峡谷に作られた街は自然とうまい具合に融合している。
標高の高い場所に建てられた部屋の一室から忙しなく動き続けるエアロトラムを見ながらコーヒーを飲む。

昨晩、久しぶりにバーゼルに来たカロンは気分が高揚しハミルトン博士を通して交友があった人達と浴びるように酒を飲んだ。
飲み過ぎだと諫めるカトルの声もなんのその。
カロンに煽られてペースを早く飲むタウゼントやマイペースに飲むクロンカイト。
それを見ながらのんびりと食事をするエスメレー。

一言で言えば混沌である状況に最早言及出来る者はおらず。
けれどカロン以外立場ある者ばかりであった為日付が変わる前には解散。
それでも飲み続けようとした彼女をカトルが引きずるように店から出してそのままハミルトン博士の家に押し込まれるように連れてこられた。

『もうカロンは……!僕の倍近く年齢が上なのにっ』
『まって傷つくから許して』
『言われたくないならシャンッとする!もう……。僕は明日色々予定があるから、構えないからね。』

カトルに散々と子ども扱いされたような気分になりながら、軽くシャワーを浴びて就寝した。
彼女が起きて机の上を見ると軽い軽食と書置き、セキュリティカードが残されていた。
恐らく、いや確実にカトルであると当たりを付けて読む。

そこには寝坊助という暴言から始まり、
理科大学に居ること、午後には職人街に行く事。
ちゃんとご飯を食べること……夜には一緒に天体観測をしたいとの事。
そんな事が簡潔にまとめられており、カトルという人柄を良く現した書き方だった。

ふあ、と一つ欠伸をして。
昨日しこたま飲んでいたタウゼントは今日無事なのだろうかという懸念も若干しながら。

コーヒーを持ったまま扉を開けて下層に視線を向ける。
緑色の制服の学生がちらほらと、そして青いピックアップが道路を走る姿。

「……ビルにも言われたけど、なんか面倒な時に来たみたいだなぁ。」





バーゼルに付いた裏解決屋一行はタウゼントCEOと邂逅していた。
露骨に厄介者扱いしてきているが、どこか体調が悪そうであり。
それを心なしかカトルが心配そうに見やる。

「ところで、先ほどから具合が悪そうですが?」
「……それこそ気にする必要はない。昨晩飲み過ぎただけだ。」
「なるほど、仮にも公国から依頼を受けて調査に来た自分たちが来ると知っていながら?」
「ぬうう……!やはりあいつが来ると碌なことがない……!!ただでさえ……。」

ヴァンの追求に、咳払いをして。

「……まあいい。これ以上は時間の無駄だ。サリシオン君、あれを。」
「ああ、噂に聞いた……。」
「昨年からバーゼル市で発行している短期滞在ゲスト用のセキュリティカードです。」

ヴァンがセキュリティカードを受け取ったの見届けて、カトルが説明をしていく
新市街、職人街であれば制限はないこと。
上層の理科大学、エアトラムについては利用できない事。

それに対して何か言いたそうにしたフェリとアーロンをヴァンが視線だけで制した。

「ありがたくお借りしますよ。それじゃあ、自分たちはこれで。」
「待ちたまえ―――こちらも建前上公国に顔を立てる必要はあってな。」

そう言って背を向けたヴァンに対してタウゼントが呼び止める。
どこか嫌そうに、しぶしぶといった表情をして。
横目でカトルを見ながらタウゼントは告げる。

「調査屋ごときに必要ないとは思うが一応“窓口”を用意しておいた。」

その言葉を聞き、カトルは静かに目を閉じ、胸に手を添えて

「カトル・サリシオンです。理科大学で助手をしています。別の案件も抱えているので常時対応は難しいかもしれませんが……問い合わせなどがあれば遠慮なく連絡していただければ。」
「こりゃご丁寧にどうも。」



