はじまり_B

「なーんだ、君が驚くと思って急いで招集したのに」
 少しアイスが溶けたクリームソーダをスプーンでつつきながらそう言うウェンティに、隣に座った魈さんがため息を返す。ウェンティに呼び出されたというチェーン店のカフェの席で、かれこれ三十分ぐらいこの調子だ。
 呼び出した、というわりにウェンティは後から来たけど……。魈さんは特に気にしていない感じで「何か頼め」とメニューを私に渡してくれた。お昼はまだだったけど、がっつり食べるのも気が引けたのでとりあえずカフェオレの上にソフトクリームが乗っているのを頼んだらクリームソーダを注文したウェンティとちょっと被った。会話に混ざっていいのか分からなかったので二人が独特のペースで離しているのを聞いていたが、ウェンティが私と魈さんを見比べて「魈、久しぶりに逢えたからってすぐ手を出しちゃダメだよ〜」と笑いながら言ってきて思わず咽せてしまった。
「それにしてもボクの事覚えてないなんて酷いよ〜! ボクたちの友情はそんなモノだったの?」
「フン くだらん。話はそれだけか? 用が済んだなら帰るぞ」
「す、すいません……」
 ううう、とわざとらしく泣き真似をするウェンティを魈さんがバッサリ切り捨てる。この二人いつもこんな感じなのかな。魈さんは口調こそきついけど、なんだかんだ付き合ってあげている所を見ると結構仲が良さそう。ウェンティはマイペースに残り少なくなったクリームソーダをストローでかき混ぜながら口を尖らせている。
「もう解散かい? はーあ、しょうがないからじいさんにお昼でもたかりにいこうかな」
「鍾離様に無礼だぞ、口を慎め」
「鍾離様……?」
「じいさんの事も覚えてないのかい? なんだか安心したよ〜」
「………」
「え、あ! ご、ごめんなさい、頑張って思い出します!」
 聞き慣れない名前を口に出すと魈さんにじっとり視線を向けられた。なんだか怒られているような気がして慌てて取り繕うも「いい、無理はするな」とふいっと顔を逸らされた。な、なんか失礼な事をしてしまっているのはわかる……! すみません、ともう一度謝ろうとするとウェンティが弾むような声で会話を続ける。
「君は魈のことしか覚えていないのかい?」
「あ、うん……なんかごめん……」
「いやいや、謝る必要はないよ? ボクも魈のこんなに嬉しそうな顔が見れて嬉しいからさ」
「嬉しそう……?」
 にこーっと頬杖をついて笑顔になるウェンティ。魈さんの顔をちらりと盗み見るも、さっきと変わらないように見えるけど……。魈さんは私とウェンティから視線を浴びるのが嫌だったのか態とらしく咳き込んで、「もう行く」と席を立つ。伝票を雑に取ってお会計へ進む魈さんに、あわてて残りのカフェオレをストローで吸い込んで後を追う。スマホで会計を済ませたのか恐ろしく早い会計に間に合わず、店を出ていった魈さんに店の外でやっと追いついた。
「お会計、いいんですか……!」
「……いい。お前こそあいつとはよかったのか」
「私は魈さんについて来ただけなので! ウェンティは帰らないんですかね?」
「知らん。後から知り合いでも呼ぶだろう」
「なるほど……? あ、カフェオレご馳走様でした! おいしかったです」
 どこへ行くのか歩き出した魈さんの後ろをついて行きながら、あそこのソフトクリーム美味しくて好きなんです、と言えば少し遅れて「覚えておく」と返ってきて、まさかそんな事を言われるとは思ってもおらず不意打ちでキュンとしてしまう。嬉しくなって前を歩く魈さんの手を後ろから握ろうとしたが、少し悩んでからやめる。
 さっきは勢いで抱きついちゃったけど、彼女とかいないのかな? 魈さんは優しいから今回も私に優しくしてくれてるけど、実は彼女いました〜とかありそう。だってこんなにかっこいいし。いないにしても、この手をいつでも繋げるちゃんとした理由が欲しい。お昼すぎで人通りがまばらなのをいいことに、魈さんの薄いパーカーの袖を掴んだ。
「あ、あの!」
「……どうした」
「魈さんってか、彼女とか……いるんです、か……」
