しかしながら体にまったく力が入らないのか、両手だけに力を入れながら横転だけは避けるようにと、ズルズルと壁に体重をかけながらへたりと座り込んでいく。
そうして壁にすがるようにさっきの何?とか嘘だ、とか、弟分、弟……等とブツブツ念仏のように唱えてるかと思いきや唐突に鈍いってなに?!というかめっちゃ嗅がれなかった?!と逆ギレをしだす始末で。
恐らく、いや、確実にヴァンがカロンに何かをして、カロンが今の有様になっているという事だけは理解した。
スン、スンと服のあちこちを嗅ぎだしたり、あぁ〜……っとうめき声を上げて両手で顔を隠したり。
いつもどこ吹く風のように飄々としている人がたった数分で色んな表情をしているのは単純に愛らしく思えた。
ずっと見ていたい光景ではあったけれど、アラミスの学生が来ているのだし折角ならカロンにも天体の説明をお願いしたい。
1人バタバタしているカロンの背をトン、トンと叩くと勢いよく振り返られてビクリと体を怖がらせた。
カトルの顔を見て驚いたような顔をして、深い息を吐きだしながらよろりとカロンは立ち上がって。
「……なぁに?」
「シェダル大三角を形作る星座の解説をお願いしたいんだけど……大丈夫?」
「あ〜っ……。うん、まぁそれくらいなら……。……なんて言った?太陽フレアが及ぼすであろう悪影響について?」
「星座の話を簡潔にっ!!」
ふらりとした足取りでカトルの横を通り過ぎる。
ぼそりと呟いた見当外れのそれに訂正を入れながら少年は追いかけて。
ふらり、ふらりとした足取りはいつの間にか立ち直り。
混乱していた頭の中をそこら辺りにでも捨てたように切り替えた姿に、カトルは追いかけながら困ったように笑う。
昔と変わらずオンとオフのスイッチの切り替えが早い。今回は普段よりも時間がかかったようだけれど。
望遠鏡の下にいる学生達にへらりと笑いながら手を振って、向かっていく姿は先ほどまでの痴態を一切感じさせない。
「星座もいいけどやっぱりブラックホールでしょ。数ある銀河系の中心には必ずでっかいブラックホールが存在している、なんて説は聞いたことがある?」
「あら、興味深いけれど時間が足りないわね。」
「残念。それじゃぁロマンチックに星座の物語かな。シェダル大三角を見たときに見える右側の……。」
時間が足りない、といった菫色の髪の子に配慮をして、少々マニアックな部分を入れた星座の物語を簡潔に。
それが終わるとタイムリミットが来るまでに質疑応答を。
遠い遠い星の光に思いをはせながら、ゆっくりと空は黒に茜色を塗り替える。
また明日も来ます、と元気よく去っていく学生達に軽く手を振り。
それに伴い去っていく裏解決屋ご一行と見送りにカトルが天文台を後にした。
カロンはそれを見送り、扉が閉まるのを確認してから深く、深く。
体の息を出し切るように、深いため息をゆっくりと吐き出す。
本当に、会うつもりは無かった。
どれだけ会いたく思っても、その感情は無視すべきであるとしていた。
もう一人、極東で拾い上げた少女もそうだが、地獄から抜け出してまっとうに歩いてる子たちの前にノコノコと姿を表すなんてしたくはなかったのだ。
その頃の記憶なぞ、全てに封をして大気圏外に放り出して忘れてしまえばよかったのに。
昔の、とある作戦を共にした人物から、自分を探している子が少なくとも2人居る。と聞いた時には背筋に氷を落とされたような、ぞわりとした寒気すら感じた。
助けて、という声だけは昔から良く聞こえた。
聞こえたから、助けた。そこに理由は要らなかったし動機も不要だった。
ただ息を吸い、吐き出すように。
カロン・ローウェルという人なりとして当たり前の行動だった。
