ローゼンベルク工房がいつも作るサイズのドールを模るマネキンが長い机の上にずらりと横に並べられている。
衣服を身に纏っていないマネキンに、色取り取りの布を合わせて、イメージ通りの雰囲気に近づけるように近くで、遠目でも確認しながら。
見たこともないけれど、本で確認して、昨日の夜に聞いた話を思い浮かべながら。
煌々とした雰囲気を感じられるように、けれど工房が持つ厳かで氷細工のような美しさは決して損なわないように。
色の組み合わせで品の有り無しが決まるようなものだ、特にそれがドールのような小さなサイズ感の物は。

それでもどうしても、夜でも明るく煌めいていたあの青年の、赤を身に纏わせたかった。
長い間探し続けた恩人とはまた違った、派手な赤い色をメインに。

「となると……うぅん……緑、いや……青緑も落ち着きが出る……。」

黒は安直だし、白はおめでたい雰囲気ではあるが理想のドールの装いではない。
金色を合わせるとしても刺繍ぐらいで、下手をすると工房のドールではなくなる。

そもそもの話、西洋風のドレスではないドールは、ローゼンベルク工房のドールと言えるのだろうか?
そんな疑問も抱きはしたが、クロスベルの騒動以来工房は移され、その際にヨルグから別行動を言い渡されている。
教える事は教えたから後は好きな所で仕事をしろと。

それから共和国に腰を据えて、ヨルグとは手紙のやり取りのみの依頼が送られるようになった。
手紙と言っても発注書のようなもので、ずらりと要望が記された用紙を見るとくらりと眩暈がする程。

……ここ最近は気が狂うくらいにフリルとレースを量産していたのだから、やはり偶の遊び心くらい許されてもいいだろう。

にしても、あの偏屈な老人がぐうの音も出ない程の一品を、仕上げてみたくなるのは工房から出て個人の作業部屋で仕事をしているからだろうか。
普段届いた発注書をこなし、ダメ出しをくらいながら、最高の一品を仕上げて送り。
……今回は頭に来たから依頼の品と極東風の装いの二つ、送り付けたけれど。
それでも発注が何も来ていない状態はあまりなく、やるなら今しかなかった。

一番面積を取る赤を羽織らせたまま、様々な色を合わせる。
合わせて、気に食わない色はそのまま床に放り投げて、それを繰り返して。

「また散らかしながら仕事してんのか。」

放り投げた布を払う音が聞こえて、それと同時に背後から低い声が聞こえる。
アヤメはげ、とした顔を浮かべながらも振り向く事はなくそのまま色を合わせて行く。

「じじいに言われて鍵持ってるからってインターホンくらい鳴らしてくれる?」
「鳴らしても反応なかったのはお前さんだろ。」

床に散らばった布を踏まないようにしながら長身の青年が近づいてくる。
いま彼女が作っている、赤を基調とした服とは真逆の、青の装いがよく似合う青年が。

「近いうちにサルバッドに出張じゃなかった?」
「明日に出るから様子見に来たんだよ。つうか生地も高いだろうが、粗末にするな粗末に。」
「片付けながらやるような作業じゃないのよ。片付けは決まった後にするから放っておいて。」
「相も変わらずかっわいげのない女なことで……。」
「私が可愛く思われたいのは一人だけだからいいの。」

試しに合わせた紫紺は雰囲気が暗くなってしまった。
上質な生地と後ろの男は言ったが、それを気にもせずにアヤメは布をそのまま床に落とした。

すると背後から、ため息を吐きながらしゅるり、しゅるりと布が擦れるような音が聞こえて来る。
顔に似合わない几帳面な性格は、共和国に腰を落ち着かせて少ししてから気づいた事だ。
背後にいる青年、ヴァン・アークライドはミラに五月蠅い。
貸し借りにも五月蠅く、そういう所含めて細かいことを案外気にする男だった。

