「シノ、モヒートを一つ……。」
「アヤメさん、飲みすぎじゃないですか?」
「うぅ……。上司のリクエストが細かくて五月蠅くて……。納品したけど叩き返されそう……。」
「アンティークドールの服飾でしたか?」
「そう。元々細かい作業は得意だからそれはいいんだけど……そのドールの実物もないのに……合わないとか、この子のことを何も考えてないとか……。」

じじい〜!!とその一言に全部の恨みを込めて叫んだ声は夜のリバーサイドに響いた。
偏屈で職人気質の上司……は、行く当てが無く彷徨っていたあの頃の少女に職人という新しい道標を示した。
親子としての関係性ではなく、親方と弟子のような。

針仕事自体はやった事はあってもフリルやレースの存在は知ってても作った事はない。
それを自分で調べてふんだんにあしらったドレスを用意しろといい、鬼のような親方であった。

「今回もーめっちゃ腹立ったからレースもフリルも何一つ使わなくて東方風に仕上げて送り付けてやったの!」
「怒られるのではありませんか?」
「まぁ、とは言っても自信作だし、怒られるけど返品はなさそうかな。というかそれに合うドール作りそう。」

赤を基調とした、布を重ね掛けして、つまみ細工の装飾をふんだんにあしらった。
あの人が作成しているどのアンティークドールにも似合う事は無いけれど、それに合うようなドールを作るだろう。
レースやフリルの事を何一つ考えたくなくなった時に気まぐれに作ったつまみ細工やあの偏屈な老人のお眼鏡に敵った。

「はぁ……。仕事したくない……。人間用の服でも作ろうかな……。」
「結局服飾に戻るんですね……。」
「うーん、いいモデルが居たらやる気も出るんだけど……シノ、どう?」
「うれしいですけど、箪笥の肥やしにするには勿体ないですから。」
「うーーーーん、フラれた……。あ、次ブラッディ・メアリー。」
「アヤメさん、5杯目ですよ。」

店の前でグダを巻きながら次々にカクテルを注文する半ば常連となったアヤメに対しシノはため息を吐く。
アヤメはさほど酒に強くはない、これ以上飲むと明日に響くだろう。
……とは言えど、仕事自体は結果が分からないが終わっているようであるし。
酷く酔った後はちゃんとタクシーを使って帰っているし、もう一杯程度ならおそらく大丈夫だろう。

カシャカシャと音を立てながら用意していると、グダを巻くアヤメの後ろに赤い髪が過った。
アヤメの姿を見て、そうしてシノの顔を見て。

「俺にも一つ頼むぜ。」
「アーロンさん、今日は何にしますか?」
「スクリュー・ドライバー。」
「かしこまりました。……アヤメさん、もう今夜はこれで終わりですよ。」
「うう、家に帰ってもフリルとレースだけが待つ家に……?帰れと……?」
「どれだけ量産されたんですか……。」

シノが作ったブラッディ、メアリーを口に運んで。
アヤメは視線を感じて顔を左に向ける。

情熱的な赤い髪、楽しそうに細められた金色の目。
肉食動物さながらの眼差しで見られていたことに気づきアヤメはギョッとする。

「わっ。」
「アンタ、ここに良く来るよな?俺はアーロンっつうんだが、……名前は?」
「えっアヤメ……。……そういう貴方もここ最近良く見かけるね。」
「あぁ、煌都から来たばっかでな。」
「煌都。……煌都かぁ行ったことないな。あそこの民族衣装もふわっとしてて良いんだよね。」
「お、煌都に興味あるか?」

そうして良く喋る青年は自分が煌都出身であること。
煌都の東方華劇の女形役者もやっていて、花形だったということ。

正直この青年がなぜこんなに絡んでくるかわからないまま。
けれどアーロンが語る煌都はキラキラに輝いていて。
夜の煌都をド派手に彩る色取り取りの明かり、街の喧騒と下町の暖かさ……。
その話を聞いてるだけで萎んでいた創作欲がムクムクと湧いてくる。