 いたらどうしよう、いなくてもまた私と一緒になりたいかどうかは話が別だし、もっと別の聞き方の方がよかったかな。振り返ってくれた魈さんと目が合わせられなくて、掴んだパーカーの袖を縋るみたいにきゅっと握ってしまう。私のこの態度に、魈さんは少し無言になってから問題の答えが分かったみたいに息を吐いた。
 「いると思うか」と言いながら袖を掴んでいた私の手をゆっくり握られて、考えていることが見透かされているような気分になる。遠回しな質問じゃこのままグダグダ引き摺るだけだと感じて、私また魈さんと一緒になりたいんです、と言おうとして口を開く。なんだか随分前にもこうして魈さんに告白した気がする。ぐいぐい行くってあの時も、さっきも決めたから。
 あの時も確かこんな感じでいきなりだった。魈さんと一緒になるためなら何回でも告白する。
 息を吸って魈さんと目を合わせると、昼でも眩しい金色の瞳に真っ直ぐ射抜かれる。
「私、あの……!」
「待て」
「ぇ……?」
 一世一代の告白をしようと魈さんの手を握り込んで震えそうになる声を吐き出せば、魈さんにそれを止められる。思わずぱちりと瞬きをして魈さんを見つめてしまう。え、なんで言っちゃだめなの……? 状況が理解できずに息をするのも忘れて固まる私に、魈さんが深い息を吐く。
「次は我から言うべきだろう、前回は……お前に言わせてばかりだった」
「え、えっ?」
「いいか。以前とは違う、我はもう仙人ではない」
 気まずそうに瞼を下ろしたあと、ゆっくりと目を開けてじいっと視線を合わせられる。え? なにこれ。周りの状況から音が抜けて、魈さんの声だけが耳に入ってくるみたいで心臓が身体の中でどきどき脈打ってる音が異様に大きく聞こえる。
「お前と同じ人間だ。そのせいで以前よりお前に苦労を掛けるかもしれない。仙力も扱えず、勿論仙法も使えない。力も格段に落ちている。お前を俗世から守る洞天も作れず、幾千の時間を共にすることも叶わない。人と成ったこの身はくだらない欲望に縛られ、自由を失っている。だが……、この瞬きほどの時間なら、お前と最期を共にできると……」
 ぎゅっと握った手に力を入れられて、そこから伝わってくる魈さんの体温が前より少しだけ高いことに気づく。コホン、と一瞬だけ息を入れて目線を逸らした魈さんが、戻した視線で真っ直ぐ私の方をみてくるから思わずごくりと息を呑む。
「決して長くは無い時間を、……我ともう一度添い遂げてはくれぬか」
 静かすぎる空間に、魈さんの声が差してキーンと耳に後を引く。魈さんが言っていることの全てを理解しきれないけど、なんとなく、とんでもない告白をされているのは分かった。こ、こんな道端で……、と始めたのは自分なことを棚にあげながらも思って、心臓がどきどき熱くなるのを感じながら弱々しい声で返事をするので精一杯。
 魈さんは私が返事をすると安心したような顔になって、そっと手を繋ぎ直して指を絡められる。こ、恋人繋ぎというやつ……! まさかこんなことになるなんて数時間前までは想像すらしていなかった。信じられなくて、瞬きをすれば視界が滲む。それを魈さんがまた「泣くな」って指で拭ってくるから、なんだかおかしくて泣きながら笑ってしまう。
「魈さん、あの、すっごく嬉しいです……あと、恥ずかしい」
「……前回のお前も、中々のことを口走っていたからな」
「うう、……あの、今更ですけど連絡先知りたいです……」
 空気を読まずに照れ隠しでそう言えば、魈さんにはバレていないのか「分かった」とポケットからスマホを取り出して画面をいじっている。だって前の私の勢いだけの告白覚えてるとは思わなかった。しかも今度は魈さんから言ってくれるなんて……。
 こんなのもうこっちの世界じゃ立派なプロポーズでしょ、ううう、今の魈さんの告白録音して毎日聞きたい。もう一回言ってくださいってお願いしたら言ってくれるかな。無理だよね。
 ほら、と画面にコードを出されて私もクリアになった視界でいそいそとスマホを鞄から取り出す。コードを読み込めば、初期設定のままのアイコンが表示されて思わず笑ってしまった。

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