ベッドはシーツは清潔感があり柔らかく。
看板娘のサンサンが丁寧に設えた一室はいつ来ても居心地が良い。
太陽に浴びて赤色の髪は若干黄色が混じる。
ベッドから降りる前に、もう一度欠伸をした。
ぐっと一つ伸びをした。
昨晩は久々に戻ってきたクロスベルに浮かれたのかしこたま、浴びる程酒を飲んだ。
不良から足を洗った馴染みの奴が集まればいいなと呼びかけたらなんと2人が4人に、4人が8人に。
倍々で増えて行き昨晩は宿酒場≪龍老飯店≫は大騒ぎ状態になった。
カロンの一声でギャンブルが始まり、収拾が付かなくなってきた大騒ぎにチャンホイがブチ切れてどでかい出刃包丁を引っ提げて乱入してきたり。
それを見てとても楽しそうにサンサンが笑い、慌てたフェンが特務支援課に大急ぎで電話をかけて。
『またカロンか?!いい加減にしてくれ!!』
『ちょっと待ってまたって何?またって??ロイドも勤務外でしょ〜飲みな飲みな!!』
『あんたクロスベルに帰ってきたら絶対龍老飯店で騒ぐだろ!騒ぐのはいいけど節度を守ってくれ……っギャンブルをするんじゃない!!!』
『カロンがボコられるのに賭けるぜ!』
『じゃぁ俺はロイドが言い負かされるのに酒代な。』
『い い 加 減 に し ろ ! !』
特務支援課のリーダーが来ても騒ぎは収まらず。かと言って暴力沙汰等の抑止力として存在感は出していた。
カロンにとって親友の弟であるロイドはとにかく可愛くて、全力で絡んで行った。
騒ぎの中心にいたカロンがロイドだけに構うようになると、デッドヒートしていた店内は徐々に沈静化していく。
それでもその夜の店内はざわざわといつも以上に明るく騒がしかった。
ロイドもこれ以上の騒ぎは見込まれないだろうと判断して、帰ろうとした。
その背中を見送り、手を振って。振り返ったロイドは。
『いつも帰ってきたらこんな騒がなくていいんだからさ。』
そしたら時間も作ってお酒でもなんでも飲むよ。他の皆だって飲みたがってるんだから。
呆れたように、困ったように笑いながら。
その立ち去る姿を見てカロンの脳裏に親友の姿がダブった。
「クロスベルは好きだけど、思い出があり過ぎるんだよな。」
ベッドから立ち上がり洗面台で冷水を顔にかける。
季節は10月、そろそろ冷水で顔を洗うのが寒くなってきた季節だ。
この前まで夏だっと思うのに、時の流れは随分と早い。
タオルで水気を拭い、長い赤い髪をサイドに纏めて。
革製のジャケットを羽織った後立てかけていたガンブレードを背中に背負う。
少ない手荷物を持ってのんびりとした足取りで部屋を後にした。
部屋を出ると様々な香辛料の匂いが鼻を擽る。
東通りの中華料理と宿を用意しているこの店は彼女が良く利用する宿酒場だ。
廊下を歩き、突き当りを右に曲がる。
起きてきたカロンの姿を見たマスターの怒号が飛んできた。
「今起きたあるか?!この遊び人!!もう昼ね!!」
「起きた起きた。チャンホイさん今日も美味しそ〜なご飯じゃん。胃に優しいのなんか作ってよ。」
「お前は毎回毎回帰ってくる度に騒ぎばっかり起こして!」
「いやなんか想像以上に毎回集まるんだよねぇ。前なんかほんと二人くらいくれば良かったんだけど。」
廊下からひょこっと現れたカロンを見て烈火の如く激怒するチャンホイは、口煩いのが傷だが飯は美味い。
文句をしこたま言いながら具材を切る姿を横目にカウンターの席についた。
「ロイドもな〜私じゃなくて相棒に構えよ〜って思うんだけどな〜。」