だからこそ、そんな10年近くずっと覚えたまま、探される程の事はしたつもりはない。
いや、そもそもの話。そこまで自分に向けられる感情を拗らせてるとも到底思わず。
しかし何故か、ここから遥か遠い場所。
ノルドの高原でこれだけは言わせてもらうが、と凄まれた言葉を思い出す。
思いあがるなと、縁という糸はおぬしが手放しても片方が掴んでる限り捨て去れるモノではない事を。
どういう事情があって逃げ回っているか知らぬが、おぬしが無差別に紡いで手放した縁が、いずれ紐となり絡めとられて捕まえるだろうと。
なるほど、確かに、一理あった。現在進行形で。
クロスベルに行く度に行く龍老飯店、あそこにはほぼ毎度の如く共和国方面の運送会社の社員が食事を取っていた。
その人物が、記憶がぽろりと落ちる前の間に、裏解決屋と接触したのだろう。
そうして、この天文台がある星の街で、縁という糸が絡めとられた。
「次に来た時も行くね、って言ったけど。……アルモリカ村かマインツで過ごすかな……。医科大学にはセシルがいるしなぁ……。」
合わせる顔がないや、と肩を落として。
トン、トンと天体望遠鏡に続く階段を一つずつ上っていく。
非常に大きなそれは、初めて見たときには感嘆としたものだ。
遥か遠くまで、どこまでも続く星の海の彼方まで見通しそうなそれに。
そっと両手で触れて、屈み、頬を乗せる。
クロスベルも特別だけれど、バーゼルもまた、特別だ。
この天文台には優しい星の光が降り注ぐ。
遠い遠い、もう燃え尽きてしまったかも知れない星の光に寄りそうように、彼女は静かに目を瞑る。
「もしかして、私本当に帰ってくるタイミング悪すぎた?でもなぁ、この時期に用事があったからなぁ。」
あれから。
見送りから戻って来たカトルと星を眺めて。
学生達に説明しようとしていたブラックホールについての議論を軽くかわして。
最新版の星図を見比べながら満点の星空の下、指で星をなぞって。
ノルドの高原で観た星空はバーゼルとは見え方が違ったというと目を瞬かせたカトルに笑みを零し。
ゆっくりと流れる時間をじっくりと味わうように楽しんだ。
しかしながらそんな落ち着いた時間もすぐに終わりを告げることになる。
星の海の下を行く、超低高度通信衛星が駆け抜けて行くのをカトルとカロンは2人少し眉をひそめて。
そんな最中、FIOが理科大学に異常を感知した―――。
キャラハン教授のこともあり、どうしても看過できそうにない異常だった。
カトルが裏解決屋に依頼の電話をかけたのが、20分前。
正門前で合流すると告げた後、キャラハン教授に声をかけるものの無視をされ。
それが頭に来たカロンがドア蹴り飛ばして脳天にげんこつでもくらわすか?と言い出したのをカトルが必死に宥め。
その後にエスメレーと合流し、今に至る。
「まぁ、うん……。」
「うわ、カトルが否定してくれない。」
「でも〜カロンちゃんが居てくれてよかった〜。」
4年前、フィールドワークの時に護衛お願いしたけどすっごく助かったもん〜。
と、ぎゅうっと抱きしめてくるエスメレーにお返しと言わんばかりに柔らかい髪を撫でて。
「まぁ職業としてはゼムリア大陸全土を駆け抜ける便利屋みたいなもんだしね。行方不明の猫の捜索から子どもの面倒に護衛の仕事もぼちぼちあるよ。」
「……大丈夫?カロン姉しっかり稼いで生活してる……?」
「その日過ごせるミラだけで十分でしょ。まぁどうしてもヤバくなったら充てはあるし大丈夫大丈夫。」
「も〜〜〜。カロンちゃんもそろそろヤンチャはしないで、良い人見つけなきゃ!」
「いやいやエスメレー、そのセリフそのままそっくりお返ししてもいい?」
「うっ!」