そうしてヴァンとカトルは互いに連絡先を交換し……。
気遣ったような、無神経な発言を投げかけアーロンとフェリに冷ややかな視線を向けられつつ。
去り際にタウゼントに嫌味を飛ばされ。

エレベーターに乗ってきたアラミス高等学園の生徒達と別れた後、彼らは手配していた宿に向かう。
その後カトルに連れられたアニエスと合流し、ヴァンがエンガディーナを美味そうに食べながら。

ヴェルヌ社の情報はすぐに手に入らないと見越し、まずは4spgをやりながら現状のバーゼルの“状況”を掴んでいくー。
これまでと同じことを着々とやりながら初日の解決業務をこなしていくことになる。
もう一つの目的を抱えながら……。





「さてはて、夜の予定はできたけどそれまでどうするかな。」

クロスベルからバーゼルに来たのは良いが、それまでに何回か魔獣とやり合った。
ガンブレードのメンテナンスをしながら今日のスケジュールを組み立てる。

夜には予定が入ったから実質動けるのは昼間から夕方。
けれど先程みたアラミスの学生達とはあまり遭遇したくはない。
それまでの時間ここに籠ってハミルトン博士の天文学に関する論文を読むのもいいだろう。

とは言えど。ここには用事があって来た。
結局はここではなく天文台に籠らないといけなくなる。

「星見に来たからなぁ。……星見の塔が昔のまま健在であれば良かったけれどそうも言ってられないし。」

言いながらテーブルにガンブレードを置き、変わりにソイルを手のひらで握りしめる。
そうして魔力を込められたソイルはオレンジ色に淡く発光をしている。
一つ、また一つとソイルに込めて行く。

やはりバーゼルは天文台があるせいか繋がりやすい。
ふーーー、と息を深く吐きながらソイルに魔力を込めて。

数にして約30発程。
それをホルダ―に収めてガンブレードを背負い席を立つ。
随分と早くはなるが目的は天文台にしかない。なら早くバーゼルを発つためにも天文台に籠もった方が効率がいい。

「さて何日で終わることやら。」

カトルが置いて行った鍵を使い施錠して。
美しい渓谷に囲まれたバーゼルの街並みを、坂道を下りながら見やる。
その道すがら遊撃士協会がざわついてるのを横目に。
一つ一つの美しい景色を目に移しながら彼女はエアロトラムに乗り込んだ。

エアロトラムに乗る度に、流石はハミルトン博士だと思い知る。
その崇高なる理念には常に敬服していると言っても過言ではない。
エアロトラムの壁の方に寄りかかり、下を見る。

美しい渓流が流れる様はいつ見ても美しいものだ。
相棒が初めてこの街に来た時、帰って話を聞いた時酷く興奮していた様子が今でも浮かぶ。

クロスベルのマインツに続く道すがらのあの滝も見事なものだけれど。
どちらも素晴らしいものだ、もし次にクロスベルに帰る時があればマインツに寄ってから旅立とう。
いつまでも乗って、いつまでも見て居たい後継に目を細めながら彼女はそんな事を思いながら。
エアロトラムは確かにバーゼル理科大学に到着し、名残惜しそうに降りるのだった。





望遠鏡の下に陣取り、天文台に保管されてた4年間見ていない論文を片っ端から目を通す。
一つの情報も、知識も取りこぼすことがないように。じっくり、そして早く。
しかしながら久しぶりに読み込む活字は中々目の負担が大きく。

ページを捲る手とは逆の方で目頭を押さえる。
ぐっと伸びをして空を見上げた、綺麗な夕焼けはもうじき夜が来ることを告げていた。

それにしても昔ここに来たときはハミルトン博士に、門下生に、慕う生徒や教授等がひっきり無しに来ていたというのに。
昼を丸々使っても誰も来訪者は来ず、ほんの少しの寂しさを感じた。
ここは賑やかで明るい空間で、だからこそ、気に入っていてというのもあるのに。