「お前の相棒は冒険に旅立って当分帰ってないよ。」
「あぁ、まぁ四年ぐらい前からクロスベルにかかりっきりだったからね。ようやく少し安心出来るとか言って未開の地に行ったって聞いたなぁ。」
冒険しないと死ぬ!みたいな探検家だからなぁ。
相棒と呼ばれた、歳の近い女性はこれまで多くの未開の地を攻略し、生きて生還し。
その手記は飛ぶように売れ冒険家、探検家といえば彼女だとゼムリア大陸でも有名な女性だ。
会ったのはいつだったか。ウルスラ街道の浜辺で行き倒れて居た所を助けたあの日が全ての始まりだったかも知れない。
幼馴染で古馴染から文句もしこたま言われながら。確かにカロンは彼女から旅での生き残り方を教えてもらった。
「会いに来て会えなかったからここで飲んでたんだ。あいつもな〜もういい歳なんだから腰落ち着かせてもいいのにね。」
フェンが入れて用意してくれたお冷やを飲みながらそんな事を言う。
あっちこっち、人の事を言えたものではないが。
好い人が出来たなら少しは帰る頻度を上げてやればいいのに。
そんな事を思いながらぐい、と煽るように氷ごと水を飲み干す。
ボリ、ボリと嚙み砕きながらキンキンに冷えたそれは喉から熱を奪っていった。
「そういうお前はいないのかね?お粥だよ。」
「やったー鶏粥!ここで酒飲んだ後はこれだよこれ。」
チャンホイが言ってきた言葉は無視して蓮華を取り粥を口に含む。
はふ、と頬張ったそれは熱く、優しい味をしているもののどこか感じる刺激はやはり東方風で。
息で冷ましながらゆっくり食べ進めて行く。
真ん中にぽんと置かれた梅干しを崩しながら食べると酸味が加わってまた美味しい。
もぐもぐと夢中で食べていると甲高い鳴き声が外から聞こえてくる。
その鳴き声を聞いて、忙しなく動いてるサンサンが扉を開ける。
猛禽類の一種であるハヤブサは首に布製の巾着を取り付け、それは未だに食事をしているカロンの肩に止まった。
「おはよう、シグマ。依頼かな?」
問いかけにキィと高い音で鳴いた後、チャンホイが出したリンゴに齧りつく。
カロンはそんな相方の羽を軽く一度撫でた後に巾着から記録媒体を取り出した。
ザイファを懐から取り出し保存されたテキストファイルを読み込んで行く。
「うーん……どうしたもんかな。」
帝国からの賠償金のお陰か現在の共和国は急激に発展した。
その様変わりは帝国と共和国から大量のミラが入ってきたあの時のクロスベルをどこか過らせて。
けれど発展すればする程、光が強くなればなる程影もまた深まり伸びる。
そのせいか最近来る依頼は共和国系が七割。
「私求められるとなんか近寄りたくなくなるんだよね。共和国ばっかじゃん……。」
「元々共和国にはあまり近寄らないのに何を言ってるね。」
「まぁね。十年から九年くらい寄り付いてないや。バーゼルには用事があったから四年前に入ったけど。」
少し長めの滞在になったな、あんまり一ヶ所に長く留まらないようにしてるんだけど。
そんな事を言いながら画面をすい、すいと動かしつつ受け答える。
共和国からの依頼も、その中の半分以上がアルマータ関連と来たもんだ。
近頃爆発的に勢力を増してきたマフィア、あの黒月が手を焼いてる相手。
クロスベルやリベール、帝国からも依頼が来てるが数件は上手い具合に誤魔化してるもののアルマータに関するモノが紛れている。
こんな根無し草をヤバい組織にぶつけてどうするつもりか、高見の見物か?
