「あの、気にしてなかったかもしれないけど、今日は魈さんの誕生日なんですよ、だから……」
「……前回お前と過ごしてから、もうそんなに時間が経ったのか」
「今年こそは、何か贈り物をしたくて……こ、これ……! 魈さんに何を贈ればいいのか分からなくて、でも日頃のお礼とか、何か贈りたくて……っ」
ずいっと魈さんに清心の花を差し出す。緊張と恥ずかしさで顔が見れなくて、ぎゅっと目を瞑って一世一代の告白をしているようだ。少し間があった後に、魈さんの袖が動く気配がして手の中からするりと清心が引き抜かれる。
てっきり何か言われてから受け取るかどうかだと思っていたので、無言で受け取ってくれたことが意外だ。驚いて顔を上げると、こちらを見ていたのか魈さんの目とばっちり目が合ってしまった。反射でサッと目を逸らすと名前を呼ばれてまた目が合う。
「これを我にか?」
「はい……! も、貰ってくれるんですか……?」
「お前が渡したくて選んだものなのだろう。断られると思っていたのか? 人間とは面倒だな」
「ぁ、え……! ありがとうございます!」
「何故お前が礼を言う」
まさかそんな無条件に受け取ってもらえるとは思っていなくて、思わずばっ! と頭を下げると「顔を上げろ」と優しく言われて空になった両手をきゅっと握った。
恐る恐る顔を上げると、弱い風に揺れる清心を観察している魈さんが視界に入って、いつもより穏やかな気がする目つきにどきりと胸が鳴る。「悪くない品だ」とほんの少しだけ上がった口角で呟く魈さんの表情から目が離せなくてじいっと見入ってしまう。
私が料理を作った時より優しい顔……初めて見たかも……。いつもの魈さんの近寄り難い雰囲気からは想像もつかないような優しくて穏やかな表情にこっちが恥ずかしくなってくる。首筋から熱が上がってくる感覚に、ごくりと唾を飲み込んだ。
何も言わない私を不審に思ったのか、魈さんがこちらを見てばちりと目が合う。その瞳はいつもと同じで、さっきの清心を見ている時とは違う。清心が好きだったのかな……と好みを間違えなかった喜びよりも、自分を映す目の色がいつも通りなことに胸の奥がモヤモヤとした。
魈さんと目を合わせてから分かりやすく顔色を曇らせた私に「どうした」と魈さんが優しい声で聞いてくれる。
「清心、気に入ってくれましたか……? すっごく優しそうな顔をしてたので」
「……我がか?」
「はい。清心が好きなこと、知らなかったなあっと思って」
「清心は嫌いではないが……。お、お前から花を貰うのは始めてだろう」
私の目の前には魈さんしかいないのに、清心を見ている時の顔を指摘すると驚いたように聞き返された。頷くと魈さんは少しの間考えるそぶりをして、やがて何かに合点が行ったように息を吐いた。
んん゛、と喉を鳴らしてからちょっとだけ強い口調で言い聞かせるように言われて、どういうことですか? と質問すると「この花は大切にする。……お前の厚意は、しかと受け取った」と改まって言われてじわじわと意味を理解して顔が熱くなる。そんな風に言われるなんて想像もしていなかっただけに、気恥ずかしくて魈さんの手元の清心に顔を向ける。どこからかそよそよと吹く風に、黄色のリボンが揺れている。
「この帯はお前がいつも身につけているものだろう。いいのか」
「えっよく分かりましたね!? 清心に合いそうなのがそれしか浮かばなかったので、どうぞ」
むしろこんなものですみません、と魈さんの顔を見上げる。リボンに気付いてくれるどころか、私が身につけているものだってすぐに見抜かれて少し驚いた。魈さんこういうのに疎そうだったから、私が言わないと気が付かないと思ってしまっていた。
魈さんの返事を待っている脳内で、昨日の友人の声がこだまする。身につけてたものをあげるの、気持ち悪がられてないかな。風で清心が揺れるのに合わせて、帯の先が控えめに動くのを見ていると魈さんの組まれていた両腕が解かれて、そっと頭を撫でられた。突然のことに驚いてびくりと肩を震わせてしまう。
「……お前のお陰で、いい生辰になった。礼を言う」
「こ、こちらこそっ」
ゆっくりと頭を数回撫でられて、魈さんの意外と男の人の手のひらが離れていく。「すこし休んで行くか?」と聞いてくれる魈さんに、今日の目的はこれだけじゃなかったと思い出して全力で首を横に振る。解散っぽい雰囲気を出してくる魈さんの袖の裾を掴んで、あのっあのっと声を上げる。わざわざ絶雲まで呼び出した目的があったのだ。それを魈さんと一緒に達成するまでは帰れないし、帰ってほしくない。
