大人のフリをして


高校時代、先生が言っていた。
「大半の大人は本当は子供だけど大人のフリをしている。だから、稀に子供に戻ってしまうんだ。」
改めて、この言葉を振り返ってみると今大人という年齢になってしまった私はその大半なのだと思う。大人になんかなりたくなかった。同期を見ているとより一層のその気持ちが強くなる。同期は沢山の後輩に慕われていてしっかりしていてきっと彼はその大半でない大人。なのに私はどうだ。地団駄を踏んでいる子供みたいじゃないか。後輩にはどんどん抜かれていって居場所は無くなってきているのだからさっさとボーダーをやめればいいのに。やめられずにいるんだ。
果たして、私の居場所はどこなんだろう。


「東...久しぶり。その、隊、また組んだらしいね。大変だったって聞いたよ。」
「あぁ。あーも縋られると引き受けずにはいられないからな。でも本当に久しぶりだな。最近不思議なくらいナマエと会ってなかったな。」
「...そぅ、だね。」
私が避けてたから。勝手に自己嫌悪になって勝手に会いたくなくなって、勝手に避けてたから。でもそんなことは言えず適当に笑って誤魔化す。東のことだから察しはついてるだろうけどきっと何も言わないでおいてくれる。
「そうだ。今日一緒に焼肉行かないか?」
「えっと、誰と?」
「ん?俺と、お前で、だけど?」
気まずい。絶対察しついてるはずなのにどうしてそんなこと言うの?もしかして本当は察しがついてなかった?私の勘違い?勝手に東を美化してた?それなら私、最低だ。やっぱり私なんて、
「え、えんりょしようかな」
「何か用事でもあるのか?」
「え...あ、うん。ようじ、あるんだ。ごめんね。また誘ってよ。」
「そうか。残念だな。じゃあ次はいつ空いてるんだ?」
耳を疑った。この男は何を言っているんだろう。私の空いてる日を聞いてどうするの?まだ諦めてないの?なんで?思わず頬が引き攣る。
「あ、えっと...」
「明日は?」
こわい。東の目がこわい。空いてるよな?と言わんばかりの眼差し。空いてないって言ったら殺される、そんな気さえした。
「あ、空いてる。空いてるよ。」
「良かった。なら明日一緒に食べに行こうな。」
「う、うん...」
予定、すっぽかしたい。東と2人で食事なんて私にとっての自殺行為だ。それに東のしたいことが分からない。私なんかと一緒にいて得なんてないのに。



「ナマエ〜」
大学院の女友達に呼ばれる。ノリが軽いけど優しくて頭がいい。高校から一緒でボーダーで私が休んでる時よくノートを貸してくれたりと本当にいい子。何年間もこんな私と一緒にいてくれてる。
「どうしたの?」
「今日空いてる?」
「えっと、なんで?」
「合コンあるんだけど、一人彼氏出来たからってドタキャンしてきたの!だからナマエさえ良ければ来てくれない?ナマエ彼氏欲しいって言ってたし。」
本当に困ってる様子だった。大切な友達が困ってるから助けてあげたい。けど、確か今日って...東と一緒に食事するって約束してた。でも、こっちの方が楽しそうだし、何より苦しくなさそう。それにもし彼氏が出来たら少しは自分が好きになれるかもしれない。
「...うん、行く。」
「ほんと?!ありがと〜!!講義始まるギリギリに来ちゃってごめんね。詳細はLINEで送っとく!」
「大丈夫だよ。またね。」
バタバタとその場を後にする友達。私はリュックの中からスマホを取り出した。LINEを開いて東に連絡を送る。今日は急用で行けなくなった、ごめんね。送って直ぐに既読がつかなかったことに少しホッとしながら私はスマホの電源を切った。