相変わらずカロンをぎゅう、ぎゅうと抱きしめてくるエスメレーの揶揄いの言葉をそのまま返して。
今現在理科大学に不審人物が居るというのに、きゃいきゃい騒いでる姉変わりの二人を見てカトルはまったく、と言いながらため息を吐く。
カロンのその日暮らしの根無し草も不安になるからそろそろ腰を落ち着かせて欲しいのは事実ではある。
このままバーゼルに残ってくれたら、騒がしいけど楽しいんだろうな、なんて思いながら。
数人を乗せて上がってくるエアロトラムが見えてきて、カロンはそっとエスメレーを引き離して。
それに疑問符を浮かべたがすぐに理由を察して彼女も待ち人を待つ。
「皆さん、お疲れ様です。」
「ああ、お前さんもな。……っと、カロンと……。」
「あれっ、昼間にお会いした……?」
「ああ〜!貴方たちは〜!」
「えっと、面識があったんですか?こちらは博士の直弟子の一人、エスメレー准教授です。」
「えへへ、カトル君の姉弟子にあたるエスメレー・アーチェットで〜す。」
ぞろり、と理科大学に到着した解決屋ご一行の姿を見て、呼び出したカトルが挨拶を。
それに対しヴァンはカトルに言葉を返して、カロンを見て、更にエスメレー教授に視線を移す。
ヴァンだけでなく、他の解決屋所属の少年少女がエスメレーを見て驚いたような声を上げた。
また、それを受けてエスメレーも驚きに目を見開いた。
エスメレーはカトルの姉弟子であることを告げた後、ぱたぱたと駆け寄ってフェリを抱きしめた。
可愛いものを見ると抱きしめたくなる癖は相変わらずで、その枠に入れられてるカロンは少々複雑そうな顔をする。
常に抱き着かれてるカトルも困ったような顔をして、
「エレ姉、そんな場合じゃないってば……。その、先に帰るように言ったんですがどうしても協力したいって聞かなくって。」
「カトルの護衛って意味なら私も居るし問題ないんだけど……今からでも帰る?」
「む〜、水臭いよ〜カトル君とカロンちゃんは。お姉ちゃんとして、居合わせた以上は放っておけるわけないでしょ〜?」
「まぁ私って確かに永遠の二十歳だし妹でエスメレーがお姉ちゃんか……。」
「お姉ちゃんって……ただの姉弟子じゃない。あとカロン姉が妹はちょっと無理があるかな……。」
「唐突な毒舌!?」
「ただのなんて酷い……!帰れなんて言う連れない2人なんてこうだ〜!!」
「「うわっ」」
フェリを抱きしめたままだったエスメレーは、遠回りに帰れと言い出したカトルとカロンに対しその頬を膨らませた。
エスメレーの抗議もどこ吹く風、年齢の詐称に走ったカロンに言外に冗談もよしてくれと。
膨らましていた頬を更に膨らませ、エスメレーはその豊満な胸をカトルに惜しみなく当てながらカロン諸共強く抱きしめた。
裏山ケシカラン小僧だな、と言ったアーロンの発言がカロンの壺に入り思わず噴出したがその足を思いっきりカトルに踏みつけられる。
イイ角度で踏みつけられた足の痛みは声にならず、むぎゅむぎゅと強く抱きしめられる腕の中で困ったように笑った。
そうして場の雰囲気がエスメレーで持っていかれた中。
少し呆れたようにヴァンが声をかける。
「ま、構内に詳しいのが他にもいるのは助かるぜ。」
バーゼル門外にて明るく綻ぶ声
(悪かったから、そろそろ離してエスメレー。)
(もう帰れって言わないって約束してくれるなら〜。)
(言わないよ、カトルもエスメレーも傷一つ付けさせないから安心しなさい。)
(こうして見ていると、3人とも本当に家族みたいですね。)
(はい!とっても仲がよさそうです。……お兄ちゃんを思い出しちゃうな……。)
2021/12/2
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