「なんだ。そんなに焦らずとも我は消えたりしないが」
「あの、もう少し上の方に行きませんか? 魈さんと見たい景色があるんです……!」
「景色……? 分かった、お前の言う通りにする」
「ありがとうございます……!」
景色を見たいなんて鼻で笑われるかと思っていたが、魈さんは二つ返事で了承してくれた。こっちです! と待ち合わせの黄色い木の木陰から飛び出せば、魈さんも隣を歩いて付いてきてくれる。絶雲の山々の頂上から見下ろした景色を、一度でいいから見てみたかったのだ。
噂に聞くところによると絶景らしいから、どうせ思い出にするなら魈さんとの思い出にしたくてこの機会を選んだ。いつも私を助けてくれるときみたいに仙法を使うのではなくて、こうやってわざわざ隣を歩いてくれることに胸がきゅうっと締め付けられる。
片手に大事そうに贈った清心を持ってくれているのも、装備品の音を鳴らしながら歩幅を合わせて隣を歩いてくれるのも嬉しい。
「魈さんは絶雲の間の景色をちゃんと見たことはありますか?」
「いや……我が普段望舒旅館に居ることはお前も知っているだろう」
「よかった! じゃあ一緒に絶景を楽しめますね」
「フン 我のことなど気にせずとも、お前が楽しめればそれでいい」
それじゃあ魈さんのお祝いの意味がないじゃないですか! と隣を歩く魈さんに詰め寄ると「そうか?」と言われて、このひと全く記念日の自覚がないな……。去年は生辰って教えてくれましたけど、本当に生まれた日なんですか? と昨日からの疑問をこの機にぶつけてみると、「さあな。お前のような物好きしか気にしないようなことだ」とはぐらかされた。ぐっ……。
自分のことを好きな人に向かって物好きって……魈さんってちょっと言葉が乱暴な時があるような……前からだけど……。それか、私の好意が全く伝わってない可能性、いやもしかしたら面倒くさがられてる可能性も……!?
すぐ隣を歩いているのに、気持ちがそんなに離れているなんて想像したら一気にしんどくなってきた。お腹がきりりとしかけたところで、いやさっき清心を受け取ってくれたし……と自分に必死に言い聞かせる。
この雲を掴むような恋はいつになったら動くんだろう。魈さんと初めて出会ってからそれなりに時間が経って、こうして二人で出掛けれるようにもなった。これって人間でいうところの恋人のような関係……と思いたいところではあるが、相手が相手なだけに人間の常識や普通は全く通用しない。だからまだ私と魈さんは知り合いのままだし、仙人と人間という関係を超えられていない。
こんなに好きなのに、出会ってからほとんど関係が進んでいないなんて……。いっそ当たって砕けろで当たりに行かないと動かないような気がしてきた。魈さんのこれまでの濃密とは言えないまでも少なからず交流することで見えてきた性格からして、私が何か行動しないとずっとこのまま変わらない気がする。優しい仙人だから、きっと私がお婆ちゃんになっても変わらず接してくれると思う。そう信じたい。
でも、私としてはこの関係を前に進めたいし、璃月の一市民として接してもらうよりもっともっと魈さんと深く関わりたいのだ。ここは一つ私から何か行動を起こすべきなのでは……。
さっきとても緊張して一世一代の告白みたいだって思ったりしたけど、一世一代の告白をやるべきな気がしてきた。あえなく玉砕したとしても、私がちゃんと言葉にしないと多分魈さんは答えてくれない。
突然黙り込んで歩く速度が遅くなった私に、魈さんが歩きづらそうにしながら隣に居てくれる。どうかしたのか、と顔を覗き込んできてくれる魈さんに「ちょっと考え事してました」と笑いかけるとぱちりと瞬きをした後に「そうか」とだけ言われてその後魈さんも黙ってしまった。静かに歩く魈さんとの間を爽やかな風が抜けて行って、絶雲の木々がそよ風に揺れる音がする。ふわりと香る清心の匂いにふと魈さんの方に目をやると、風に揺れる清心をじいっと見つめていて何故か私が恥ずかしくなった。
魈さん、と声を掛けると「……?」と不思議そうに私を見てくる。可愛い。
「山頂までもう少しですよ」
「あぁ……そうだな、」
「楽しみですか?」
「まあ……お前とこうして絶雲の間を歩くのは、悪くない」
そんなこと言われると期待しちゃうし、そんなこと言われるから好きになっちゃうんですよ! とは言えず、私もです! とほんの少しだけ目を細めている気がする魈さんに笑いかけた。そよ風に乗って清心の香りが広がって、さっきよりもずっと落ち着いている気がした。