(まぁ、集中出来るからいいけれど。)

ハミルトン博士が書き記した論文を、クロンカイトが書いた論文を、全部読まなければならない。
やる事が終わっても、それを達成しなければバーゼルを離れられない。
まずはハミルトン博士の論文を今日中に。新しい論文が記された本を片手で引き寄せる。
すると外から走っているような足音と、ばたん!と大きな音で扉が開けられ閉められた。

なんだなんだと思わず立ち上がり入口を覗き込む。
そこには今にも泣きだしてしまいそうな、けれど絶対に泣かないであろう子が息を切らして俯いていた。

「カトル?!どうしたの!!」
「あ……もう、来てたんだカロン姉……。」
「天文台に用事があったから起きて少し用事を済ませてからずっと居たよ。」

手に持っていた論文を床に置き急いで階段を駆け下りる。
そうして俯いているカトルの頭を優しく撫でた。

「キャラハン教授に、女々しいって言われてさ……。」

ゆっくり、ゆっくり撫でていると、カトルがそうこぼす。
キャラハン教授、その人物はカロンにとっても馴染みが深い人だった。
根無し草の彼女を心配し、今度バーゼルに戻って来た時は秘蔵の酒で飲もうと約束もしていた。

けれど戻ってくると、人が様変わりしていたようで。
昨日も声をかけたものの冷たくあしらわれた。
それ以上追求もしなかったけれど、昨日やはりもう少し絡んでおくべきだったか。

カトルの頭をぽん、ぽんと軽く叩く。
目線が合うように腰を屈めて。

「カトルがハミルトン博士のお願いをしっかり守ってくれてるから天文台がまだバーゼルに存在してる。」
「カロン姉……?」
「ありがとう、私が帰ってこれる理由を守ってくれて。」
「…………うん。僕も、ありがとう。帰って来てくれて……。」

荒かった呼吸が落ち着いていく様子を見てほんの少し安堵する。
後はカトルが自力で乗り越えなければならない問題、口を出し過ぎないようにしなければ。
遠くから足音が聞こえてきて、カトルに詰めていた距離を離す。

自力で乗り越える壁とは言えど、来た人物がキャラハンだったらしばき上げてやろうと思い腕を組み扉を睨んだ。
その様子にカトルは首を傾げ、そうして足音に気づいたのか彼も扉の方に視線を向ける。

ガチャリ、開いた扉。
明けたその人物を見て、確かにカロンは息を飲み込んだ。

「―――ここだった、…………か……。」

入って来た人物は、カトルを見てその近くに誰か居るのに気付いた。
その顔を見て、その人物の……ヴァンの足が完全に止まった。
それに気づかずに後ろを歩いていたフェリがうっと言いながらぶつかってしまう。

その名を言いたくても唐突に喉が渇ききったように言葉が出なかった。
突然固まったヴァンを怪訝そうに見たアーロンがカトルを見て、その背後の人を見て、「ハン……。」と言ったきり何も言わず。
アニエスとリゼットは軽く目を丸めた。

赤い髪は夕焼けに照らされ濃い赤が光の加減で混ざり、驚きに見開かれた青色の瞳。
その人物像は確かにヴァンが10年以上探しに探し続けていた人物そのものだった。



夕焼けに照らされて


(……カロン姉、ヴァンさんと知り合いだったの?)
(いや、ちょっと、昔にちょっとね……。……嘘でしょ…………。)

(おいオッサン固まってんじゃねぇぞ。行け、押し倒せ。)
(あの人がヴァンさんの……!髪がキラキラしてます……っ!)
(アーロンさん!こんな人が多い所じゃダメです……っ!でも、抱擁くらいでしたらっ!?)
(ふふ、アニエス様。そういうのは2人きりの時にがいいんじゃないでしょうか?)

(〜〜〜〜〜〜〜!!)


2021/11/23

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