「まぁ、ヴァンが来ると作業部屋が片付くから助かるけど。布ならまた合わせるだろうからそこの机に置いておいて。」
「こういうの込みで定期的に依頼料が振り込まれてるからな。仕事だ仕事。」
「じじいめ、私信用されてなさすぎでしょ。」
「そりゃ寝食忘れてアドレナリンだけで仕事を乗り越えてぶっ倒れてるような従業員は信用ならねぇだろ。」

じいさんから連絡が一切取れないから様子を見て来いって依頼で来た時に衰弱状態で倒れてたのは誰だった?
アヤメは青年が低めの声で言ってきた言葉に、若干肩を強張らせた。

仕方のない事だったと言い訳をする。
ローゼンベルク工房では人形達があらゆる面倒を見てくれていた。
仕事に没頭する彼女の面倒を良く見てくれて、限界が来るギリギリのラインで強引にでも寝食を取らせにきたのだ。
けれど今の仕事場には当然お世話してくれるような人形達はいない。
あるのは机の上におかれた、動かぬマネキンのドール達だけだった。

「ったく、俺も出張が多くなって来たから気をつけろよ。」
「あ〜……。あれから凄い量の小言貰ったからまぁ……。というか最近出張多いね、どうしたの?」
「…………。……まぁ、色々とな。」
「そ。多いのはどうでもいいとして、あの人の情報や、もしも万が一に見かけたらちゃんと連れて帰ってきてよね。」


「あんただけ再会してバイバイしたら本気で殺すわよ。」


一度もヴァンに振り返ることもなく、けれど一段と低く、ある意味ドスの聞いた声に思わず背筋がぞくりとした。
今は布の色合わせをしているからその言葉の音だけだったのだろう。
けれど裁断中であればジャキンッと鋭い音が響いたに違いない。


―――このアヤメという女性と出会ったのは、裏解決屋を初めたばかりの駆け出しの頃だった。
最初の頃は依頼人の弟子という認識で、……けれど、どちらが先だったか、それとも同時だったか。
『燃えるような赤い髪に青色の目の女性を探している。』との問いかけに。
その時に、確かに、ヴァンが、アヤメが、ずっと探していた女性は確かに存在しているのだと実感が出来た。

ヴァンは、恩師ですら一時の間忘れた人の名前を知っている人物に。
アヤメは、自分を預けたその人をヨルグ老人が忘れて未だに思い出せない人を知っている人物に。
同じ人を探している見知らぬ誰かに、その時ようやく出会えたのだった。

そして同時に厄介な、残酷な道のりを進んできたのだと互いに察した。
―――あの人が救い上げたのなら、そういうことなのだろうと。
しかしながらそれを舐めあう事も、触れることもなく。
ただ、共に探すもの同士として。流れ星を掴もうとする者同士として。
ヴァン・アークライドが依頼を受けたあの日から今日に至るまで続いている縁だった。

「万が一見つけたとして、俺が逃がすと思ってるのか?」
「…………。……私も、結構あの人には拗らせてるけど。あんたはそれ以上だしね。」
「あの人は誠実だからな。口から出した事は絶対に守る。変わりに出来ない約束は絶対にしない。」

別れ際、両者ともにその女性に再開を願った。
けれど返答をされることもなく。
ただ柔らかい手で頭を撫でられ、優しく微笑まれただけだった。

「だったら口に出させてしまえばいい。そうだろ?」
「……あの人も、あんたじゃなくて一番最初に私に見つかった方が良いと思うわ……。」

アヤメが抱いてるのは最早その両腕で抱えきれない程の恩と親愛で。
けれどヴァンが抱いてるのはそれと、積み上げて、積み上げて、拗らせた愛慕であった。
その人はアヤメもヴァンも可愛い妹と弟ぐらいにしか思っていないであろうに。
けれどまぁ、それもこれも、薄情なあの人の自業自得だろう。

