殴られた俺の身にもなれってんだ。」

余計な一言を言ったヴァンに憤慨しながら、アーロンを見て取り敢えず席について。と声をかけて。
どこかむす、としたように口を軽く尖らしてる様は年相応でどこか可愛らしくも思えた。
一度きりだったが夜に見た彼は余裕そうな表情だったが、アヤメからしたら今の膨れっ面の表情の方が親しみが持てる。

ヴァンは顎をさすりながら立ち上がり、殴られながらも死守したコーヒーとサンドイッチが入ったバスケットを机の上に置く。
布を捲ると出来立ての香ばしい匂いが室内に広がった。
バスケットの中から小皿と、人数分のコーヒーが入ったタンブラーをヴァンが掴もうとして、それをアーロンに奪われる。
アーロンが奪ったコーヒーを一人分のカップに注ぐと立っているアヤメの前に突き出した。

「座っとけや。」





サンドイッチを食べ終え、コーヒーを口に運ぶ姿を頬杖をつきながら見る。
依頼人がアヤメだったことも大層驚いたが、それよりもヴァンが合鍵を持って平然と、さぞ当たり前のように室内に入って行った不快感が勝った。
アヤメを見て、ヴァンを見て。互いにそういう熱を持った感情を抱いていないことを悟ってようやく彼の気分も落ち着く。

……落ち着いたら気になることもある。
リバーサイドで見た彼女は常にパンツスーツの装いだったが、今日は随分と女性らしい出立ちだ。
体のラインがわかるIラインのワンピース。自然と目が柔らかい膨らみに向くのは男としては仕方のないことだろう。
そんなアーロンの不埒な視線に気づいたヴァンがアヤメに気づかれないようにしながらその足を小突いた。

「それで、食事中に話した通りなんだけど。どうかな?」
「俺は別に構わねぇが?だがちぃと腑に落ちねえな、他にも適役は居ただろ。」

依頼人と請負人。接点が何一つなく関係性の構築を模索していたアーロンに取っては渡りに船の話だった。
受けるのは当然として、しかしフリルやレースと行った洋裁であっても服飾としての知り合いはいる筈。
それなのにアーロンにと、自分に頼ってきたことが彼にはあまり理解が出来なかった。

アーロンの至極当たり前な疑問と問いかけに、アヤメは視線を逸らす。
それを見たヴァンがため息混じりに

「行き過ぎた職人気質って奴だ。知り合いなんざ両の手で数えられる人数がいればこいつの場合上等だろ。」
「煩い!前の工房なんて山奥だったし共和国は人多過ぎだしで知り合いなんて作れるわけないでしょ!!!」
「こいつの共和国の知り合いなんざ俺とシノとあと一人くらいでな。」

頬杖を着いたままの姿勢は崩さず。ヴァンの両頬を引っ張るアヤメを見ながら。
職人気質が強い、故の人見知り、否、この場合は人嫌いの方が強いか?
確かにあの夜。彼が話しかけた時のアヤメは驚きと多少の動揺の気を感じた。
慣れ親しんだ間柄だと気安くスキンシップも多め、どこか戯れあうような二人を見るとイラッとするが今は置いておいて。

憶測ではあるが彼女にとっては“知り合い”だけが基準なのだろう。そしてその基準は普通よりも厳しい。
ともすれば話題選びに失敗したかと思われたが結果的には良かったのかも知れない。
知り合いではないが、話題に上げれる人物。普通ならそこまで行くのにも時間がかかるだろうが、お陰で大分短縮出来たようだ。

「いや知人が少ないのもあるけど、今までの私の世界ってフリルとレース。アンティークな洋裁で、貴方が語ってくれた煌都の賑やかさが頭から離れなくてね。」

世界がパッと開いたような感覚がして、それを知りたいと思った。そしてどうせならアーロンが見て、知っている煌都をもっと知りたい。
まるでゆっくりと花が開くような笑みで言われたら、多少なりとも恋慕を抱いてる男には効果は的面だった。
頬杖を付いてる手で少し口元を隠すように顔を動かし視線を逸らす。

凛とした、手折れぬ花のような女性だと思った。
けれど話している姿は鞠が転がるような笑みがよく似合う。そしてどこか浮世離れした雰囲気は目が離せなく。

「ハッ……、まぁいいぜ。だが俺の世界を知りたいってんならこんな閉じこもった空間じゃ無理な話だよなぁ?」
「え?普通に製作の話と資料を照らし合わせた打ち合わせみたいな感じを定期的にって感じでいいんだけど。」
「俺の世界ってのはもっと煌々とした賑やかさだ。喧嘩も華の内ってな。」

アーロンは身を乗り出してアヤメが置きっぱだったザイファを掴む。
自身のザイファも取り出して、そしてそれを手慣れた手つきで操作し彼は勝手に連絡先を交換し終えた。

「え、ちょ、ちょっと!?」
「明日の夜開いてんだろ?ちぃとツラ貸せや。」
「拒否権は……?!」
「当然スーツなんか着て来んなよな。んで、飯でも食いに行こうぜ。あぁその後に映画観に行くってルートもいいが?」

連絡先を交換したアヤメのザイファを、アヤメに掴ませながら。更にその手を片手で軽く包み込みながらぐい、と迫る。
近づけた顔からは動揺と困惑が窺える。顔こそ赤らめることは無かったが少なくとも嫌がられてはいないことに彼はほんの、ほんの少しだけ安堵した。
静止しても尚迫るアーロンにアヤメは助けを求めるようにヴァンに視線を向ける。

「一人じゃ絶対に出歩かねぇんだから連れ出してもらえ。俺はお前のお守りは御免だしな。」
「う、裏切り者!!」
「お前の生活習慣の改善は急務なんだよ。」

じと、とした視線に込められた意図を察したアヤメは肩を落として。
ちらりとアーロンの目を見て、諦めたようにため息を吐いた。

「お手わらやかに。」
「ま、アヤメちゃん次第ってトコだなぁ?」
「はぁ……。…………困った子。」

いや吐息混じりのそれは破壊力があり過ぎんだろうが。
うぐ、と言い淀んだ彼に視線を移すことなく椅子から彼女は立ち上がる。

「今日の本題ね。一応一人で作って見たんだけどどうかな。」



午後13時の昼下がり



(煌都風にしちゃちっと地味だな。色合いはいいが紫系で刺繍を入れるのが良いだろ。)
(強い色ばっかりだからちょっと怖気ついたか……それにしても紫ね、喧嘩しない?)
(こういうのは喧嘩させる勢いで混ぜんのがいいんだよ。)
(成る程……?)
2022/9/13

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