「んで、アヤメつったな。これから―――。」
「そうだ、次の作品は中性的な東洋風のドールってのはどう思う?」
「ハ?」
「上司はアンティークドールのご製作者とお伺いしましたが……。」
「そこを言いくるめるのが私の仕事よ!いざとなったら居場所を突き止めて殴り合いも辞さない所……酔いも抜けてヤル気出てきた帰る!!レースは燃やす!!」
「ハァア?!」
「アーロン君いい刺激ありがとうっ!奢っとくから!!シノご馳走様〜今度モデルになってね!!」

そういうとアヤメは彼女とアーロンの分を含めてもやや多いくらいの額を渡し、颯爽とその場を立ち去る。
酔いが醒めたとは言えどどこか上機嫌で立ち去っていく姿は完全に酔っ払いのそれで。
タクシー!と良い声で呼び止めて一切後ろを振り向かずリバーサイドを去って行く。

完全に呆気に取られている色男を置いて。

「……………………。」
「ふ、ふふっ……。」
「オイオイ……いや……普通……帰るか……?」
「アヤメさんワーカーホリックですから。」

口説きに来たようですが、タイミングと話しの内容が悪かったですね。
シノがそう言うとアーロンはバツが悪そうに舌打ちをする。

煌都から首都イーディスに来て初めてここ、リバーサイドに来た夜。
横を通り過ぎた女に一目、奪われた。
アーロンも煌都という東方の出だが、それと似て非なる容貌。

肩にかかる程度まで伸びた、夜の闇よりも濃い漆黒の髪。
暗がりでも良く煌いていた紫水晶の瞳。
白のブラウスに光沢を帯びた深縹色のジャケット。
シンプルな出で立ちなものの使われてる素材はどれも一級品であることは分かった。

彼が今借りてる部屋の下、マンモルトのポーレットもまた目を引く美しさだったが。
それとは真逆の、星の出てない暗がりに咲く、茉莉花のような凛と、芯のある姿に釘付けになった。

そうして夜にはリバーサイドに足を運ぶようになって。
その女はSHINO's BARに法則性は無いものの度々通ってることを知った。
しかしながら基本はテイクアウトばかりで話しかける機会も無く。
いつ話しかけるかと虎視眈々と狙っていた所ようやくそのタイミングが来た。

いつも通りリバーサイドに来て、SHINO's BARに顔を向ける前に響いてきた怒鳴り声にビクリと体を震わせた。
聞こえてきたのはSHINO's BARの方向で、そこにはいつもテイクアウトで帰る女がグダを巻いてる姿があった。

酔っている姿は今までアーロンが想像してた人物像とは大分かけ離れていた。
しかしそれは逆に、今までとは違った話しかけやすさがあった。
近づいて、話しかけて、若干引かれた気もしたが気にせずに。
ようやく聞き出せた名前と、興味を持った煌都の話。
酒も飲んでそこそこ悪くない雰囲気だと思っていた、少なくともアーロンは。

ところがそうは問屋が卸さず。
アヤメはいい笑顔で颯爽とタクシーに乗り込みリバーサイドを後にした。
はぁ、とため息をつき空になったグラスを傾ける。

「……まぁ名前が聞き出せただけでも収穫か。」

そう呟いたアーロンの前に薄い黄色のカクテルがトン、と置かれる。

「アヤメさんの置いて行った金額が多かったので。」
「……イイ女だよなぁ。胸もでけぇし。」
「男の人は結局そこですよね。」



リバーサイドの片隅で


(明日も来ると思うか?つっても明後日から出張でサルバッドなんだけどよ。)
(いえ、あの調子だと1週間はご自宅に籠もりっきりでしょう。)
(……1週間後か。……服飾みてぇだし、サルバッドの生地でも渡してみるのもアリだな。)
(えぇ、喜ぶと思いますよ。)


2021/11/24執筆

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