会話をしながらもアヤメの手が止まることはなく。
派手な赤い色にくすんだ朱色、青みの強い緑を重ねて。
そこで初めてヴァンの方に振り返り、その横を通り過ぎる。

「……にしても、今回は随分と難儀みたいだな?いつもなら色はパッと決まってるだろ。」
「ちょっと昨日の夜に良いインスピ貰って。煌都風に仕上げようと思ってるの。」
「煌都風……?」
「今じじいからの発注もないし。あの人とは違うけど派手な赤い髪が印象的でね、赤を基調にしたくて。」
「……………………まさかとは思うが、アーロンか?」
「え?何で知ってるの。依頼人?」

遠目から色合いの確認をしているアヤメを尻目に、初めてヴァンも今彼女が合わせているドールを確認することが出来た。
普段なら合わせることもない、派手な色合いはまさしく煌都風と言える装いで。
しかし同時につい最近雇ったばかりの、小生意気な従業員が浮かんで頭から離れなくなった。

払拭するために問いかけが、帰って来たのは当たっては欲しくない返答で。
確かにアヤメは良くリバーサイドに行く。
というより職場件自宅があるサイデン地区とリバーサイドにしか行きはしない。
そして、そう、アーロンも良くリバーサイドに行っていた。

「従業員だよ……。」
「ヴァン、従業員増えすぎじゃない?稼ぎ足りてるの?」
「だー!俺でもなんでこんなに増えてるのか知りてぇよ!!」
「いや、まぁ稼ぎ足りなくなったら言いなね、仕事依頼するから。あんたはどうでもいいけど従業員の子には食べさせてあげないとダメでしょ。」
「……その時は頼むわ。」

ヴァンも案じはしているが、それよりも従業員の心配をされたら断れる筈もなく。
頷いたらアヤメは満足そうにして視線をまたドールの方に移した。

「うーん、煌都風なんて初めて作るから物は試しでこれで制作してみよっかな。赤がなぁ、強い気がするけどテーマだし、まぁダメなら作り直せばいいし……。」
「サルバッドから戻ってきたらになるが、アーロン貸し出すか?」
「いいね。何パターンか試作を仕上げて感想聞きたい。専門料金として色付けるよ。いつ返せるかも解らないし。」
「もう借りる気満々じゃねぇか……。まぁそういう理由なら色付けられても納得だしな。」
「本は学べるけど感想は聞けないからね。知識に金を出すのは当然でしょ。」

ガチャガチャと音を出しながら裁縫道具を取り揃えて行く姿を見て、ヴァンは一抹の不安抱く。

「……いや、何パターンか試作っつったな?」
「サルバッドの滞在期間は?」
「3日だが、お前今日から徹夜とか言うなよ。俺は出張だからな、倒れたらどうにもならねぇぞ。」
「いやだな、今日から徹夜は違うよね。」
「………………寝たのはいつだ?」
「…………あ〜……2日……?ぐらいは、まぁ……寝てないかなぁ〜……。」

しどろもどろに言ったアヤメに対し、ヴァンは素早く裁縫道具を取り上げ、襟をつかみあげて奥の寝室のドアを開けて彼女を放り投げた。
彼女がドアに手をかけられるよりも早く、彼はドアを閉め、開けられないようにドアノブを掴んだまま放すことは無く。
扉の向こうからドンッドンッと強く叩く音が聞こえてくるが気にもせずに拘束し続けた。

「いや〜〜〜!今いい所なんだけど!!寝れない!8時間もロスしちゃう!!」
「ワーカーホリックもいい加減にしろ!!これも依頼だから文句があるならじいさんに言え!!」
「じじい〜〜〜〜!!!」



混じ合う道のなれ果て


(このアドレナリンはどう発散すれば?!)
(ベッドに入れ!!寝ろ!!アーロン投げる前まで連チャンで徹夜されたら困るんだよ!!)
(じじいから発注書が来てない今がチャンスなのに〜!!)

2022/1/22

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