「は、初めまして。ミョウジナマエって言います。」

「この子合コンは以ての外男慣れしてないから優しくしてあげてね〜」
「え!いがーいナマエちゃん彼氏の一人や二人いそうなのに〜」
ナマエ...下の名前で呼ばれた...。みんなノリが軽くて怖いな。ボーダーみたいに私がビクついてても男の人たちはお構い無しに私に話を振ってくる。友達がやんわりと止めてくれるだけ。
なんか、もう帰りたい。
やっぱ私はダメなんだ。東との約束を蹴って参加した合コンですら楽しめない。どうすればいいの。
「あ、あの、私...トイレ行ってくる。」
逃げるようにトイレに駆け込んだ。トイレの中に入ると一気に力が抜けてしまい壁に体を預ける。どうしよう、あの雰囲気で帰るなんて言えないし、でも帰りたい。
そうだ、友達になんとかして貰えないか相談しよう。
そう決めてトイレを出る。すると見覚えのある顔。合コンに来てた男の人たちのうちの一人だった。最初に私に話しかけてきた人。どうして、こんなところに。心臓が嫌な音を鳴らす。
「あ、ナマエちゃん。大丈夫?具合悪そーだったよね?」
「あ、えっと、私」
「そうだ。2人で抜け出さない?ね?ナマエちゃん可愛いからさ、オレもっと仲良くなりたいんだよね。」
腕を捕まれた。こわい。震えそうな体をなんとか抑えて声を振り絞る。
「ご、ごめんなさ、む、無理で...」
「えーなんで?俺そんなブスじゃないしさ、ね?」
「そういうんじゃ、なくて...本当に、やめて、くださ...」
カタカタと体が震え出す。こわい。誰か助けて。
「ナマエちゃんてば本当に男慣れしてないんだね。大丈夫、オレ慣れてるし、オレとナマエちゃんなら上手くいくって。」
「あの、本当にやめ...」
「あれ、ナマエじゃないか。」
血の気が引いた。どうして、どうしてあなたがここに。
「あ、あずま...」
「誰だよ、アンタ。」
「...彼氏だよ、ナマエの。」
は?な、何言って、
「はぁ?何、お前彼氏持ちだったのかよ。ならもっと早く言えよ。チッ」
盛大な舌打ちと共に帰って行った男の人。私と東だけ。
「あ、あずま、な、ん...」
「なぁ、ナマエ。俺との約束を蹴ってまで来た合コンは楽しかったか?」
私を遮って東は私の腕を掴んだ。さっきの男の人より何倍も強い力。怖いのに、不思議と体は震えない。そう、もう体が麻痺しているように。
「ご、ごめんなさい。」
「謝罪が聞きたい訳じゃないんだ。ただ、楽しかったのかって聞いているんだ。」
「た、楽しくなかった...。怖かった。」
そうだよな、優しく東が笑った。思わず私の頬も緩む。あ、許してくれ、
「でも、許さないからな。お前はそこまでして彼氏が欲しかったのか?俺との約束を蹴ってまで。」
一気にさっきまでと同じ冷たい目線を一身に浴びる。どうしよう、なんて答えれば正解?
「友達が、困ってたから。だから、」
「そうか。でも本当は彼氏が欲しかったんだろう?」
「え。...そ、それは、私ももうそろそろ身を固めないといけないし...」
「なら、俺がいるだろう?」

何を言ってるの?どうして私なんかが東と?
「私なんか、」
「ナマエはいつもそうだよな。自分に自信が無い。でも、俺はそんなところも大好きだぞ。な、こんなところに居ないで早く帰ろう。友達にも彼氏がいるって言って。」
有無を言わせないとばかりに私を丸め込もうとする東。なんで、なんで、
「ね、あずま。私東と」
「俺の方が大学から近いからな。ナマエも早く荷物片付けて俺のところに来るといい。大丈夫、金は俺が払っとくからな。ナマエはただいてくれるだけでいいんだ。」
なんでそこまで話が進んでるの?分からないよ。
「わたし東と付き合わないよ!?」
「...俺のどこが嫌なんだ?俺はずっと前からお前が好きで食事とか誘ってたのに最近避け出して、その上拒絶までするのか?そんなの俺はいくらナマエとはいえ許せないぞ。」
「だ、だって...」
「俺は何をするか分からない。今ここでお前がうんと言わないのなら俺はもしかしたらお前の友達になにかするかもしれない。言ってることは分かるよな?なぁ、ナマエ。俺と結婚を前提に付き合おう。」
嘘なんかついてなかった。本気の目。殺される、直感でそう感じた。生暖かいなにかが頬を伝う。呼吸が浅くなって嗚咽が溢れる。
「...あ...う、うっ...ご、ごめんなさ...ごめんなさぃ...あずまとつきあう、あずまとつきあうからゆるして...こわいよあずま...」
「よしよし。大丈夫だ、今日は俺の部屋で泊まろうな。大丈夫だからな。...本当、お前は子供みたいで可愛いな。」
私の頬を慈しむように撫でる東の瞳には、子供のように泣き腫らした私がいた。


やっぱり、大人になんかなりたくない。





.