ため息を吐いてフェンが注ぎ足してくれたグラスに手を伸ばす。
「それって会いたくない人がいるからね!もしかして……恋人?!」
「おっとサンサン、大人をからかうんじゃないよ。」
「だって浮ついた話なんてアリオスさんだけでしょ?」
「おえー!ないない!!あいつ嫁さん一筋だっての!!」
ひょいっと後ろからお盆を胸に抱えて顔を出してきたサンサンの発言に嫌そうな顔をしてしまった。
ギロリとみてくるチャンホイに右手で謝る素振りをして残っている鶏粥を口に運ぶ。
「古馴染だって言ってるじゃん……ていうか今日もアリオスに絡まれない内にクロスベル出る予定だし。」
「えー。寂しいね。次はどこに行く?」
「さて、バイクの赴くまま、風に誘われるまま、流れる星のままー……と言いたい所だけど用事があってね。久々にバーゼルに行くよ。」
今回もそこそこ長めに滞在することになりそう。
そう告げるとサンサンは驚いた顔をする。
「ーカロンが行先を告げたの初めてね。」
「ん?あぁ、確定してる行先があるなら多少はね。気儘な一人旅だから行先も気まぐれだから。」
最後の一口を頬張って、飲み込んで。
フェンに昨日の酒代、宿代、朝食代を渡して荷物を持ち席を立つ。
「たまには龍老飯店じゃなくてアリオスの所に帰るとよろし。家族は一緒にいるべきよ。」
「あ〜娘さんいるのにこんなちゃらんぽらん教育に悪いでしょ。まぁそろそろ飯ぐらいはと思うけど……まぁ、それもいずれ、かな。」
「逃げても何も変わらないあるよ。……毎回お前が帰った後に店に来るアリオスが不遇ね。」
「女々しいなぁ30も超えてるオッサンがいつまでも兄貴面して……。……何、合わせる面が無いだけだよ。」
キィキィ、とシグマが鳴きながら肩に乗る。
「近ければ近いほど、足が竦む。かと言って遠く離れたら離れたでどの面下げて会いに行くのかとも、まぁ思うのさ。」
「そう思うなら放蕩癖を直すべき。」
「……ま、次クロスベルに寄った時もここ泊まるからよろしくねチャンホイさん。」
くるりとカウンターから背を向けて、後ろに居たサンサンの頭を撫でながら龍老飯店から立ち去る。
出てから左手に見える旧市街は子供だった頃からの遊び場だった。
何度か殴り合った仲であるヴァルドが教会に行くとは夢にも見ておらず。
風の噂で聞いたときにはひっくり返った事を思い出す。
旧市街に移した視線を戻し、にぎやかな店通りを、過ぎて、また左を向く。
遊撃士協会に、先を進めば行政区に警察署がある。
髪が長くバカみたいに強い古馴染と、行動力の概念が擬人化したような親友の顔が浮かんだ。
瞼を軽く閉じて、開く。
いつだってああしていたら、こうしていれば、どうにもならないタラレバの言い訳ばかり重ねて。
そんな事を考えてもあの楽しかった時間は戻らないというのに。
アリオスが女々しい?馬鹿を言うな、女々しいのは自分だ、いつまでたっても未練がましく。
深いため息を吐いて、右に曲がり東通りの先の街道に置いてあるバイクに向かって歩いて行く。
子供の頃はこんな考えてばかりじゃなかったのになとか、思いながら。
良く晴れた空の下、見上げて
(とは言えこのままバーゼルに行くのもなぁ。サルバッドから依頼きてるし経由して行くか?)
(いや距離を考えるとやっぱりバーゼルに先に行くのが吉か。そのあとに別の国に行こう。)
(ハミルトン教授は居られないだろうが、……カトルは居るだろう、元気にしているだろうか。)
(折角だから、アルモリカ村で蜂蜜を多めに買って行こう。カトルが好きだった筈だ。)
(ー……そういえば、あの子も好きだったなぁ。看護師に隠れてスライスしたバケットにひたひたにして……)
2021/11/22
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